第142話 第2波
明日香をモンスターとの最前線に連れてきた。
しばらくしたら砂塵を巻き上げてモンスターの第2波がこちらに向かっているのが見えてきた。あと10分もすれば戦闘再開だ。そのすきにオーガの魔石を回収できるけど、大資産家のわたしは食指が動かなかった。人はひとたび大金を得てしまうと怠惰になるのだ。
「ところで明日香。モンスターの大群がこっちに向かってきてるんだけど、明日香は何か攻撃ワザとか持ってるの?」
「ぜんぜん。みんな部下任せだからそんなものないよ」
明日香はわたしたちのような実務者じゃなくて女王陛下なんだもの当たり前か。
「じゃあ、うしろの馬車の御者台に座って眺めとけばいいよ」
「そうさせてもらう。
あと少ししたらジゼロンがわたしのとこに報告に戻ってくるから、そしたら本格的に介入してあげるよ」
「ほんと?」
「静香に嘘ついてどうすんのよ」
「期待してるから。
ところでジゼロンさんはここが分かるの?」
「ジゼロンはわたしのいる位置が分かるのよ」
「ふーん。一心同体ってやつ?」
「いや、全然違うから」
明日香が馬車の御者台に座った。わたしたち3人はモンスターが射程に入るまでは何もできないので、コップを3つ出し、ヤカンに入れていたダンジョン産のあのヒールポーションを注いで3人で飲んだ。
「うまいのじゃ」
「水とは思えないよね」
水じゃないから。
わたしたちがコップで水を飲んでいたら御者台から降りて明日香がやってきた。
「わたしにも水頂戴よ」
明日香にもコップを渡してヤカンから注いでやった。
「なにこれ!? 水じゃないじゃない!」
「ちょっと前にダンジョンに潜ったんだけどヒールポーションが壁から湧き出てるところがあったんだよ」
「ダンジョンって。そんなのあるの? この件が終わったら詳しく聞かせてよ」
「いいよ。
そのダンジョンの中の一室で見つけたんだよ。それで濃いお酒を割るとホントにおいしいんだ」
ナキアちゃんとキアリーちゃんがそこで揃ってうなずいた。
「なんかヒールポーションの新たな使い方かもしれなけれど、間違った使い方のような?」
「そうかなー。
そろそろ、始まりそうだから、明日香は下がってて」
「う、うん」
わたしから不射の射の射程に入ったモンスターに向かって攻撃を始めた。わたしの次にナキアちゃん。そしてキアリーちゃん。まさに3段構えの防御射撃だ。
今回も30分ほどでモンスターの波は打ち止めになった。目の前の荒れ地は30メートルくらい先から一面がモンスターの死骸が折り重なり死屍累々。いままで風向きの関係で嫌な臭いが漂ってこなかったんだけども、これだけ死骸があるとやっぱり臭ってきた。
前回と変わらないくらいモンスターをたおしたけどレベルアップがまだないところを見ると戦闘中ということだ。
明日香が御者台から降りてきた。
「すごかった。うちの軍隊、それなりにできると思っていたけれどあなたたちには勝てないかもしれない」
「その辺は分からないけど、わたしたちは3人しかいないわけだから、やっぱり軍隊には勝てないんじゃないかな」
「現に今モンスターの大群に勝ったじゃない」
「ただ向かってくるだけのモンスターだったらね。
それはそうと、まだモンスターの襲撃は終わっていないみたい」
「どういうこと?」
「いろいろあってね。分かるんだよ。なんとなく」
「まあいいわ」
また不射の射の構えを取って西の方を眺めたら砂煙が上がっていた。見た感じ、時間的に30分は余裕がある。
4人でヒールポーションをお替わりしながら駄弁っていたら、目の前がゆらぎ、そこにジゼロンおじさんがアノ格好で立っていた。
「陛下、こんなところで。
シズカさんに、ナキアさんに、キアリーさんまで。
んん? この臭いは?」
臭いの漂ってくる後ろを振り返ったジゼロンおじさんはかなり驚いたようだ。
「何が起こっているのですか?」
