すべてを捨ててもいい
私はレオナルドを引っ張って、客室へと向かった。ここでレオナルドには1週間、過ごしてもらうことになる。
「ここが殿下のお部屋になります」
スコルピウス家の客室の中でも1番豪華なお部屋だ。室内は、ダークブラウンとワインレッドを基調としたシックな雰囲気になっている。
お父様は屋根裏でも十分過ぎると言っていたけど、そういうわけにはいかない。お母様がメイドさんたちに指示を出してきちんと準備をしていた。
「それで、どういうおつもりなんですか?」
「どうとは?」
引っ張っていた手を離し、冷たい視線を向ける。だが、レオナルドは相も変わらず楽しそうな笑みを浮かべたままだ。肩だって、痛いはずなのに。
「どうして魔道具を使ったんですか? 捕まえる用の魔道具って、罪人を捕まえるものと魔物や動物用しかありませんよね? 魔道具が壊れるのが想定内だったとしても、許される行為じゃない」
「そうでもしなきゃ、アリアの手も握れないでしょ?」
はい? 何を言ってるんだ? 私の手を握るためだけに、捕らえる用途の魔道具を使ったってこと?
「……そんなことのために?」
頭がおかしいんじゃないだろうか。
ほしきみ☆のレオナルドは、THE正統派王子様って感じだったのに、目の前にいるレオナルドは何かがおかしい。
「そんなことなんかじゃないよ。私にとっては大事なことだから」
そう言いながらレオナルドは、私の方へと一歩近付いた。
「アリアが王妃になるのがイヤなら、王家から除籍されてもいい。本気なんだ」
その言葉に、思わず後退る。
もし、私がレオナルドのことが好きなら、感動的なシーンだったと思う。
だけど、そんなこと言われても困る。私が王妃になるのがイヤなら王家から除籍されてもいいって、両思いのときに使うべきセリフだよね。それを元婚約者候補に言うとか、普通にこわい。
それに、仮に受け入れたとして、いや絶対にあり得ないんだけども。
本当に万が一、いや億が一……、兆が一? 受け入れちゃったら、後々お前のためにこんなにやってやった感を出してきそうな言い方だよ……。
ないわー。もともとレオナルドに恋愛感情なんかなかったけど、ないわー。友だちだったら、全力で止めるレベルだよ。
うん。心に決めた人がいるって、きちんと伝えよう。
それで、話し終わったら肩も治さないとね。王族に怪我をさせてしまった罪にでも問われたら面倒だから。なるべく穏便に、私が大人になるべきだ。実際、前世も合わせれば、私の方が大人なわけだし。
そう心に決めて口を開こうとすると、私を守るみたいにジンとノアが私の前に立つ。
「本気なんだじゃねーよ」
「そうそう。自分の気持ちを押し付けてるだけじゃん」
え? なんで? なんでジンもノアもそんなに好戦的なの? 穏便にサクッと解決しようよ。
守ってくれようとする気持ちは嬉しいけどさぁ。
「何を言ってるのかな? 自分の気持ちを伝えなきゃ何も始まらないと思うけど。それに、9年だ。9年も会えなかった。このままではアリアじゃない令嬢が婚約者候補筆頭にされてしまう。私には猶予がないんだ。手段なんか選んでいられない」
そう言うと、レオナルドは私の方を見た。
「アリア、好きだよ。貴女とともに生きられるなら、すべてを捨ててもいい」
弟と好きな人の前で告白をされてしまった。人目なんか気にしないってこと? 本当になりふり構わないんだ。
でも、こういう態度を取ってくれて良かったかも。はっきりと断れるから。
レオナルドを好きになることはないのだから、ここできっちりお断りをして、他の人に目を向けてもらいたい。
「ごめんなさい。殿下とともに歩むことは私にはできません。それに、私には心に決めた人がいるんです」
「そっか。それが今のアリアの返事なんだね」
「はい?」
今の私の返事などどうでも良さそうな軽い口調でレオナルドは言い、唇は弧を描いている。私今、断ったよね?
「今、この場でどうにかなるなんて思っていないさ。大切なのは、これから……だ……」
そう言いながら、レオナルドの体はぐらりと傾いた。
「殿下!?」
確かに顔色は悪かったけど、ここまで我慢してたの?
「ノア、回復を!」
「え!? 嫌だよ!!」
「ノア? 回復と治療できるよね?」
私もできるけど、なるべくレオナルドの前で魔術を使わないようにお父様からもお母様からも言われている。
しぶしぶレオナルドに魔術をかけたノアは、身体強化をすると乱暴にレオナルドをベッドに投げた。
「ノア!!」
私の叱責なんて気にもせず、ノアは怖い顔をしている。
「これでも私は王子なんだけどな」
レオナルドは苦笑いを浮かべながらも、ノアに治療の礼を言った。
「殿下、もう2度と私相手に魔道具を使用しないでください。今回は運良く骨折で済みましたけど、腕がなくなっててもおかしくなかったんですからね」
「心配してくれるのかい?」
「そうなると、色々と厄介なだけですよ」
こんな態度を取られてるのにも関わらず、レオナルドからの視線は熱い。どろどろと濁ったものが含まれていそうな瞳で私を見てくる。
「腕がなくなってても、良かったかもね。そうしたら、ずっと私といてくれただろう?」