魔道具の鈴
オロチが歩くと、チリン、チリリン、と鈴の音が小さく鳴る。そして、オロチは結界にあと一歩というところで足を止めた。
『行くぞ』
その声に頷いた。ノアが失敗するとは思えないけれど、万が一の時のために私は魔力で動体視力と身体能力を強化する。そして、左手に魔力を貯めた。
魔道具が上手く作動せずオロチの体が結界に弾き飛ばされてしまった場合、オロチが消滅する前に捕まえて魔力を注ぐために。
イメージもばっちりだ。飛んできたオロチを右手で捕まえて、即座に左手で魔力を注ぐ。これなら、オロチがダメージを受けるのは一瞬ですむはずだ。あくまでも保険だから使うこともないんだろうけど。
オロチが一歩踏み出せば……。
チリチリチリチリチリーンと鈴がまるで頭に直接響かせるような音で忙しく鳴る。そして、音が止まる頃にはオロチは結界の中に──。
「び、びっくりしたぁ」
思わず出た言葉にオロチも頷いている。まさか、あんなに大きな音で鈴が鳴るとは……。
「こんなに大きな音が出るんだったら、ノアも教えてくれれば良かったのに。……ジン、どうしたの?」
「いや、俺には小さく鳴っているようにしか聞こえなかったぞ。ほら、今も鳴っているみたいな」
そう言ってジンはオロチを見た。オロチは私たちの視線を気にすることなく、不思議そうに鈴を指で弾いている。
「ずっと、あのくらいの音だったの?」
「あぁ」
ジンの返答に首を傾げる。私とオロチには聞こえるけど、ジンには聞こえない? 私たちとジンの違いって何だろう。ノアが意味もなく人によって聞こえ方を変えるとは思えない。
何が違うんだろ? あれかな、私がオロチの主だからとかかな。
「これって、魔力の有無で聞こえが変わるのかもな」
えっ? 魔力の有無? でも、生まれながら誰もが多少は……ってフォクス領は違うんだった。竜二さんが魔力を持ってなかったからだろうな。
「確信はないけど、その鈴は実験もかねてるんじゃないか?」
「どういうこと?」
「オロチ様が結界に入ったから鳴った、じゃなくて魔物が入ったから鈴が鳴ったって考えると──」
『警報変わりってことか?』
「はい。魔力がある……もしくは、魔力が強い者にしか大きな音が聞こえないのではないかと」
ジンの言うことに、なるほど……と思う。そうすれば、結界内に魔物が侵入した時にすぐに分かるはずだ。もしかして、この鈴を持って帰ればスコルピウス領にいても結界の異変を知ることができるのだろうか。
そこまで考えて、まさかね……と首を小さく振る。夕方家に帰って、次の日の朝に出発しているのだ。しかも、夜まで結界を張る魔術の勉強をしていた。
ノアが天才だからって、いくらなんでも……。
「上位貴族はみんなこんなに優秀なのか?」
「そんなことないよ。物心つく頃から教育を受けているから優秀な人は多いけど」
そう。前世に比べてみんなはかなり優秀だ。それこそ、早ければ高等部に入る前に実際に領地経営の一部を任されている子息が半数を占めるほどに。
親が、夫が死んだから領地の経営ができない、なんて民には言えない。今までの生活は最低限保証しなければならないのだ。それが民の税を預り、領地を経営していく家の務め。
そう教えられてきた。ノアだってまだ9歳だけど領地経営について学んでいる。まだ実践はしていないけど、中等部に入る頃には領地の一部を任されるだろう。もちろん、補佐付きだけど。
だから、貴族は早く大人になる。ならなければならない。スコルピウス家はそれでも本人が望まなければ分家から後継者を選ぶのだから、優しい方だ。けれど、その決断はどんなに遅くても10歳までにするよう言われている。後継を新しく育てるのにも時間がかかるので、後でやめたなんてことは当然許されない。
しかも、十二星座の名を持つ家紋は領地経営の他に、国への貢献も求められるのだから、後を継ぐと決めたノアの覚悟は私には計り知れない。
「それでもやっぱり、十二星座の家紋の嫡男はやっぱり特別かも。差別意識みたいで良くない言い方だけど、子供の頃から責任が違うから」
私の言葉に答えるかのようにチリン、とオロチの首もとの鈴が風に吹かれて音を鳴らした。




