兄弟
レオナルドの弟といえば、第2王子のリカルドだ。
この国は一夫一妻で、王族といえど例外ではない。子供に恵まれない場合は遠縁から養子を迎えたり、王族ならば兄弟やその子息が王位を継承したりする。
それも隠し子がいなければ、の話ではあるが。
「リカルド様と話すって、何を話して欲しいのですか?」
「何でもいいんだ」
「はい?」
「本当に何でもいい。天気の話でも、食べ物の話でも。リカルドと仲良くなって欲しいんだ」
神妙な面持ちでレオナルドは言葉を重ねた。
「無理なお願いだって分かってる。でも、同じ赤い瞳のアリアなら……」
そこまで聞いて納得してしまった。赤い瞳は魔力の高さをあらわしている。それを怖がる人も多いうえに、一人だけ瞳の色が違うリカルドは不義でできた子どもだという噂に悩んでいる様子がほしきみ☆で描かれていた。
幼少期から既にどちらか、あるいは両方でリカルドは苦しんでいた、というわけか。でも──。
「未来のリカルド様の側近として選ばれた方々がお側にいらっしゃるのではないですか?」
きちんと選ばれた子息が側にいるはずなのだ。レオナルドと年子とはいえ誰もいない、なんてことはないだろう。
「それが……、リカルドが拒否したんだ」
「全員をですか?」
頷いたレオナルドに頭を抱えたくなった。それでは王家もリカルドも反感を買うだけだ。
「それでは、リカルド様のご友人は……」
「誰もいない」
わーぉ。普通に一大事じゃないか。
別に友達はいなくてもいいのよ。ただ、形だけのお友達で良いから貴族は必要なのだ。繋がりというやつだね。
それを拒否しようとしているのは私も同じだけど、私の場合は既にあるものを拒絶したわけではない。ないものを無のままにするだけだ。
リカルドが社交界デビューをして半年。周囲を拒絶し続けてきたとすると、とても厄介な王子として周りからは見られていることだろう。
話しかけること自体はできるよ。赤い瞳だって私もだし、怖くなんかない。だけど、リカルドもほしきみ☆の攻略キャラなんだよなぁ。
私が直接関わることのないキャラのため警戒する必要はないとは思うんだけど。念には念を入れよっていう素晴らしき言葉もあるくらいだしねぇ。
何より、ゲーム内のリカルドの性格ってちょっと問題ありなんだよ。
真っ直ぐで優しい第1王子と周囲に当たり散らし横暴な態度をとる第2王子。
それは、魔力の高い赤い瞳に、自分が不義の子ではないのか……という疑惑。そして、劣等感だ。
常に出来の良い兄と比べられ、レオナルドは純粋に心配しているにも関わらず、同情されていると思い込んでしまったのだ。
思い込みから、どんどん自分の殻に閉じ籠るようになり、色々なことが重なって最終的には横暴な王子様が出来上がった。
リカルドルートではその荒んだ心を癒し、彼の唯一の人になるのだ。
リカルドはまだ5歳。たくさんの愛情を感じることが出来れば、今なら間に合うかもしれない。 その愛情を与えるのは私ではないし、問題は家族で解決するべきだ。
話しかけることはできるけれど、それでは何も解決しない。冷たいようだが、根本を解決するには本人とその周囲の努力が必要だと思う。
私の沈黙をどう受け取ったのか、レオナルドが再び深く頭を下げてくる。
「アリアにリカルドの友達になってもらいたいんだ。少し話すだけでも! この通り!!」
おいこら。話すだけから、友達になって欲しいって、要求がレベルアップしてるぞ。
それに、王子の彼に頭を下げさせているのを見られたら、私もレオナルドも窮地に立たされるのは間違いない。ここは既に、お茶会の会場である秋の庭園がすぐそばなのだ。
「レオナルド様、頭を上げてください」
そうお願いするが、なかなか頭を上げてはくれない。まさか、頷くまでこのままでいるつもりじゃないよね? 愛称で呼ぶまで返事をしないつもりだった、と言ったレオナルドの言葉がよみがえる。
いやいや、そんなまさかねぇ……。そんなこと、ないよね?
一人だけさっさとお茶会の会場に戻ってもいいのだが、それはそれで追いかけてきそうな気がする。どちらにせよ、私がピンチなのは変わらない。
今の状況を切り抜けるためには、彼の願いを叶えるしかない……のか。
「一度だけ、お話をしてみます。てすが、期待はしないでくださいね。それと、私に親しげに話しかけてこないことが条件です」
王子と公爵令嬢、という立場で不仲になることはできない。ただ、付き合いは最低限で良い。
本当は婚約者候補の辞退を言いたかったが、彼に決定権はないだろう。
「考えておくよ」
「考えるのではなく、決めてください」
考えたけど、なし。なんてされたら堪らない。レオナルドも弟の行く末を心配しているのは分かる。だが、こっちだって可愛い弟の人生がかかっているのだ。絶対に譲れない。
「分かったよ。人前では親しげに話しかけないようにする」
人前以外でも親しげにしないで欲しい。そう思ったが、ここで言えば話は終わらずに二人で話している姿を目撃されるだろう。
そして、脚色されていくのだ。前世での噂話もそうだったから、これはほぼ確実と思った方が良い。
「ありがとう、アリア」
そう言って笑うレオナルドに、何だか嵌められた気がするのは気のせいだろうか。
レオナルドに対する小さな不信感を抱きつつ、これからのことを思い、ため息が漏れた。