気が付いた想い レオナルドside2
「カトレア、アリアさん、ようこそ」
母上の言葉に皆がざわめいた。スコルピウス公爵家とお近づきになりたい貴族は多く、その愛娘が社交の場に現れれば注目を集めない方がおかしい。
加え、あの美貌だ。例え紅い瞳でも、自分の息子の嫁に……と考えている者も多いだろう。
僕の婚約者候補ではあるアリアだが、スコルピウス公爵家は代々恋愛結婚が多く、時には相手が平民であろうと身分の垣根を越えて結婚することで有名だ。
一家の繁栄のために嫁ぐことは一切なく、例え相手が王族であろうと本人が望まなければ、婚約も結婚もしない。
スコルピウス公爵の愛娘であるアリアも例に洩れずそうなるであろう。 身分が低くても、僕の婚約者候補でも、想いを通じ合わせることができれば公爵令嬢と結婚できる。同年代の息子を持つ親としてはこんなにおいしい話はない。
そのため、大人たちの陰謀が渦巻き、母上が話終わったら一番に声をかけようと牽制しあっている。
特に爵位が高くない者たちは必死だ。
なんで、こうなることが予想できなかったんだ……。 よく考えれば分かったはずなのに。僕がやっとアリアに会えるって浮かれてたから。
後悔したところで状況が改善される訳もなく、途方にくれて母上をみると、こちらをチラリと見て小さく頷いた。その視線が『ここは任せなさい』と言っていることを理解し、僕は一時アリアを秋の庭園から連れ出すこととする。
小さく頷き返せばそれがまるで合図かのように母上から呼ばれた。アリアは周りからの視線には気付いていないようで、僕のことを綺麗な赤い瞳で見つめている。その目に映ることに喜びを感じたが、今はそんなことを言っている場合ではない。汚い大人たちからアリアの純粋な心を守らないと!! それには、周りを牽制する必要がある。
アリアとここに戻ってきた時には、母上が周囲を諌めてくれているはずだ。その時に少しでもプラスに働くように振る舞わなければ……。
だから僕はいかにもアリアを気に入ったという態度で挨拶をした。
今までどの令嬢に対してもそういう態度は取らなかった。そのため、僕に近づこうとしていた令嬢達はショックを受けたり、アリアを睨み付けたりと様々な反応を示している。少しやり過ぎたかな？ とも思ったが、アリアの登場に浮き足立った令息に冷たい視線を投げつけることも忘れない。
本当は警戒されないように少しずつ距離を詰めていきたかったが仕方がない。それに、僕がアリアと仲良くなりたいと思っているのは事実だ。
ちょっと予定が早まっただけ……。この際だから、普段は第1王子としての振る舞いばかりを気にしてきたけれど、今はアリアと仲良くなりたいと思う僕の心に従ってしまおう。
「僕のことは、レオって呼んで。僕もアリアって呼ぶから」
そう言った時のアリアの顔ときたら、笑顔なのに僕の期待していたものとは違くて、ますますアリアを気に入ってしまった。
「お断りしますわ。恨まれたくありませんもの」
「誰もアリアを恨んだりしないよ。僕たちは結婚するんだから」
これは、アリアの望んだ答えじゃないだろう。僕が実現させたい未来だ。
だけど、アリアは嬉しそうに笑ったんだ。頬を緩ませてにこにこと。
そのアリアの表情を見た子息からは熱視線が、令嬢からは嫉妬と憧憬が注がれる。
「アリアちゃ──」
「アリアは、可愛いね。僕のお嫁さんがこんなに可愛い子で嬉しいな」
慌ててアリアを呼ぼうとしたスコルピウス公爵夫人の声をかき消し、僕は自分の気持ちを正直にアリアへと伝えた。折角、良い雰囲気なのに邪魔されては堪らない。だけど、アリアから返ってきた言葉は僕が望むものではなかった。
「私以外にも候補のご令嬢はたくさんいます。他の方ともお話をしてみてはいかが──」
そんな言葉は、聞きたくなかった。話している途中だけど、ぐいっとアリアの手を引いて歩き出す。
「離してくださ──」
「母上、アリアに温室を見せたいので少し席を外します」
気がついたら、拒否をされる前にアリアの言葉を遮っていた。
「レオナルド様、待ってください」
待たない。待つわけがない。ずっと待っていたんだ。アリアが来ることを。こんな形になって、上手くできなくて、それでも二人で話をしたい。僕の想像の中よりもずっと可愛い女の子と。
止めてくるだろうスコルピウス公爵夫人はちょうどタイミング良くメイドが失態をしたらしい。気の良い女性なのだろう。慰めてくれている。
裾がほんの少し濡れたドレスを視界の隅に捉え、今がチャンスと抜け出した。
たくさんの嫉妬の視線を浴びながら。
お茶会の会場から少し離れたところで、一度足を止め──。
「魔術は無理だよ」
それだけ伝えるとまた歩き出す。魔道具が反応しているということは、アリアは魔術を使って逃げようとしているのだろう。
「どういうこと……ですか？」
「レオナルド様！」
「レオナルド様、止まってください！」
何度も声をかけられるが返事はしなかった。焦っているアリアが可愛かったのと、レオと呼んで欲しかったから。
……あと、魔術を使ってまで逃げようとすることに、ほんのちょっと腹が立ったから意地悪がしたかったのだ。自分勝手なのは分かっていた。だけど、自分の気持ちを押さえられなかった。それは、僕にとって初めての感覚で、だけど決して嫌なものではない。
もしかして、僕は…… 。
自分の気持ちに気が付きそうになったその時──。
「いい加減にして！ 止まれって言ってるでしょ!!」
そうアリアが叫んだ瞬間、バチンッと僕の腕が光り、金細工の魔道具が落ちた。
