知らないって、怖い
ジンの身体強化に成功したので、3人で走って領の中心部まで戻る。途中、枝があたっても何にも痛くないことにジンが驚いていた。
だけど、そんなの当然だよね! だって、転んだ時にこのスピードじゃ大怪我しちゃうから。皮膚も強化済みだ。
そう考えると、ジンをおんぶしてた時は危なかった。ジンの身体強化をしてなかったし。もし私が転んだりなんかしてたら……。怪我させなくて良かったー。
そして、あっという間に町が見えてきた。
「ノアーーっ!!」
「えっ!? 姉さん、今度は何したの?」
何したの? とは失礼な弟だ。まだ何もしてないはず! でも、可愛いから許す。困惑したノアもやっぱり可愛い。
「何もしてないよ?」
「……ジンに何したの?」
「身体強化をしたんだ! 見て!! 上手くいったよ!!」
途中、やり過ぎたことは内緒にして言えば、ノアにため息をつかれた。
「姉さん、人に魔術をかけるのはまだ良いとするね。だけど、姉さんの魔力を他者に流すのは良くないよ。相手が魔力なしのジンだったから大丈夫だったみたいだけど」
「えっ? どういうこと?」
一体、何がいけなかったんだろう。ノアが私の魔力を動かしてくれたこともあったし、大丈夫かな……って思ったんだけど……。
「まず、魔力って相性があるんだ。兄弟なら魔力を流しても大丈夫なことがほとんどだけど、血縁のない人には危険なんだよ」
「危険?」
「魔力って身体中を巡っているでしょ? 血液みたいに。もし、合わない魔力を流すと最悪、心臓が止まるんだ」
「死んじゃう……の?」
私の呟きにノアは大きく頷いた。
「最悪の場合はね。過去にこんな実験があったんだ。魔力の少ない人に魔力を流せば、その人の魔力が強くなって使える魔術が増えるんじゃないかっていう。結果は姉さんの想像通りだよ。10人中3人が死亡した」
「……他の7人は?」
「1人が植物状態。2人は精神崩壊。3人は気絶したけれど、その後の生活に支障なし。魔力量も変わっていない。そして不運なことに1人だけ成功した」
「えっ? 不運なの? もしかして……」
嫌な予感がする。魔力は武器だ。魔術が使えるか否かで人生が変わると言ってもおかしくない。
「わずかな可能性にかけて魔力を流して欲しいという人がたくさん現れたんだ。だから、この実験は秘匿されるようになったんだ」
「それをノアが知ってるってことは……」
「うん。その悪魔のような実験をしたのはスコルピウス家だよ」
ざぁっ、と血の気が引いた。
もしかしたら、ジンの命を奪っていたかもしれない。良かった。ジンに何もなくて。
知らないって怖い。知らなかったじゃ済まされないことをしてしまうところだった……。
「もう二度と魔力を流さない」
「うん、そうして。あっ、でもジンになら平気だからね。もともと魔力がないから大丈夫だったみたい。だけど、このことは秘密にして。色々と危険だから」
「分かった」
私と一緒にジンも頷いた。そして、ジンは眉間にしわを寄せ、ノアを見た。
「なぁ、俺はこの話を聞いても良かったのか?」
いつもよりワントーン低い声。それがこの話の重さを表している。
「うん。だってジンはそのうち他人じゃなくなるだろうし」
「は? どういうことだ?」
「えっ? どういうこと?」
私とジンの言葉が重なれば、ノアがにんまりと笑う。さっきまでの深刻な雰囲気は、もうない。
「まぁ、進展は遅そうだけどね。いいんじゃない? まっすぐで、優しくて。地頭も良さそうだし。何より、姉さんが遠くに行かなそうなのがいいよね」
一体、ノアは何を言ってるの? 私が首を傾げる横で、ジンは何故か耳を真っ赤に染めている。
「ジン、どうしたの?」
「どうしたの? って……。いや、何でもない。アリアはそうだよなぁ」
「え、何それ。どういうこと?」
「さぁな」
ノアとジンは視線を合わせて、楽しそうに笑う。もう、何がなんだか。それでも、和やかな雰囲気に何だか嬉しくて、私も思わず笑ってしまった。




