防波堤は必要だよね ノアside
姉さんが寝たことを確認して、僕は部屋を出た。
「ジン、起きてる?」
ドアとは違う襖と呼ばれるものの前で声をかければ、中に入れてくれた。
「どうした? 眠れないのか?」
本気で僕を心配してくれているのだと分かる優しい声で聞かれる。
きっと、姉さんもジンとなら幸せになれる。姉さんは王族も、貴族も似合わない人だ。
ジンはフォクス家の後継者ではないから、爵位は継げないだろう。けれど、人の心を掴むのが上手く、地頭もいい。家を出ても、しっかり稼げるタイプの人間だ。
それに、姉さんのことを理解して何があっても守ろうとしてくれると思う。物理的なものからではなく、心理的なものから。
何より、うちの領に住んでくれそうなところがいいよね。それなら、姉さんにいつでも会いに行けるし、姉さんも里帰りがいつでもできる。
変な貴族に言い寄られる前に、婚約者候補を作っておくべきなんだよ。高等部に入学したら嫌でも言い寄られるんだから、防波堤は必要だよね。
「ジンはさ、将来はどうするの?」
「ん? どうしたんだ? ……そうだな。商人になりたいと思ってる」
商人……か。ジンの性格を考えても向いてそうだよねぇ。成功もできそうだし、悪くはない。悪くはないんだけど、旅商人なら最悪かな。
各地を転々とされたら、姉さんに会いにくくなる。まぁ、姉さんは喜んで着いていくタイプだろうけど。
「商人に何でなりたいの?」
「そりゃ、うちの領の文化を広めるためだよ。もし、着物や浴衣、和食なんかが受け入れられたら、うちの領は裕福になる。領のみんなが米の不作時に飢える心配もなくなる。子どもの死亡率も減らせる。みんなのためにできることが増えるからな」
これがただの自分が金持ちになりたい、とかだったら良かったのに。そうしたら、囲い込みやすかったのにな。
まぁ、そんな男だったら姉さんも惹かれないか……。
「じゃあ、スコルピウス家がフォクス領を支援すると言ったら? わざわざジンが頑張んなくても大丈夫だよ?」
そう聞いた僕を見て、ジンは小さく息を吐いた。
「質問ばっかりだな。そんなに心配か?」
「……心配しない方がおかしいでしょ。公爵家の後ろ楯が手に入るってだけでも、何としても親密になりたいバカは数えきれない」
「だろうな。それに加えて、可愛くて優しいと来れば多少強引に来るバカも出てくるな」
「そうだろうね。姉さんは可愛くて、美人で、ちょっとアホで、そこがまた可愛いんだ。しかも、魔力量も桁外れ。それなのに、不器用だから繊細さに欠けていて半泣きになっちゃうんだよ。姉さんの方がすごいのに、僕が守らなきゃ、しっかりしなきゃって思うんだ。いつも、僕のことを本当に嬉しそうに呼ぶところも最高に可愛くて、姉さんの真っ白な心が汚れないように危険分子は全て気づかれないうちに排除するのは大変だったな。まぁ、どんな相手が来ようと負けないけどね。例え、王族だろうと神様だろうと、姉さんに相応しくないものは排除しないと。姉さんが安心して笑っていられるようにするのが僕の使命だからね。何てったって、姉さんは──」
「はい、ストップ。ノアがアリアのことをどれだけ好きなのかは伝わったから、少し落ち着け」
ジンが呆れたように僕を見てくるけど、まだまだ足りない。姉さんの魅力はこんな言葉ごときじゃ伝わらないのに……。
「ノアはアリアについて語りに来たんじゃないんだろ?」
あぁ、そうだった。姉さんのことになると周りが見えなくなるのは僕の悪い癖だな。
「……ジンってさ、姉さんのことどう思ってんの?」
返答次第で、二度と姉さんの視界には入れなくするからな。