第139話 カディフ1
ヒールポーションで割った濃い酒で酒盛りをした翌朝。
壁から流れ出るヒールポーションの池のある石室で朝食を簡単に済ませたわたしは、まず扉の前に置いてバリケードにしていた幌馬車をアイテムボックスにしまい、ナキアちゃんとキアリーちゃんを連れてダンジョンの入り口前の空き地に跳んだ。
そこで幌馬車をアイテムボックスからとりだしておいて、シルバーとウーマを受けとりにわたしだけディナスの南にある牧場の厩舎の前に跳んだ。
結局昨日の今日となってしまったけれど、差金として3日分の預かり料金銀貨3枚をおじさんから返してもらった。その辺りはキッチリね。
おじさんが厩舎に引っ込んだところで二匹を連れてダンジョンの入り口前の空き地に跳んだ。
キアリーちゃんを見たシルバーとウーマは嬉しそうにしっぽを振った。わたしを見た時と明らかに反応が違うんですけどー?
キアリーちゃんは二頭の鼻先を撫でてやり、すぐに二頭に馬具を取り付けて幌馬車に繋いだ。馬車はナキアちゃんが祈ることで軽量化済だ。
空き地から街道に出るには少し御者スキルが必要なのでキアリーちゃんが御者を務めた。
「しゅっぱーつ!」
キアリーちゃんが巧みに2頭を操り、幌馬車は街道に出てカディフに向けて進んでいった。
何事もなく馬車は西に向かって進んでいき、翌日の昼過ぎ外壁に囲まれた都市が見えてきた。外壁の外側には畑や森が広がり、畑の中に小さな集落がところどころに見えた。のどかだなー。
「あれがカディフじゃ。カディフから馬車で半日ほど西に行くと、西の国ゴルレウィンとの国境があるのじゃ」
「立派な街だね」
「わらわとキアリーちゃんが中心になって街のクズどもも一掃しておるから、眺めだけではのうて中身も立派なのじゃ」
「そういうこと」
この二人、この前の悪党退治からの商会乗っ取りまで嫌に手慣れていたから、カディフにある会社を何個も乗っ取っていそう。
カディフの街並みが見え始めて1時間ほどで馬車はカディフの東門に到着した。わたしたち3人は並んで御者台に座っていたんだけど、ナキアちゃんが門衛に軽く手を上げたら門衛が直立してナキアちゃんに敬礼した。もちろん馬車はフリーパスで街の門をくぐることができた。
「まずは、わらわの屋敷に案内するのじゃ。キアリーちゃん、頼んだのじゃ」
「うん」
ナキアちゃんは屋敷を持っていたのか。さすがは聖女さま。
キアリーちゃんが御者を務めてわたしたちの乗った幌馬車がカディフの大通りを進んでいく。通りを行き交う人は御者台に座るナキアちゃんに向かって軽く頭を下げている。ナキアちゃんはそれに軽く手を振って答えていた。聖女さまだものね。
最初わたしが右側に座っていたんだけど馬車は右側通行なので、左側に座っていたナキアちゃんと場所を交代した。これで聖女さまが通りの右端を通る人に近づいた。
東西に走るカディフの大通りを進んでいたら、通りの両側に大きな建物が並んできた。繁華街というか中心部に差し掛かったようだ。
馬車は中心部を過ぎしばらく進んで、北に折れ、そこからもうしばらく進んで立派な門の前で止まった。
門の向こうは広い前庭のあるお屋敷だった。ターナー伯爵の王都邸よりよほど大きい。
ナキアちゃんが御者台の上から屋敷の中に向かって、大声を出した。
「おーい、わらわが帰ってきたぞー!」
しばらくして建物の玄関が開いてそこから男女数名と、4歳くらいから8歳くらいまでの子どもたちが10人くらい走り出てきた。
大人二人がかりで門が開けられ、キアリーちゃんが馬車を門の中に入れた。
「ナキアさま、お帰りなさいませ。
キアリーさん、お帰りなさい」
3人で馬車から下りたら子どもたちがわっとばかりに寄ってきた。
「「ナキアさまおかえりー。キアリーねえさんおかえりー」」
「ただいまなのじゃ。みんな良い子にしておったじゃろうな?」
「いいこにしてたー」
「それは良かったのじゃ。
今日は良い子にしておった褒美に豪勢な夕食じゃな」
「「わーい、やったー!」」
「そう言うことじゃから、夕食準備を頼むのじゃ」
「大食堂にご用意します」
「うん。それで頼むのじゃ。
夕食の間は子どもたちがおるからいつもどおり酒は控えてわらわたちも子どもたちと同じ果汁で頼むのじゃ」
「かしこまりました」
控えていた女の人にナキアちゃんが夕食のことを頼んだ後、わたしのことを紹介してくれた。
「ここにおるのはわらわの友だちのシズカお姉さんだ。みんな仲良くするのじゃぞ」
「「なかよくするー!」」
「みんなよろしくね!」
ナキアちゃんは幼稚園だか、保育所を経営してたんだろうか?
