どこへ行ったの?
目の前に広がるのは、田植えをしている人、人、人……。
あぁ、ここでお米が作られているんだ……。そう思ったら自然と拝んでしまった。ノアにすぐ止められたけど。
それにしても、フォクス領の田植えは手作業なのかぁ。前世では機械を運転していたけれど、今世では機械というものがほとんどない。
田植え機を魔道具で開発できそうだけど、そもそも車もないもんなぁ。
ん? ないのなら、開発してもらえばいいんじゃないかな? スコルピウス家の力を使えばできそうだよね。田植え機じゃなく、車の販売なら儲かりそうだし。
『アリア、悪い顔をしておるぞ』
よいしょ、と駕籠から降りたオロチが楽しそうに先割れの下をチロチロと見せながら笑う。なんでいちいち妖艶なんだろう。エロスなんか求めてないのに。
そんなオロチをじっと見れば、瞳孔の細い瞳をスッと細めた。腰をかがめて私の顔をのぞきこんで来る。
『どんな面白いことを思い付いたんじゃ?』
「……馬や人が引かなくても走る乗り物かな」
私の言葉にオロチは瞬きを繰り返す。
『それは懐かしいな』
「あれ? オロチって江戸時代から来たんじゃなかったっけ?」
『戦後だ。平安時代から生きておるがな』
「そうなんだ」
そういえば、前に戦後から来たって聞いたことがある気がする。ということは、オロチも車を知っているってことか。
「車を上手いこと改造して、田植えをする用の車が欲しいんだよね」
その言葉にオロチは首を傾げる。そっか。田植え機は戦後間もなくはなかったか、普及してなかったのか。
「姉さん、僕たちにも分かるように教えてくれない? それ作るのって、多分スコルピウスの魔道具師たちだよね」
「田植えって言ってたけど、どんなのなんだ?」
興味と呆れが入り混じったノアの視線と、ジンの純粋な好奇心のみの視線。その2つの視線にやらかしたことに気が付いた。
前世トークができるのが嬉しくて、二人がいるのに私とオロチしか分からない話をしてしまった。
「ごめんね。えっとまずは車って言うのは……」
私が説明するとノアは考え込んでしまい、ジンは固まってしまった。
「アリアの住んでいた……いや生きていた世界は、勝手に人を乗せて走る生き物じゃない動くものがあるのか?」
「いや、勝手に走るんじゃなくてペダルを踏むと走るんだけど……」
説明って難しい。ものは知ってるけど、どういう仕組みで走っているのかなんて全く分からないものをどうやって説明すればいいんだろう。
ガリガリと木の枝で地面に車の絵を描いたが、やっぱり伝わってないみたい。
『アリアは絵が下手くそか。よし、われが描いてやろう』
そう言ってオロチは土の上に私と同様に木の枝を使って描いていく。
「うわっ! うまっっ!!」
そこにはとても地面に描いたと思えないほどのリアルな車があった。戦後の車なので私のイメージのものとは少し違ったのだが、完璧である。
「これ、中がどうなっているのか知ってる?」
『いや、われは乗ったことがないから分からぬ』
ノアの問いかけにオロチは首を振った。神様は車には乗らないらしい。なるほど。
「よし、じゃあ私が描くよ」
そう言って枝を握れば──。
「姉さんは言葉で教えてくれたら大丈夫だよ。ほら、姉さんの絵は個性的だから伝わらないし」
下手だと言わず、個性的だと言うなれば優しさが痛い。私の姉としての威厳と絵心はどこに行ったの?