真っ黒なんだよ
どよぉぉぉおん……。
私、アリア・スコルピウスは自己嫌悪の真っ最中だ。何故かって? 魔力暴走計画を失敗したからですよ。はぁ……。
心のなかで盛大なため息を連発しながらも、お茶会から帰ったその足で、私はお母様とともにお父様のところへ報告に向かう。
「そんなに落ち込む必要はないわよ」
お母様が励ましてくれるが、私の心のなかのため息は止まらない。
「いえ、失敗です。結局、領地へ帰る理由を失いました」
「そんなの、どうにでもなるわ。アリアちゃんのお陰で王家主催のお茶会は無事に終わったんだもの。胸を張りなさい」
「ですが……」
マイナス思考とは、一度やってきたらなかなか去ってはくれないものらしい。お父様の私室の前に着いてもなお、気持ちは浮上しないものだ。
だが、きっちり報告をして次の王家へ恩を売りまくる作戦を決行しなくては。
憂鬱な気分のまま、ガチャリと重厚な扉を開けば、私のテンションは爆上がりした。えっ? 気持ちはなかなか浮上しないって? 何のこと?
「アリアちゃーーーん!!」
胸へと飛び込んでくる可愛い子さえいれば、気持ちなんてものは急浮上の大気圏突破なのだよ。ふははははは!!
「ノアー、会いたかったよー」
胸に飛び込んできた天使は、私の荒んだ心を瞬時に浄化してくれたのだ。
「アリアちゃん、うまくいった?」
「うぐぅ……」
キラキラと輝く黄金の瞳を前に私ができたのは唸ることのみ。だけど、ノアは察してくれたようで背伸びをして私の頭を撫でてくれた。
「誰がアリアちゃんのじゃまをしたの?」
「へ?」
「だって、何もなければ成功してるはずだよ。ニコニコしながらうまくいったよーって教えてくれるはずだもん」
おぉう、私の行動をよく分かってらっしゃる。
ぷっくりと膨らんだ頬が可愛くてツンツンしながら、ノアとお父様、そして実は部屋にいたセバスへと今日のお茶会についてお母様と一緒に話した。
「じゃあ、第2王子が魔力暴走をしたからできなくなっちゃったんだ」
「2回も魔力暴走が起こるのもおかしいじゃない? まさか、同じタイミングで私も暴走しているように見せるのも変だと思うし」
「そうかな? ひどいことを言われたんだからやってもいいって、ぼくは思うよ!」
そう言ったノアは何かを耐えているようにみえる。少しだけど瞳の色が揺らいでいるような。
「カトレアを侮辱したのは誰かな?」
「母さんのことを悪く言ったのはだーれ?」
静かにお父様とノアの声が重なった。これは、もしかして──。
「あら、私のために怒ってくれるの? ありがとう。でもね、アリアちゃんが格好よく反撃してくれたから大丈夫よ」
お母様がとても楽しそうに言うと、ノアの瞳の色の揺らぎはおさまり、変わりにキラキラと好奇心で輝かせた。
そして、お父様とノアに乞われて一部始終をお母様は話してしまった。6歳の子ども相手に言葉でねじ伏せ、最終的に脅したことを。
「アリアちゃん、かっこいい……」
「流石、俺達の娘だな」
「もう、キュンってしちゃったわー」
「それでこそ、スコルピウス家のお嬢様ですな」
皆が褒めてくれるけど、いたたまれない。大事なことだからもう一回言うけど、私のしたことは小さな女の子を言葉でねじ伏せ、脅しただけなのだ。それを褒め称えられるって違和感がすごい。
「いえ、私がしたのは脅しですから……」
水をさすようだが、言わずにはいられなかった。暴言をはくように誘導し叩きのめしたのだから、イザベラは私に嵌められただけ。まぁ、あの子もやり過ぎたのだけど。
「言ってはいけないことを口にしたのだから、当然の報いだろ?」
「当然ですなぁ」
「教育不足ね」
「もっとやっても良かったのに。アリアちゃんはやっぱりやさしいね!」
……なるほど? スコルピウス家は何かあれば力で脅すのが普通、なのか? いやいやいやいや!! 良くない! ノアの教育に良くないよ!!
これは、すぐにでもどうにかしないと、やられたら叩きのめすほどやり返す子になっちゃうよ。天使ならぬ悪魔……、それもまた可愛いな。
その姿を想像して口元が緩めば、ノアがぎゅうぎゅうと抱きついてくれる。幸せ……。
「さて、これから大掃除でもしましょうかね。ねぇ、デニス」
「そうだな。あぁ、楽しみだなぁ。こいつ等、婚約者候補に……とか色々鬱陶しかった奴等だろ。正々堂々潰せるなんて夢のようだ」
「気持ちは分かるけど、今はリカルド様優先だからね。これを手土産に婚約者候補の辞退と領地へ帰ることを伝えましょうか」
「そうしたら、断れないだろうな」
「しかも、恩も売れるだなんて最高ですな」
大人達の会話が黒い。笑みは爽やかなのに黒い。
「あのっ! リカルド様の魔力制御訓練もお願いします」
「どういうことだ?」
「リカルド様は魔力制御訓練を受けていません」
その言葉に楽しそうだった3人の顔色が変わった。
「そうか。あいつ等は自分の子に魔力制御訓練も受けさせずにいたのか」
「いくら友人でも許せないわね」
見せかけだった爽やかさもなくなり、黒さが表面に出た3人に私とノアは部屋を追い出されてしまった。ここからは大人の話し合いになるんだとか。
次の日、朝起きると私はレオナルド王子の婚約者候補を辞退したと両親から伝えられた。
そして、何故か我が家の食堂には、第2王子のリカルドがいた。