変態じゃないからね!
それから私たちは結界の側まで歩いた。何で結界のすぐ側でオロチに魔力を注がなかったのかというと、単純に結界を抜けて止まろうとしたら、勢いがつきすぎて止まれなかったのだ。
車は急に止まれないのと一緒。私は急に止まれないのである。
「なぁ、急がなくていいのか? ノアが待ってるだろ」
あまりにも私がのんびり歩いているからか、ジンが不思議そうに言う。
ノアには早く戻るって言っちゃったし、急いだ方がいいのかもしれない。だけど、もう少しこうしていたいと思ってしまう。
「私がいても役に立たないから大丈夫だよ。私、結界の修復をする場所も見つけられないし、細かい作業も苦手だから。修復するなら、作り直す方が楽だと思う」
「じゃあ、何であんなに速く走ったんだ?」
「速い方が楽しいでしょ? 私、絶叫系大好きなんだよね」
「絶叫系?」
ジンの疑問にハッとする。そういえば、こっちの世界に絶叫系なんてものはない。私の周りは、私が前世の記憶持ちだって知っているから気にしないでいてくれるけど、一歩家から出たら気を付けなくてはならなかったのだ。
だって、ここの世界の記憶ならともかく異世界から来たなんて信じてくれな……いことはないな。フォクス領の領主の先祖は異世界転移者だ。
それに、もしフォクス家の先祖が転移者じゃなくても、ジンなら話したからと言って変な目で見てこないだろう。信じてくれると思う。
言ってみる? でも、いきなりそんなことを言われたら迷惑かな……。
『うむ。結界が見えてきたな』
うだうだと悩んでいれば、結界まで到着してしまった。何だか、今日はこんなことばっかりだ。うじうじする自分は嫌い。早くいつも通りにならないと。
「よし。オロチ、着けるよ」
オロチの首に黒いベルトに光沢のない銀の鈴がついている魔道具をつける。その姿はなんともエロい。
「オロチの存在がエロい……」
「それ、思ったとしても黙ってた方がいいんじゃないか?」
「でも、なんかよく分からないけどエロスを感じるのよ」
『まぁ、元は神だからな。溢れ出る魅力は隠しきれないのだろう』
自慢げなオロチに対し、ジンはなんとも微妙な表情をしている。これはもしかしなくても、変態だと思われてる? さっきの痴女騒動も相まって変態確定ルートですか? それは嫌だ! 女子として見てもらえないとか、振られるとか、そういうのは仕方がないけど、変態だと思われたくない!!
「ジン! 変態じゃないからね!?」
「変態? 何の話だ?」
「だから、私は変態じゃないからね!」
ジンはキョトンとした顔をしたあと、意地の悪い笑みを浮かべた。
「へぇ? アリアは俺に変態だと思われることをしたんだ……」
「しっ、してない!!」
「じゃあ、何でそんなに変態じゃないって慌ててるんだ?」
「だって……」
「だって?」
うぅー。なんで伝わらないの? ただ変態じゃないって伝えたかっただけなのに。
ニヤニヤと楽しそうに笑うジンに腹が立つ。そんな姿すらかっこいいと思うなんて、本当にどうかしちゃってる。これが、噂の恋のマジックというやつなのだろうか。
「ジンのばか……」
恨みがましい視線を送るが、ジンは楽しそうにけらけら笑っている。あぁ、そんな姿も好き。惚れたら負け、なんてよく言ったものだ。
「からかって悪かったよ」
そう言いながら、くしゃりと頭を撫でられる。
笑いを堪えて少し震える声や目尻に溜まった涙。私を撫でる手。すべてがかっこよくて、ドキドキして……。何だか、大好きってすごく伝えたくなった。
今だって振られるのが怖い。だけど、怖いよりも伝えたい気持ちがどんどん大きく膨らんでいく。だけど──。
「ねぇ、ジン。フォクス領の結界がうまく行って、私の夢が叶ったらジンに伝えたいことがあるの」
気持ちを伝えるのは、まだ早い。私はお米をスコルピウス領でも当たり前に食べられるものにしたいのだ。そして、いずれは国中で。それが私の絶対に叶えたい今の夢。
ノアが幸せになるのは決定事項だから夢にはしない。あれは、叶えたいものではない。必ずやり遂げることだから。
「その時は聞いてくれる?」
私の問いにジンは静かに頷いてくれた。