「モンスターの大群がこっちに向かってきてたのよ。向こうの方に砂煙が上がってるでしょ。あれってモンスターなの。ジゼロン、あのモンスターの大群を何とかしてちょうだい」
「分かりました。
これくらい離れていた方が安全ですから、ちょうどいいでしょう」
ジゼロンおじさんは一人で何とかするつもりらしい。それも2キロ近く離れてそうな敵を。
ジゼロンおじさんが前方を睨みながら頭上の青空に向かって両腕をまっすぐ上げて両手の平を開いた。陽は西にだいぶ傾いている。
そして口の中でゴニョゴニョ言い、手を下ろした。
「少しだけ待っててください」
何が起こるか分からないけれど、空に向かって両手を上げたわけだから空に関係があるのだろう。そう思って見ていたら、西の空の太陽に雲がかかりその雲が空に厚く広がって黒雲になった。
そのうち強い雨がモンスターたちの上に降り注ぎ始めたようで砂塵はおさまったけどモンスターも雨の中で全然見えなくなった。
そしたら、いきなり黒雲の中に稲光が走った。稲光は一つ二つじゃなくてそれこそ無数。その後落雷の音がひっきりなしに続いた。
あっけに取られて西の方向を見ていたらそのうち雷が止み、雲もなくなって西の空に青空が広がった。
かなり長い間雷の音が鳴っていたと思ったけど、実際はそれほどでもなかったかもしれない。
「これであの辺りにいたモンスターは全滅したと思います」
「ジゼロンありがとう」
「どういたしまして」
ナキアちゃんとキアリーちゃんも驚いてジゼロンおじさんを眺めた。そこでジゼロンおじさんの金色のちゃんちゃんこが西日を浴びてきらりと輝いた。これを狙っての衣装だったのか?
モンスターは全滅したということだけど、まだわたしの頭の中にレベルアップのシステム音が鳴っていない。どうなっているんだろう? モンスターはまだ続いて現れるのだろうか?
再度わたしは不射の射の構えを取って前方を観察した。
巨人?
ここからだと正確な大きさは分からないけど、巨人がこちらに向かってゆっくり歩いてきていた。巨人の後に何か波打っているので、モンスターたちが付き従っているのだろう。
巨人の顔を見ると一つ目で、その目と目が合ってしまった。巨人がそこでニヤリと笑ったような気がした。
「巨人がモンスターを連れて向かってきてる」
不射の射の構えを解いて街道に沿って西方向を見たら、肉眼でも巨人だけは見えた。
「ジゼロン、巨人がやってきているんだけど、今のままでなんとかできそう?」
「陛下、申し訳ありません。先ほどの大魔法で張り切り過ぎて、大魔法は発動できません」
「仕方ないわね。
静香、そういうことだけど、あなたたちだけでどうにかできそう?」
「できるできないじゃなくって、やるしかないでしょう」
「分かった。
ジゼロン。ここに召喚魔法陣を置ける? あなたじゃなくても何か強そうなモンスターを召喚できればあの巨人に太刀打ちできそうなんだけど」
「強いモンスターといえば巨大亀ですが、巨大亀を召喚できるほどの大型の召喚魔法陣となると設置するのに2時間はかかります」
「それじゃあぜんぜん間に合わないなー」
「明日香、わたしたちで何とかするから気にしないで。ジゼロンさんには使節団の報告もあるんでしょうから二人でプリフディナスに戻っててもいいのよ」
「じゃあそうする。向こうで何かできないか考えておくわ」
「そうして」
ジゼロンおじさんが明日香の手を取って転移していった。
「ジゼロンのことを甘く見ておったのじゃ。一度しか使えぬとはいえあれほどの大魔法を操るとは」
「転移だけのおじさんと思ってたんだけど、全然違ったね。スゴイ魔法使いかもしれないけれどあの格好じゃ大魔導師ってとても呼べないよ」
「となると、大魔導聖女たるわらわの方が上というわけじゃな。ヒャッヒャッヒャッヒャ」
「それはそうだよ。アッハッハッハ」
かなりヤヴァそうな敵を前にして二人のこの余裕は確かにすごい。




