痛いまま レオナルドside
王子ずっと泣いてんじゃん。
そう話す、目の前の恋敵を見る。
ジン・フォクス。特筆するのは黒髪、黒目という変わった色彩のみで、特別な何かを持つわけでもない凡庸な子爵家の子息だ。
「何を言っているの?」
僕が泣いている? そんな馬鹿な。
「意味もわからず、好きな女の子が婚約者候補の筆頭からいなくなった。そのあとは連絡も取れなくなって、会うこともできない。傷つかない方がおかしいだろ」
淡々と続く言葉に、じくりと胸が痛む。
なぜ、今になってそんなことを言われなければならない。もう過ぎたことだ。
ジン・フォクスに何がわかる。アリアの隣に何の苦労もなくいられたくせに。
「心の傷はいつか自然と治ることもある。だけど、吐き出さなければ膿み続けることもあるんだ」
過去の痛みを、会ったばかりの、何の取り柄もない恋敵に暴かれる。こんな屈辱ってない。
そもそも、こいつさえいなければ、こんな気持ちになどならなかった。アリアが弟や家族と笑い合っているだけならば……。
「言いたいことは、それだけか?」
「うーん。まぁ、他にもいろいろとあるにはあるけど、とにかくアリアときちんと話し合うべきだ。もちろん2人きりじゃなく、ノアかカトレア様に同席してもらって」
「貴様に指図される謂れはない。私とアリアのことに口出しをするな」
私が言い返せば、怒ることも怯むこともなく、変わらない表情で謝られた。
「そうだな。悪かった。でしゃばり過ぎた」
そんなに簡単に謝罪をされてしまっては、こちらの方がばつが悪い。
「だけどさ。王子って、さっき自分のこと僕って言ってた自覚ないだろ。口調も幼くなってたし」
「……は?」
何を言っているんだ?
「早くなんとかした方がいい。俺には言われたくないだろうけど」
「……出ていってくれ」
もう話したくなかった。一人になりたかった。これ以上、感情を揺さぶられたくなどない。
だけど、これだけは言わなくては。
「ジン・フォクス。私はアリアを諦めない。どんな手を使ってでも、私のものにする。必ずだ」
そうだ。アリアが欲しい。あのキラキラと光る笑顔を隣で見るんだ。
強くて、優しい、可愛いアリア。彼女さえいれば、何もいらないはずなんだ。
「そうはさせない。姉さんのことはスコルピウスが守るよ。殿下、スコルピウスを敵に回す意味を考えた方がいい。国が滅ぶよ?」
アリアの弟に睨まれたが、何も怖くなどない。敵意を向けられることなど慣れている。だが、ジン・フォクスの見透かしたような瞳が私を苛立たせる。
「王子はアリアの何を見ているんだ? 最近は知らなくても、昔は知ってるんだろ?」
「何が言いたい」
「どうして、好きな子が悲しむかもしれないことができる。それって、本当に好きだって言えるのか?」
「好きだから手に入れたいんだろ」
「手に入れて、どうする? 悲しむ彼女を閉じ込めるのか?」
そんなことは言ってない。私の手で幸せにするんだ。私がいなければ何もできないほどに、私だけを見てくれるように……。
「悲しくなんてないさ。アリアも私だけを見ればいいんだ。そうしたら、幸せになれる」
なんで、そんな目で私を見る。そうでなければ、いけないんだ。そうだよね?
自分でもこんなに執着するなんて異様だって、わかってるんだ。
だけど、アリアが変えてしまったんだ。僕の人生を。
地獄だったさ。会えない相手を想い続け、少しでも何か知りたくて、リカルドからの話を待ち望む日々は。惨め以外のなにものでもなかった。
嫌いになれたら良かった。他の令嬢を好きになれたら良かった。
それなのに、お茶会での思い出だけが僕のなかで宝物みたいに輝き続けた。
アリアがいなければ、幸せにはなれない。そうしないと、僕は救われない。そう思った。
だって、ずっと痛いままなんだ。
キミが僕を傷つけたんだから、キミが救ってくれないと。
そうしないと、大好きなキミを憎んでしまいそうなんだよ。こんなにキラキラと光っているのに。大好きなのに。憎みたくなんかないのに。
はじめての感情だったんだ。
誰かにこんなにも興味を惹かれるのも、焦がれるのも。
この気持ちを一緒に育てたいと願うのは、罪なのだろうか。
ねぇ、アリア。僕の何がいけなかったの?
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
レオナルドの心の揺らぎを書いたつもりでしたが、うまく伝わりましたでしょうか?
私と僕の書き分けはわざとです!




