第106話 出迎え
人形は何も言わず消えてしまった。消える前、人形はわたしを見て笑ったように見えたんだけど私のなにを見て笑ったんだろう? 人形が人さまかどうかわからないけど、わたしの顔って人さまに笑われるようなつくりではないと思うんだけどな?
それ以上考えても仕方ないのでわたしは毛布の上に横になり、そのうち眠ってしまった。
翌朝。
わたしたちは山の西側の斜面で野営した関係で、朝日はもちろん見えないけど、ほとんど定時にみんな目覚めた。大したものだ。
わたしたちはいつものように昨日の残り物とパンで朝食を済ませた。夜中に見た人形の話をハーネス隊長にしようかと思ったけれど、夢のような話なので報告しなかった。
移動の準備が整ったところでハーネス隊長がいつものように出発の指示を出した。
「それでは、トンネルの中に入る」
「ハーネス隊長、トンネルの中に罠とか仕掛けられていることはありませんか?」
「特殊な罠が仕掛けられている可能性はないではないが、これまでモンスターが襲ってきたことしかなかったわけだから、罠を仕掛けるよりモンスターで襲ってくるのではないか?」
確かに。この中でおそらく一番打たれ強いわたしが先頭に立とうかと思っての発言だったけどちょっと出過ぎだったかもしれないので、それ以上何も言わなかった。
結局ハーネス隊長が先頭となっていつも通りの隊列でわたしたちはトンネルの中に入っていった。
トンネルの中は壁自体がわずかに青白く発光していた上、湧水などもなく乾いていたので歩行に支障はなさそうだ。
わたしたちはどこまでもまっすぐなトンネルを何事もなく1時間ほど進み最初の休憩をとった。トンネルはデコボコもあまりないまっすぐな道だったこともあり、林の中や草原の移動よりかなり楽だった。そのおかげで、この1時間で6キロ以上進んだと思う。トンネルの長さは歩いて5時間ということだったから、この調子なら、あと3時間半も歩けばトンネルを抜け出られるんじゃないかな。
休憩を終えたわたしたちは移動を再開した。30分ほど進んでいたら、トンネルの幅が少しずつ広がっていき、その先が左側に斜めに分岐していた。
「このトンネルに分岐があるという記録はなかった」と、ハーネス隊長。
「どっちが正解なんじゃろ?」
「もしドン詰まりだったら、風が流れていないはずだからそれで判断できるかも」と、わたし。
「ああ、そうだな。わたしがまっすぐ続くトンネルを確かめるから、シズカは分岐側のトンネルを確かめてくれ」
「了解です」
ハーネス隊長が分岐の先までまっすぐ進んだ。わたしは左に分岐したトンネルの中に入り、指先に弱めにファイヤーの火をともした。そしたら、奥の方に向かって火が揺れた。
「こっちは奥の方に風が流れています」
「こっちもだ」と、ハーネス隊長。
「どっちも奥に向かって風が流れているなら、多少の距離の差があろうと、出口につながっているということだろう。
真っすぐトンネルを進もう。この先で何らかの理由で通れなくても、ここまで引き返すだけだ。長くても半日程度のロスで済む。
それでは出発だ」
わたしたちはハーネス隊長の後に続いて分岐に折れることなくそのままトンネルを進んだ。
しばらく進んだけど、トンネルの中は今までのトンネルの中と変わらず単調だった。何かトラブルが起こって欲しいわけじゃないんだけどね。
次の休憩を終え、そこから30分ほど進んだところでトンネルは行き止まりというかT字路になっていて、左右にトンネルが伸びていた。どちらのトンネルも上り坂だった。
風の流れを調べたところ、同じようにどちらのトンネルにも流れはあった。
「特に理由はないが、右に進んでいこう」
ハーネス隊長の判断でわたしたちは右側のトンネルに入っていった。最初東に向かって進んでいたので、南に向かっていることになる。
トンネルの上りは10分くらいで終わりその先はおそらく水平になった。勾配は10パーセントもなさそうだったのでそれほど上ったわけでもない。
水平になったトンネルを10分ほど進んでいたらトンネルが右に90度折れて、その先がまた上りトンネルになった。今度の勾配は20パーセントはあるかなりきつい坂道になった。その坂道を10分ちょっと上ったら水平になり、さっきと同じように10分進んだら右に90度折れて、その先が坂道になっていた。今度の勾配は30パーセントはある。方向は北向きのハズだ。
「隊長、これ上るのかよ」
珍しくカルヒが不満を口にした。
わたしたちなら急勾配でも上りなら足が辛いくらいで何とかなると思うけど、下りならかなり怖いんじゃないかな。
「頑張って上ってみよう。この先これ以上坂が急になるようなら考える」
考えると言っても、ここまできた以上、上るよね。
15分ほどで上りが終わりまた水平なトンネルが続いていたけど、坂を上り切ったところでわたしたちは小休止した。
水を飲んだりして一息ついたわたしたちは、小休止を終えて水平なトンネルを10分ほど進みまた90度右に折れた。その先も今まで通りの登りだったけれど幸いなことにその先には石段があった。誰が石段を作ったか考えるのはよした。これで方向は元の東向きに戻ったことになる。一段一段の高さは30センチほどで、幅も30センチくらい。従って石段の角度は45度くらい。勾配にして100パーセント。
階段なので上りやすいとはいえ、45度の角度で上っていくわけで結構きついはずだけど、さすがは精鋭調査隊。みんな黙々と石段を上り続けた。普通の階段だと途中に踊り場があるのでそれほど怖くはないけれど、この石段にはそんなものは付いていないので後ろを振り返るとすこしくるものがある。
10分ほど石段を上った辺りで上の方が明るく見えてきた。外の光が入ってきている。出口だ。レーダーマップを見たら、出口の先に黄色い点が1つ見えていた。
「ハーネス隊長、出口の先に何かいるみたいです。敵ではないようです」
隊長に報告しておいた。
こんな場所に誰かないし何かがいたとして、敵ではないとしても十分怪しい。わたしは昨夜見た人形のことを思いだした。
階段を上りながら外の光の強さに目がだんだん慣れてきた。これなら外の光を目にしても目がくらむことはない。
石段を登り切るとわずかな踊り場がありその先にトンネルの出口があった。出口の先は山肌に突き出たかなり広い岩棚になっていた。そしてそこには人形ではなくちゃんとした人間が立っていた。