お粗末さま
さぁ、実食タイムだ。ちゃんと蒸らした玄米が入った鍋の蓋を開けるとぶわりと煙が飛び出した。それと共に藁のような独特のにおいも少しする。
「なんか、臭いッスね」
「まぁ、ちょっとはにおいもするよね。でも大丈夫。おいしいから!」
わぁ。物凄く疑いの目で見てくる。確かに玄米って独特なにおいがするよね。これでも、塩入れて炊いたから、だいぶにおいを抑えられてるんだけどな。
しゃもじは当然ないから、代わりに木べらを濡らしてほぐしていく。
うん、いい感じだ。白米が第1希望ではあるが、白米のお仲間である玄米にテンションが静かに上がっていく。玄米ご飯をスープボウルに入れれば、鼻の奥がツンとした。
前世の記憶は自分のものなのにどこか他人事のように感じていた。けれど、こんなにもお米を求め続けて来たのは、やっぱり前世が恋しかったのかもしれない。
「いただきます」
箸はないので、スプーンでぱくりと頬張る。そして、はふはふと熱を逃がしながら咀嚼をする。
やはり玄米は白米に比べて米粒が硬くてパサパサしている。それでもよく噛んでいるうちにほのかに感じる甘み。懐かしい……。
「これ、コックラのぶんね。お米はパンみたいな主食で、甘じょっぱい味付けのお肉とかと一緒に食べても合うから。じゃ、この鍋は借りてくね。あとで返しに来るから」
私は早口で伝えたいことだけを伝えると、コックラの返事も待たずに調理場を出る。息をするように身体強化をし、全速力で自分の部屋に戻った。
パタン、と閉めたドアの音がいやに大きい。
「うぐぅ…………」
呻き声とともに、ずるずると背中をドアに預けてへたり込む。私の手には調理場から持ってきた、玄米を炊いた鍋とそのなかに入れたスプーン、それとスープボウルが握られている。
「お父さん、お母さん……」
こんなに時間が経ってから、なんで今になって……。
もう会えなくなってしまった懐かしい顔が次々と思い浮かぶ。思い浮かぶのに、どこか霞がかったようにぼんやりとしている。
「なんで、ちゃんと思い出せないの……」
1番はっきり思い出せるお母さんの顔も、写真を切り取ったように微笑んだ表情のままで、他の表情も声も全く分からない。
お母さんはどんな声をしてたっけ。どんな顔で怒って、呆れて、苦笑して、泣くほど笑って……。
ぽたり、ぽたりとカーペットに落ちた水滴は色を濃くして吸い込まれていく。
思い出したくて、苦しくて、助けてが欲しくて。下がっていた視線を少しあげれば、滲んでいる視界の隅に鍋が映った。
「……冷めないうちに食べないと」
スープボウルにスプーンで玄米を足してから、次の一口を口に運べば、ちょうど食べやすい温度になっていた。
「おいしい」
一口、また一口と食べていく。ほのかに甘いはずの玄米は、何だか少ししょっぱい。それでも、私は食べ続ける。霞がかってしまった大切な人たちを思い浮かべながら。
悲しくても、苦しくても、不思議なもので食べる手は止まらない。パクパクと玄米は私のお腹のなかに入っていく。そして、空になった。
「ごちそうさまでした」
手を合わせて呟けば、「お粗末さま」とお母さんの懐かしい声が聞こえた気がした。




