王子様はちょっと強引
馬車が止まり、お母様に手助けをしてもらって馬車の高い段差を優雅に私は降りる。
モスグリーンのドレスに淡いピンクのショールを羽織り、金の髪をハーフアップにした私は黙っていれば、おしとやかなご令嬢なのである。
何でまだピンクを身に付けているかと言うと、違う色のショールどれも気が強そうな見た目を増長させるばっかりだったのだ。だから、ピンク色の卒業は断念した。儚さを少しでも演出するには仕方がなかったのである。
まぁ、その甲斐あって、自分でも似合ってるなぁと心から思っている。そこに、王族に嫁ぐことも視野に入れた教育を受けていた私の所作が加われば、同年代なら向かうところ敵なしだろう。
あれ? 敵なしじゃまずいよね。隙を作るべき? でも、大人しくしてれば瞳の色で必ず突っかかってくるってお母様も言ってたしなぁ。
そんなことを思いながらも、お城を見上げる。あまりの大きさにちょっと……、いや、かなりビビってしまっている。
うちも大きいと思っていたけど、流石お城。比べ物にならないのだ。大きさと厳粛な空気に圧倒される。
失礼にならない程度にお城の中を観察しながら、お茶会が開かれる秋の庭園へと案内してもらう。 そこでは既に王妃様が待たれていて、到着するとすぐに声をかけてくれた。
「カトレア、アリアさん、ようこそ。来てくれて嬉しいわ」
「ご無沙汰しております、ローゼ様。本日は素敵なお茶会にお招き頂きありがとうございます」
お母様と王妃様が挨拶を交わし、いよいよ自分の挨拶の番が来た。
「本日はお招き頂きありがとうございます。 デニス・スコルピウス公爵の娘、アリアと申します」
きちんと貴族の礼をとる。 ローゼ王妃様も私に自己紹介をしてくださった後、やはりと言うべきか、レオナルド王子を紹介してくれると言う。
全くそんなことは望んでいないがそんなこと言えるはずもなく、遂にレオナルドとのご対面の時がきた。
私の目の前に、輝くような銀の髪、アメジストのような紫の瞳を持つ、幼いながらも将来の美貌が約束されたであろう少年がやってくる。
だが、あまりの美しさに見惚れる、なんてことはない。何故ならうちのノアの方がスペシャルに可愛いし美しいからだ。
「はじめまして。レオナルド・シュテルンビルトです。僕のことはレオと呼んでください」
レオナルドは爽やかに挨拶をしてきた。その笑みはどうも胡散臭い、と私の野生の感が言っている。
加えて、愛称で呼ぶようにと言うあたり、幼いながらに女慣れしているのだろう。
「はじめまして、レオナルド様。
デニス・スコルピウス公爵の娘、アリアと申します」
さりげなく、愛称である『レオ』との呼び方を拒絶しながら挨拶を返す。すると、レオナルドはそれを不満そうに聞いている。
「僕のことは、レオって呼んで。僕もアリアって呼ぶから」
心の中で、絶対に嫌だ!! と叫びながらも表情は笑顔を絶やさない。
「お断りしますわ。恨まれたくありませんもの」
「誰もアリアを恨んだりしないよ。僕たちは結婚するんだから」
……はい? 今、なんて言ったの? 結婚? 結婚って言ったのか? 確かに、私は婚約者候補の筆頭だけど、まだ決まったわけじゃない。
つまり、この王子様は世に言う、おませさんってやつか。そう思うと、可愛く見えてきたなぁ。まぁ、ノアの方が可愛いのは当然だけどね。
可愛い可愛いノアを思い出し、頬がゆるむ。今日のお茶会に一緒に行きたいってごねてた姿は悩殺ものだったなぁ。
思い出せば、思わずにこにこと笑ってしまう。だが、その私の反応を周囲がどんな風に見ているのか、私は気が付けなかった。
「アリアちゃ──」
「アリアは、可愛いね。僕のお嫁さんがこんなに可愛い子で嬉しいな」
慌てて私を呼んだお母様の声は、レオナルドの甘い言葉によってかき消された。そして、起こったのは小さな令嬢達の悲痛の叫びだ。
どうやら皆、レオナルド狙いだったよう。小さくても女性なのだと感心し……てる場合じゃない。よく分からないうちに婚約者候補としての地盤が固められている。何これ、怖い。
「私以外にも候補のご令嬢はたくさんいます。他の方ともお話をしてみてはいかが──」
地盤を固められてたまるものか! と話している途中で、ぐいっとレオナルドに手を引かれた。
「離してくださ──」
「母上、アリアに温室を見せたいので少し席を外します」
私の意見など気にもとめずにルイスは私の手を引っ張って歩く。まさか、連れ出そうとするとは。予想外すぎる。
「レオナルド様、待ってください」
悲鳴なんて可愛いものではなく、殺気を多数向けられてしまい、少しでも状況を打破するために叫んだ。
しかし、一向に止まってくれる気配はない。お母様に助けを求めようとしたが、メイドが何故かお母様に全力で頭を下げていて、お母様は慰めてて大変そうだ。
こうなれば、無理矢理にでもほどくしかない! そう思って、魔術で身体強化をしようとしたのだが──。
「なん……で……」
自身の魔力を感知できない。どういうこと? 修行をはじめてから一度でもそんなことなかったのに。魔力がなくなった?
「魔術は無理だよ」
「どういうこと……ですか?」
それからは、何度話しかけても返事はなく無言のままである。ずっと手を引っ張られて、お茶会の庭園は遠くなるばかり。私の苛立ちは増していく。
「レオナルド様!」
無視をされても、何度でも呼び掛ける。
「レオナルド様、止まってください!」
何度も、何度も言っているうちに、蓄積された苛立ちは最高潮へ──。
「いい加減にして! 止まれって言ってるでしょ!!」
そう叫んだ瞬間、バチンッとレオナルドの腕が光り、金細工の装飾が落ちた。それと同時に魔力が流れる感覚が戻ってきた。