金細工のブレスレット
「まさか……」
私は手を振りほどいて、レオナルドから距離を保つ。
「あーあ。レオって呼んでもらえるまでしゃべる気なかったのに。
アリアが思っている通り、これは魔術を弾いたり、触れた者に魔力を感知させなくする魔道具だよ」
金細工のブレスレットを拾ってレオナルドはにこやかに笑った。その表情に背中がぞわりと粟立つ。
おまえは本当に6歳かーーー!!!!
心のなかで叫ぶが、私の冷静な部分が仕方がないのかな? とほしきみ☆で語られたレオナルドの過去を思い出す。
確か、彼は「幼い頃から人の良い部分も悪い部分も嫌というほどにみせられてきた。どうすれば、相手が満足するのか、思い通りになるのかばかりを考えてきた気がするんだ。君に出逢うまでは……」とか言ってたもんなぁ。
実際、第1王子という立場は容易な道ではないと思う。王妃を目指して学んでいた私ですら毎日が勉強ばっかりだった。
記憶が戻った今、子供はもっと遊んだ方が良いのではないかと思うほどに毎日多くの予定があったのだ。 第1王子となればその比ではないだろう。
それに、次期王様になる彼の周りには、その権力に吸い寄せられるかのように多くの心ない人間も寄ってくる。そんな人ばかりではないが、相手を見定めなければならない。
レオナルドは幼いながらも優秀みたいだし、きっと相手の思惑に気付いてしまったことも多い。幼い彼にとっては酷な話だ。 自分を守るためにも策士にならざるを得なかったのかもしれない。
苦労してきたのだろう。それが、あのスチルの影のある笑みになったってわけか。あのスチルは神だった。控えめに言っても、神だったんだよ。
でも、それはそれだ。
レオナルドの事情は、私には関係のないことだ。気の毒には思うけれど、私の最優先はノア。そこだけは絶対に変わらないし、変えられない。
「なぜ、そのような魔道具を?」
「暗殺されないためだよ。魔術を使われたらひとたまりもないからね。まぁ、今回のことで改善が必要なのは分かったけど」
そう言ったレオナルドに、レオナルドルートのバッドエンドのスチルが思い浮かぶ。確か、倒れているレオナルドの側には、今と同じような金細工のブレスレットが落ちていた。つまり、ノアが廃人になったのは、金細工の影響だった、ということか。単純に魔力の使いすぎではなく、魔道具が更に改良……いや、改悪されていたのだろう。
つまり、魔術を極めて魔道具より強くなれば勝てる……、じゃなかった。勝つ必要なんて全くない。私がレオナルドに恋をしないで、婚約者候補を辞退すればいいだけの話だ。
つまらなそうに金細工を見ていたレオナルドは私を見て微笑んだ。
「僕が怖い?」
「……怖くはないですけど」
「けど、何かな?」
レオナルドが首を傾げると、銀の髪が少しだけ彼のアメジストのような瞳を隠す。
「面倒くさい。…………ぁ」
しまった! 声に出ちゃってた。
だって、愛称で呼ばせるためだけに返事しないところとか、無理矢理お茶会から連れ出したところとか、面倒くさいんだよね。もっと言うなら、関わりたくない、だろう。
どうしようかな。今更、訂正してもわざとらしいし。だからと言って、さすがに失礼すぎるだろう。レオナルドも固まっちゃったしねぇ。
「あの、大丈夫ですか? 事実とはいえ、失礼なことをすみません」
「事実……。はは……、あははははははは!!」
無駄に正直な口が余計なことを言ってしまった後、レオナルドはお腹を抱えて笑いだした。アメジスト色の瞳からは涙までこぼれてきている。
これは、一体どうしたら……。今度は私が何も言えなくなり棒立ちとなってしまう。
そんな私の様子までも面白いのか、レオナルドは涙を手で拭いながらひどくご機嫌に私を見た。
「僕、アリアのこと気に入っちゃったよ」
「はい!?」
今のどこに気に入る要素があったのか、理解に苦しむ上に気に入られたくないのが正直なところ。
「絶対にアリアにお嫁に来てもらうからね」
「お断りします」
相手は6歳児。それなのに、何を考えているのか本当に分からない。これが王族からなのか、彼が特別なのか。
今、分かることはレオナルドに目をつけられてしまったということだけだ。
「そう言うだろうとは思ったよ。まぁ、これから時間はたっぷりあるからね。
とりあえず、今は温室に一緒に行ってくれる?」
さっきまでの雰囲気とはがらりと変わり、可愛らしい笑顔をレオナルドは浮かべた。多分だけど、私が可愛い雰囲気に弱いって気が付いてやってると思う。
思うんだけど、かっわいいなぁー! 小首傾げるとか、あざとい! あざと可愛い!! ノアが天使だとすれば、レオナルドは小悪魔系の可愛さである。
「うぐぅ……」
思わずうめき声が口から漏れた。この可愛い生き物の願いを断れるのか? そもそも、ここまで来てしまった時点で温室についていこうが、周りからの目はきっと変わらない。それなら──。
「今回だけですからね。次回からは、ついていきませんから」
「ありがとう、感謝するよ」
何でそんなにも温室に私を連れて行きたいのかは謎だけど、付き合ってみるのもいいだろう。どうせ、初等部に入る頃には私は領地へ帰っている。次に会うのは10年近く経ってからだ。
レオナルドはエスコートをしてくれようとしたが、断って隣を歩く。本当は後ろを歩きたかったのだが、仕方がない。
エスコートを断るなら、せめて隣を歩いて欲しいと捨て犬のような瞳で見詰められてしまったのだから。