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普通はモフモフだよね……。


 先ほどまでの魔物のざわめきだけじゃない。草木の揺れる音、鳥のさえずりも聞こえない。更に、動物や魔物の足跡、(フン)などの生き物の気配。

 あるはずのそれが、ここにはない。木々や花々は隣の山とほとんど変わりがないのにだ。


「どういうこと?」


 前世を含めてもこんな場所は初めてだった。特に嫌な感じはしない。けれど、この静か過ぎる空間の異質さには首を傾げずにはいられない。

 不思議に思い、周囲の様子を観察しながら歩けば、歩いている自分にも違和感があった。


「音がしない?」


 私の声はするのに、足音もなければ、足跡もない。私は何か(・・)に足を踏み入れてしまったのだろうか。

 ……とりあえず、お(まい)りでもしようかな。なんかよく分からないけど、神聖な雰囲気の気もするし。


 そう思い、大きめの岩や大木のようなお詣りスポットを探そうとすれば、石畳の奥にある(ほこら)が目に入った。

 先ほどまではなかった気がして、心は近寄ることを躊躇(ためら)うも、足は祠へと向かっていく。


 その祠の前まで来ると、私の足は止まった。そして、書かれている文字はこの世界のものではなく──。


「日本語……」


 この世界とは違う、懐かしい字体。それが、石板に掘られていた。



『名前も知らない誰かへ。


 この文字が読めるということは同郷なのだろう。

 もし、この世界に居場所を見つけられないのなら、フォクス領へ来るといい。竜二(りゅうじ)と同じ時渡りの民だと、石板を読んだと伝えてくれれば、私の子孫があなたの家族になるだろう。

 同じ時渡りをした者として、あなたが少しでも幸せになれることを祈っている。


              木津 竜二』



 ……まさか、私よりも先にこの世界に来た人がいたなんて。しかも、時渡りってことは、転生ではなくて転移だろうか。

 石板の感じからしてもかなり昔のことのようだけど。


木津(きづ) 竜二(りゅうじ)かぁ」


 石板を、持ってきたタオルと水筒のお水を使ってキレイにする。

 言語も習慣も全く違うところにいきなり転移させられるって、きっと転生よりも大変だろう。それなのに、この人はめげずに家族を作ったんだ。


 私は祠の前に座ると、お昼のサンドイッチを取り出す。

 今日は竜二さんと昼食を共にすることにしよう。そう決めて、ハンカチの上にサンドイッチを乗せ、祠にもお供えする。


「竜二さん、このサンドイッチはうちの自慢の料理人が作ったんです。中にはね、厚焼き玉子。おいしいですよ」


 そう言えば、一瞬でサンドイッチは消えた。


「……はい?」


 ハンカチはある。それなのにサンドイッチがない。思わずハンカチの下も確認したけれど、在るわけもない。


「とりあえず、もう1個」


 今度はカツサンドを乗せる。そして、それもまた消えた。


 イリュージョンだ!!


 ……じゃなくて、魔術の気配もなかったし一体どういうことなのだろう。動体視力をあげようかな。あれやると目が疲れるけど、気になるし。


 魔術で動体視力をあげ、右手の身体強化もする。そして、デザートのイチゴとクリームのサンドイッチをハンカチの上に置き、手を離した瞬間──。


「よっしゃ、見えたぁぁぁぁあ!!」


 サンドイッチを丸呑みしようとしていた細長い生き物を鷲掴(わしづか)みにできた。


「えっと……、ヘビ?」


 真っ白だけれど瞳が真っ赤なその生き物は、舌をチロチロとのぞかせている。

 ……こういうのって、普通はもふもふした魔物に出会うものなんじゃないの? まぁ、ヘビでもいいんだけどさ。


 首根っこを捕まえたまま、私はヘビと視線を合わせた。


「なんでヘビなのにサンドイッチを食べるのよ」

『われはヘビではない。大蛇様(だいじゃさま)じゃ。(あが)めるといい』

「崇めるとって言われましても……」


 どう見ても、ただの白いヘビじゃん。しかも、私に素手で捕まってるし。

 まぁ、会話できるから魔物のなかでも知能が高い方なんだろうけど。


「そもそも、大蛇というわりに小さくない?」


 自称大蛇の長さは1メートルくらい。普通のヘビサイズ。違うのは赤い目くらいだ。赤い目ということは、魔力が高いのかもしれない。


「小娘、良い質問だな。だが、その前にこの無礼な手を離してくれ」


 そう言われて離せば「まったく今時の若者は」だの「礼儀知らずの小娘」だのうるさい。(しま)いにゃ「親の顔が見てみたい」だと?

 その喧嘩、買ったぁぁぁぁあ!!


『ぎやあぁぁぁぁあ!! やめろ! やめてくれぇぇぇぇ!!』


 ぶおん、ぶおん、と低い音を鳴らしながら自称大蛇の尻尾を持って振り回す。大蛇が騒いでいるが、やめない。やめるわけがない。まだ謝罪されてないからね。


『悪かった! われが悪かったからぁぁぁあ!!』


 うん。思ったよりも根性がなかったかな。だったら喧嘩なんて売るんじゃないって話よね。さて、もう逆らわないようにあと一息。私の家族を侮辱した罪を償ってもらおうか。


「そうだね。あなたが悪いよね。ほら、あっちの方に向かって謝罪して」

『えっ?』

「あっちはね、私の家がある方向なの。親の顔を見てみたいなんて、私の両親への侮辱だよね。ほら、早く謝ってくれる?」


 にこりと微笑めば、大蛇は小刻みに震えながら何度も何度も頭を下げた。


『もっ、申し訳ありません。申し訳ありませんでした。とても素敵なお嬢様をお育てになるとは、とても素晴らしい教育の賜物かと──』

「そこまで言われると胡散臭(うさんくさ)いんだけど、まぁいいや」


 とりあえず謝ってもらったし、時間も限られているのだから大蛇調教もここまでにしよう。

 この山のことについても聞きたいしね。でも、そのまえに──。


「ねぇ、なんで普通のヘビなのに大蛇なの?」

『普通じゃないわい! 神聖力に溢れてたんだ。こっちに竜二を飛ばすまではな』


 こっちに、飛ばす? ってことは、この世界に転移して来たと思われる竜二さんを送り込んだのって、このヘビってこと?


『竜二を逃がすために飛ばしたら、神聖力をほぼ使いきった。だから、小さくなっただけだ』


 なるほど? いろいろと気になるから、1つずつ確認していくか。








 

 

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