第105話 8日目、人影2
お腹いっぱいになり、揚げ物を終えて夕食の片付けの終わったあとは、各自で毛布を敷いて横になった。
昨夜モンスターの襲撃がなかったことで、なんとなく今夜も襲撃がないような気持になり、わたしもすぐに寝付いてしまった。
夜間モンスターの襲撃を受けることもなく夜明けまでぐっすり眠れた。
昨日の残り物のスープと素揚げの肉で朝食をとり、少し休んでから出発した。ここから見える山並みはだいぶ迫ってきているので、今日中には山のふもとにたどりつき、ある程度山の中に分け入ることができそうだ。
1時間進んで10分ほどの小休止を3回。そこから30分ほど進んだあたりで草原から山並みのふもとに広がる林の中に入った。なだらかな坂をある程度登ったところで30分の休憩をとった。
地面に直に腰を下ろしたわたしたちは各自リュックを降ろして中からコップを取り出しウォーターで水を注いでのどの渇きをいやした。わたしはリュックを背負ってないから直接アイテムボックスからコップを取り出してるけどね。
足を延ばしてゆっくりしていたら時間になったようでみんなリュックを背負い移動を再開した。
林の中を移動中、わたしは転がっていた枯れ枝なんかをせっせと拾ってアイテムボックスの中に入れておいた。残念ながら食べられそうな野菜類はみつからなかった。
そこから合わせて3時間、だんだん傾斜のきつくなる林の中を移動していたら急に林が途切れ、その先は黒っぽい岩がむき出しになった山肌となった。
ハーネス隊長が山を見渡して、
「あそこに大きな岩があるのが見えるだろう。あれが目指していた巨岩だ。あの岩の先に山を抜けるトンネルの入り口があるはずだ。
今日はトンネルの入り口を見つけてそこで野営しよう」
山の斜面を斜めに移動したわたしたちは30分ほどでその巨岩に到着した。8日間の移動の後30分ほどの誤差で目的の岩にたどり着いたわけだから、ハーネス隊長のナビゲーション能力は奇跡のナビゲーションと言っていいのかもしれない。ハーネス隊長はそれなりのスキルを持っているのかも?
巨岩というより山肌に突き出たコブのようなもので、その真ん中の下部にトンネルの坑口がぽっかり空いていた。坑口の形はほぼ長四角、幅が4メートルほどで高さが3メートルちょっとある。
トンネルの中を坑口からのぞいたんだけど、どういう理屈かトンネル内のむき出しの岩の壁が薄っすらと光っているようで中は真っ暗というわけではなかった。そのおかげで奥の方まで見えたんだけど、トンネルは見える範囲でまっすぐ続いていた。
ここまで来てトンネルとなるとダンジョンを想定しておいた方がいいかもしれない。途中でモンスターと出くわすことより、なにがしかの罠が仕掛けられているほうが怖いけど何とか対処するしかない。
ここで、ふと疑問に思ったことをハーネス隊長に聞いてみた。
「ハーネス隊長。このトンネルは誰が掘ったんですか?」
「このトンネルは人魔大戦時人族が偶然見つけたといういう話だ。5時間ほどトンネルを進めば、魔族の城が望める位置に出ると記録にはある」
「都合よくトンネルがあったんですね」
「人魔大戦時には、こういった都合のいい出来事とかいわゆる奇跡が良く起きたらしい」
それって、神さまが積極的に人族に加担したってことじゃ?
「魔族が復活してたとして、このトンネルをそのままにしてるでしょうか?」
「そこは分からない。最悪向こう側の出口は塞がれている可能性もある。中に入って見て、火を灯し、炎が揺れるようなら風が流れているわけだから塞がれてはいないだろう。風が流れていないようなら、面倒だが山を越えることになる。野営の前に今から調べてみる」
もしドン詰まりだったら空気が流れていないわけで、酸欠の可能性もあるものね。
ハーネス隊長が一人でトンネルの中に20メートルほど入っていきそこで指先にファイヤーを灯した。
わたしのところからでは炎が揺れているのかどうかは分からなかったけど、すぐにハーネス隊長はトンネルから出てきた。
「トンネルの中に風は流れているようだ。
寝心地は悪そうだが今日はこの辺りで野営しよう」
わたしたちはトンネルの前で野営の準備を始めた。
岩肌の山の斜面なのでかまど用に穴を掘るかわりに、石はいくらでも手に入ったのでそれを組み上げてかまどを作り、木炭を入れて上に金網を敷いた。野菜類はなかったので、スープは干し魚だけのスープにしておいた。メインはいつものイノシシ肉の焼肉にした。次回はないと思うけれど、こういった遠征をするなら干しワカメがあれば重宝しそうだ。
野菜はないけどデザートに果物がある。そんなに偏った食事じゃないはず。
下ごしらえはすぐに終わり、料理自体もそんなに時間がかからず出来上がった。
みんな山の斜面に腰を下ろして西日に向かって食事した。
デザートはメロンにしておいた。メロンと言ってもプリンスメロンが大きくなったようなメロンで甘味はそんなになかったけれど、ナキアちゃんに冷やしてもらったのでおいしかった。こんなものまで持ってきたことにハーネス隊長は驚いていた。
後片付けをするころには、すっかり日は沈み星が瞬いていた。
夜になればもう何もすることはないので、ヘルメットと手袋を外して毛布を岩肌に敷いて横になった。
夜半過ぎ。
いきなりナビちゃんの声に起こされた。
『……、何かがいます。何かがいます』
???
目をつむったままレーダーマップに意識を向けたら、レーダーマップ上に調査隊4人の黄色い点しか見えない。いや、黄色い点の数が一つ多い?
目を開けて焦点をしっかりさせたら少し離れたところにぼんやりと人影が見えた。
巨大蜘蛛とオーガの連合を殲滅したあとに現れた人影だ。あの時はムラサメ丸でいきなり切りかかったら消えてしまった。黄色の点ということは敵意が無いということ?
わたしはゆっくり起き上がって、そのぼやけた人影に相対した。何か不自然な動きがあればすぐにみんな目覚めるけど、なぜかみんなぐっすり寝ている。
「あなたはだれ?」
恐るおそる人影に聞いてみた。
予想通り人影は何も答えなかった。この状況でいきなり切りかかるわけにもいかないし、こうなってくるとわたしはどうしていいか分からなくなってしまった。
ぼやけた人影あらためぼやけた人形の顔の部分がわずかに動いた。そして人形が笑ったのが分かった。
「わたしに用事があるの?」
再度声をかけたところで、人形は消えてしまった。