口は災いのもと
翌朝、8畳の和室の隅に布団をたたんで、私とノアの分を重ねてから部屋を出た。あっ、オロチは同じ部屋には寝てないよ。ノアが許さないので別部屋です。
それにしても、昨日はいつの間に寝ちゃってたんだろう。気がついたら朝で、浴衣がはだけてた。寝ている間にはだけちゃうのが浴衣の弱点だよね。
前世での旅行でもいつも残るのは帯だけで、前は丸見えになるんだもんなぁ。下着丸見えのすけくんだった。
「ねぇ、ノアは何で寝起きからはだけてなかったの?」
「むしろ、何で姉さんはあんなになってたの?」
お互いに首を傾げる。不思議だ。同じ血が流れているはずなのに。
とりあえず、見えてたのが下着で良かった。シャツを開発してもらっていた成果だね。
なんて思いながら、廊下を歩いていて食事をしに向かう。気分は旅館に泊まりに来た観光客だ。
ガラガラとすりガラスの引き戸を開ければ、席に案内してくれた。そして、5分もしないうちに湯気の立つお膳が運ばれてくる。
焼き鮭、お味噌汁、お付けもの、真っ白なごはん、だし巻き玉子もある。
「あっ! 納豆!!」
何てこった! 納豆まであるなんて。最高の朝食だ。
「……納豆を知ってるのか?」
「えっ! あっ、ジン。おはよう」
「おはよ。……何で納豆を知ってるんだ? これはうちの領の中でしか食べられないはずだけど」
うわぁ。またやらかした。どうする? どうすれば……。
「ジン、うちを何だと思てるの? 天下のスコルピウス家だよ?」
いやいや、いくらなんでもそれじゃ通じないよ。ノアがかばってくれるのは助かるけど。
「うーん。そういうものか? 魔術ってすごいんだな」
「あは、あはははは……」
うそーん。信じちゃったよ。魔術を知らない人からすれば万能に見えるってことなのかな。それとも、気を遣わせた?
やっぱりジンって基本的に表情が変わんないから、なに考えているのか分かんないよー。
「ほら、冷めないうちに食おう。豪華とは言えないけど、絶品だぞ」
「ううん! 十分過ぎるくらい御馳走だよ! いただきまーす!!」
「いただきます」
手を合わせて3人で食事をする。だし巻き玉子を箸で切ればジュワーとだし汁が溢れてくる。一口サイズにして大根おろしと一緒に口に入れれば、出汁とともにほのかな甘さも広がる。
「おいしいー!!」
「うん、おいしい。でも、この納豆? は苦手かも……」
「あー、納豆はにおいが駄目って人もいるくらいだもんな。無理しなくていいからな」
「ごめん、ありがとう」
ノアがお漬け物のしょっぱさに驚いたり、だし巻き玉子に目を輝かせたり、魚の食べ方に苦戦しているのを見ながら私も食べ進める。
「ノア、お魚ほぐそうか?」
「……大丈夫。そんなに骨もないしいけそう」
こんなに苦戦しているノアは珍しい。いつも何でもそつなくこなしてるもんな。
先に食べ終わったので、ノアを見て目からの栄養を補給していれば、オロチが帰ってきた。
『アリア、われの分の魚は?』
「あっ、おかえり! お腹いっぱいにならなかったの?」
オロチは何でも食べるけれど、魔物になった本能だろうか、狩りがしたくなるらしい。なので、昨晩は一緒に夕飯をいただいたけど、今朝は一人遠征して来たのだ。
『腹はいっぱいになった。じゃが、魚は別腹だ』
そう言ったオロチは骨だけなった魚を悲しそうに見つめた。
「新しいのを用意しますよ」
『いや、少し食べたいだけだから用意はいらぬ。我が主から頂戴したかったのだ』
ジンの申し出を断ったオロチは私をちらりと見た。
「そんなの先に言ってくれなきゃ分かんないよ」
そう言えば、労りが足りぬとかごちゃごちゃうるさい。
「オロチ、そんなに言うなら僕の魚をあげるよ。ほら、あーんして」
ノアによってボロボロになった魚。それを見たオロチは体を大きく反らした。
『なんじゃこれは。へったくそだな』
ぴしり、と空気が凍った気がした。このあとどうなったかは、とても私の口からは言えない。オロチ、口は災いのもとなんだよ。