可愛いのは?
お母様としゅいちゃんを見送り、微妙な空気になるなか部屋の扉がノックされる。
『なんだ、不幸でもあったのか?』
部屋に入ってきた、褐色の肌に黒髪を一つに束ねたイケメン魔物のオロチは怪訝な顔をした。
「おかえり。視察、ありがとう。ちょっと色々とね、あったのよ」
何と言えばいいのか迷い、あいまいに話すが、オロチが気にした様子はない。
「あ、そうそう。新しく仲間が増えたよ」
『ん? そこのちびっ子じゃな? ふむ、まぁまぁの強さといったところか』
3メートルあるべにちゃんを見上げ、オロチは言う。今のサイズ感だけでいえば、なんともおかしな状況だ。
『べには、ちびっこじゃないです!!』
『どう見ても、ちびっこじゃろ。歳は?』
『39さいですけど……』
『ちびっこであってるではないか。われは1,000年生きておる』
自慢げに言うオロチの大人げなさといったら……。
「オロチ、そのくらいにしてあげて。ほら、自己紹介して!」
『われは、オロチ。元は神だったが、アリアの魔力を分け与えられたアリアの最初の眷属じゃ』
長い瞳孔の瞳を細め、二股に割れた舌をチロチロとさせながらオロチは言う。
これ、挑発してるよなぁ。どうしたもんか……。
『べには、べには……』
うーん。間に入るべき? 私が入るとこじれる?
『べには、かわいいからいいんです!!』
『はっ? その姿が可愛いわけなかろう』
『人になったべには、かわいいんです!』
べにちゃんが叫んだ瞬間、私は大きく頷いた。全私が保証する。べにちゃんの人化は可愛い。スペシャルに可愛いと!
『ふんっ。どうせ中身同様、幼子なのであろう? われの魔力が足りずに幼子化した時、アリアは興奮しておったからな。われも可愛いぞ』
オロチの小さい子の姿、異次元に可愛かったもんなぁ……。
褐色の少年を思い出し、顔が緩むの。
『お姉様! べにの方がかわいいですよね!?』
『いや、われの幼き姿の方が愛らしいに決まっておろう?』
変に張り合うオロチとべにちゃん。
困った。二人とも別の可愛さなんだよね。可愛いにも種類があるし、それぞれ個性があってそれがまた可愛いわけだし……。
『どっちなんですか? お姉様!』
『どっちなんじゃ? アリア!』
「え、えっと……」
ど、どうすればいいの? ここは、常に可愛いべにちゃんを選ぶべき? でも、あの時のオロチも可愛かったし……。
頭を抱えたくなったその時──。
「アリアちゃん。一番可愛いのは、僕でしょ?」
アリアちゃん? 今、ノアがアリアちゃんって呼んでくれたの? 一番可愛いのは僕かって?
「当たり前だよぉぉぉ!! ノアがいっちばん、可愛いんだから! 世界一! ううん、宇宙一可愛いのはノアだよー!!!!」
べにちゃんとオロチを押し退け、私はノアの元へダッシュすると、可愛い可愛いノアに抱きついた。
「ねぇ、ノア。もう1回、アリアちゃんって呼んで?」
「仕方ないなぁ。アリアちゃん」
な、懐かしい! 涙出そう。
「これから先もアリアちゃんって……」
「それはダメだよ。姉さん」
「ノアのケチんぼー!!」
この時の私はノアに夢中過ぎて、べにちゃんがどんな気持ちなのか分かっていなかったのだ。
『お前さんの敵は、われではないようじゃな』
『絶対にべにがお姉様の可愛いナンバーワンになってみせるです……』
べにちゃんをからかって遊んでいただけのオロチは全く気にしていなかったが、べにちゃんはノアに対して激しい闘志を燃やしていたのであった。