第103話 6日目、沼
ナキアちゃんの祈りで巨大亀をたおすことができた。今回は祈りでモンスターの体内を沸かしたんだけど、凍らせてもいいかもしれない。
夜が明けて、支度を終えたわたしたちは朝食を取り、移動を再開した。
朝日の中で見た巨大亀の甲羅は30メートルもあった。中身がなくなったら立派な家に成りそうだ。重さが何百トンもありそうで収納なんてとても無理だけど、できることならアイテムボックスに収納したかった。
巨大亀の死骸をあとにして、わたしたちは東の山並みに向けて草原の中を進んでいった。
何度目かの小休止の後、歩いていたら右手、草の合間から陽の光に輝く水面が見えてきた。レーダーマップ上には赤い点というか赤い線が数個見えている。
「ハーネス隊長、右手の水の中にモンスターらしきものが潜んでいます。距離は400歩。
どうも長細いモンスターのようです」
水面方向に向かってムラサメ丸で草を薙いでやったら、その先に広い沼が現れた。沼の水の色は逆光なのでよくわからないけど、沼に続く手前は泥地に見える。ついでに少し前に出て前方の草を薙いだら前方にも沼地が広がっているのが見えた。
レーダーマップ上の赤い線と連動して沼の中で何やらうねっている。
「モンスターが襲ってこないなら、モンスターとわざわざ戦う必要はない。左手に回って沼地を迂回していこう」
わたしたちは、沼地を迂回するため左手に大きく迂回していった。そろそろいいだろうと東進を再開したら、沼地は繋がっていたようで前方にまた沼地が見えてきた。沼地に重なる部分のレーダーマップ上には赤い線が何本か見えている。
「最初のモンスターかどうかはわかりませんが、細長いモンスターが沼地の中にいます」
「シズカ、モンスターをたおせそうか?」
「沼の中に潜んでいるので、攻撃できません」
「シズカちゃん、そのモンスターが潜んでおる辺りを教えてくれれば、沼ごと沸かしてやるのじゃが」
「はっきり分かるから、教えられるよ」
「ハーネス隊長。わらわがそのモンスターを退治しようと思うのじゃがどうじゃろ?」
「どこまで沼地が続くか分からないし、いつモンスターの気が変わってわれわれを襲ってくるか分からないから、仕掛けてみるか」
「了解なのじゃ。
それじゃあ、シズカちゃん。頼むのじゃ」
ナキアちゃんとキアリーちゃんはその場にリュックを置き、キアリーちゃんが盾と剣を装備するのを待って二人を連れて沼地に近づき、モンスターが潜んでいるあたりを指し示した。
「あの辺りじゃな。
それでは、いくのじゃ。……」
レーダーマップ上の赤い線はうごめいているし、沼の中では何か赤黒いものがうねって盛り上がって来た。
「出てきそうだから、下がろう」
3人で後退して振り向いたら、沼の中に赤黒い巨大なミミズのようなモンスターが鎌首をもたげていた。全長は分からないけど、太さは1メートルを超えている。
振り向いたナキアちゃんが、巨大ミミズに向けて再度祈ったようだ。
うねるミミズの体表から湯気が立ち上り始めた。そのせいか、ミミズはひどくのたくり始めた。おかげで、ミミズの長さは4、50メートルあることが分かった。
沼から出たミミズの体に向けて不射の射を連射してやった。昨夜のカメと違ってミミズは打たれ弱く、不射の射が命中するたびにその部分が吹き飛んで寸断され、破片が沼の水の上に落っこちて泥の混じった水しぶきを盛大に上げた。
それで、赤い線の1本が消えたんだけど、なんだか、他の赤い線がこっちに向かってきてる。
「ナキアちゃん。今の大ミミズは死んだけど、もう4、5匹こっちに向かってきてる」
レーダーマップに見えている赤い線の方向を見たら、沼の中を赤黒い盛り上がりが何個もこっちに向かってきている。
わたしは盛り上がりに向かって不射の射を放ち続けた。
先ほどと同じように命中した部分が吹き飛んで水の上に落っこち水しぶきを上げた。
「なんとか、全滅できたみたい」
「さすがはシズカちゃんじゃ」
「やっぱりシズカちゃんはスゴイ」
あれ? 二人に褒められたんだけどレベルアップしないな。
昨夜の大カメはナキアちゃんが仕留めたからレベルアップしなくて当たり前だけど、今たおした大ミミズって経験値的にかなり低かったのかな? 他の可能性は、まだ戦闘中てことだけど?
レーダーマップに意識を向けたら、沼の中に無数の赤い点が映っていた。これってもしかして、わたしが不射の射で吹き飛ばしたミミズの破片が生き返ったんじゃ?
「ナキアちゃん、キアリーちゃん、沼の中にまだいるというか、さっきわたしが吹き飛ばして小さくした破片がそれぞれ生き返ってるみたい」
「なんと」
「困ったね」
「そうじゃ! 今度こそ沼地の水を煮立たせるほど熱くしてやるのじゃ」
ナキアちゃんが沼地の方に振り返って、しばらく口をモゴモゴさせていた。いつもよりだいぶ長い。
モンスターが潜んでいるあたり一面から湯気が立ち始めた。そしてとうとう沸騰し始め、沼の水面に1メートルくらいの白茶けたミミズの破片が無数に浮かび上がってきた。レーダーマップ上に赤い点は見えなくなっていた。
「うわー。何だか嫌な臭いが漂ってきた」
「気色悪いのじゃ」
確かに吐き気を催すような嫌な臭いが沼から漂ってきた。
わたしたちは足早にハーネス隊長とカルヒの待っているところまで戻った。
「分かる範囲のモンスターはナキアちゃんがたおしました」
と、ハーネス隊長にわたしから報告した。
「ご苦労。何だかいやな臭いがするんだが、たおしたモンスターの悪臭なのか?」
「モンスターの悪臭は悪臭なんですが、モンスターを煮た臭いです」
「煮た?」
「不射の射でモンスターをバラバラにしたんですが、バラバラになった部分が生き返ってしまいました。それでナキアちゃんが沼ごと煮立たせて、モンスターを煮殺しました。その時の臭いです」
「良くは分からないが了解した。
それで、沼は渡れそうか?」
「いえ、沼の手前や底は泥のようなので、渡るのは難しそうです」
「このまま沼を迂回していくしか道がないわけだな。仕方がない。
そろそろ出発しよう」
わたしたちは沼地に沿って北方向に迂回していき、やがて方向は北東方向になったけれど沼地は右手に広がり、沼地の中には相変わらずミミズが潜んでいるようだった。
その日最後の1時間の移動を終えても、右手の沼は途切れなかった。