壊れにくいって、本当に?
お茶会は3週間後。参加が決まれば私を待っていたのは魔力制御訓練と新しいドレス作りだった。
礼儀作法は既に完璧なので、直前に確認をするだけだ。お茶会までは他のお稽古もお休み。ひたすら魔力の制御と、それができれば魔術の特訓である。
魔力制御を身につけるために、私の手には透明な立方体が握られている。何でも、魔力制御訓練用の特別な魔道具でちょっとやそっとの魔力では壊れないんだそう。
この立方体の中を私の魔力で満たして、均等な虹色にする。それが今回のミッションだ。
「いいですか。よく見るんですぞ」
そう言って、立方体の中に七色の色を重ねてセバスは見せてくれた。
「では、まずは坊っちゃんから。これは復習なので、できないとは言わせませんぞ」
「分かってるよ」
ぷくりと可愛らしく頬を膨らませた後、ノアはいとも簡単に立方体を七色へと染めた。
……へぇ、思ったよりも簡単なのかな? 良かった。
「では、次はお嬢様の番ですな。コツは少しずつ魔力を流すことですぞ」
「はい!」
少しずつ、少しずつ。というか、魔力ってどうやって流すの? 入れーって念じればいいのかな? 行け行け行け行けー! 入れー!!
「…………」
残念ながら私の願いは届かず、立方体は何の変化もない。つまり、願うだけではどうにもならないらしい。うん、一つ学んだね。賢くなった。
「セバス、魔力の流れって──」
「師匠」
「へっ?」
「修行の間は師匠と呼んでくだされ。何事もメリハリが大事ですぞ!」
……呼び方でメリハリがでるもの? まぁ、人生の先輩がそう言うのだから、そうなのかもしれないなぁ。
「師匠、魔力の流れってどうすれば分かるんですか?」
「ふむ。お嬢様は魔力はどうやって体の中を流れているのかご存知ですかな?」
「血が流れるみたいに、心臓の辺りからぐるぐると体を巡っていると習いました」
魔法学で教わったことを答えれば、セバスは満足気に頷いた。
「では、お嬢様。自分の胸の辺りに集中してくだされ。何かが溢れるような温かいものは感じませぬか?」
目を瞑って、心臓の近くに意識を集中させる。すると、ホワッと温かい何かを感じた。
「あっ!」
一度気が付けば、それは頭のてっぺんから指の先まで流れているのが不思議なくらいよく分かった。
「それを立方体の中に適量を入れるんですぞ。多くても少なくてもなりません」
セバスの説明を聞きながら、ゆっくりゆっくり流していく。
「入ったかな?」
もう入らないだろう。そう思って魔力を流すのを止めた途端──。
ピシッ、ピシピシピシピシッ! 立方体にヒビが入っていく。
「えっ!? ええぇぇぇ!!」
慌てて止めようにも、止め方なんて分からない。ヒビは無情にも広がるばかりだ。そして、パンっ! という音と共に一瞬強く光ったあと、立方体だったものは砂のようにサラサラと指の間から滑り落ちた。
嘘でしょ! ちょっとやそっとじゃ壊れないんじゃなかったの!?
わざとじゃない。わざとじゃないけれど、跡形もなくなってしまった。
「ごめんなさい」
謝るしかないだろう。例え故意でなくとも壊してしまったのだから。
そんな私をセバスはじっと見つめ、眉間をぐりぐりと親指で押した。それは、セバスの考えるときの癖なので、静かに答えが出るのを待った。
「メモル、立方体をあるだけかき集めてくるように。ミモルは魔道具師のところにいって最強強度で立方体を可能な限り作成するよう伝えなさい」
「「畏まりました」」
セバスの指示に従い、二人は急いで動き出す。そして、セバスは私の方に向き直った。
「お嬢様の魔力が多過ぎたのが原因ですな。入るだけ入れようとすると破裂しますので、気持ち少な目になされるとよいかと」
「坊っちゃんは私と一緒に立方体の強度を魔術で上げていきますぞ。これではいくつあっても足らなくなりますからな」
まだ1つなのにそんなにクラッシャーみたいに言わなくても……。恨みがましくセバスを見たが、その視線は流され、新しい立方体を渡される。
「いいですか。少な目に少しずつですぞ」
「分かってるわよ」
今度は成功させるんだから! さっきよりもゆっくり少しずつ魔力で中を満たす。だが、再び立方体は強く光ったあと、粉々になってしまった。
私がどうにか立方体を壊さずに魔力を込められるようになったのは夕方だった。
セバスも最初は魔力量が多いと繊細な作業は難しいのだと励ましてくれたが、途中からはほとんど口を開かなくなった。
立方体の強度を上げるために魔力を使いすぎたことで、魔力欠乏による目眩が出てしまったのだ。
目眩に耐えながらも頑張ろうとしてくれるセバスをノアと全力で止めて、ノアが強度を上げてくれた立方体でひたすら練習を重ねる。
セバスは「私としたことが……」「これが老い……」と呟いていたけど、私のせいでしかなくて申し訳なさすぎる。
あとで、肩たたきをしよう。これくらいしか恩返しできないもん。
そして、破壊してしまった立方体が80個を越えた頃、やっと適量の魔力を込めるのに成功したのだった。