キアリーちゃんがシルバーとウーマを馬車から外して建物の脇の方に連れて行った。厩舎もあるのかこの屋敷には。これほどの屋敷となると、デフォルトで厩舎くらい付属しているのかもしれない。でもいきなり馬を連れてきたわけだから飼葉とかないかもしれないのでわたしはキアリーちゃんの後を追った。
やっぱり厩舎があった。キアリーちゃんが2日分くらいの飼葉があればあとはここの屋敷の人が何とかするからだいじょうぶだろうと言ったので、厩舎の中に飼葉の塊を1つ置いておいた。
ナキアちゃんたちのいる玄関前にキアリーちゃんと戻って、みんなそろって建物の中に入っていった。
中に入ると吹き抜けの玄関ホール。左右の壁には扉が並んでいた。正面の左右には2階へ続く階段があった。階段に挟まれたその先には大広間が見えた。
そこからナキアちゃんが簡単に屋敷の中を案内してくれた。子どもたちがぞろぞろついてきているけど、みんなおとなしい、いい子たちだった。
屋敷の中には大きなお風呂もあったけど、面倒なので1カ月に1度くらいしか使っていなかったそうだ。
「祈りでお湯が沸くことが分かった以上、この屋敷におる限り毎日風呂に入れるのじゃ!」
クリンで用が足りていた関係で、すっかり温かいお風呂のことは忘れてた。プリフディナスでお風呂に入って以来だからすごく楽しみだ。
屋敷の中を案内しながらナキアちゃんがわたしたちの後ろをついて歩いている子どもたちのことを簡単に話してくれた。
「この街のダニを駆除しておったらいろいろあって、わらわがこの子たちを引き取ったのじゃ」
「孤児院のようなところに預けることもできたんだけどね。
宿屋暮らしだったわたしまで子どもたちと一緒にここに厄介になってるんだけどね。アハハハ」と、キアリーちゃんが補足してくれた。
キアリーちゃんはこの屋敷に部屋を貰っているそうだ。
「シズカちゃんにも部屋を用意しようと思うのじゃが、キアリーちゃんの部屋の隣りでよいじゃろ?」
わたしにも部屋をくれるらしい。野宿から草ぶき屋根、一度は宿屋暮らしをしたもののその後は竪穴式住居、船室から野宿。プリフディナスにわたしの部屋があるとはいえ、なんだか涙が出てきたよ。
「うん。ありがとう」
「なんの」
案内された部屋は2階の部屋で、一人ではもったいないほど広かった。部屋の中にはベッドと小さめのタンス。ウォークインクローゼット、机と椅子。丸テーブルと椅子が置いてあった。窓は外側が鎧窓で内側がガラス窓だった。この世界ではモダン住宅だと思う。
夕食まで時間があったので、ナキアちゃんはカディフの市庁舎に帰ったことを知らせに行くことにしたようだ。
わたしがついていっても仕方ないのでわたしは屋敷に残ることにした。その代りキアリーちゃんはナキアちゃんについていった。キアリーちゃんはナキアちゃんの護衛だしね。
わたしの部屋のベッドに寝具はまだ用意されていなかったんだけど、すぐに屋敷のおばさんが持ってきてベッドメイクしてくれたので、ナキアちゃんたちが帰ってくるまでフカフカのベッドの上で横になっていた。




