レオナルドがやってきた!
部屋の中が静かなことに気がついて顔をあげる。すると、耳が赤く染まっているのにも関わらず、ジンは複雑な顔をしている。
「ジン?」
不思議に思って視線をたどると、般若のような顔でジンを睨み付けるお父様が。その隣ではお母様が嬉しそうに笑っている。
ノアは休憩モードに入っていて、ハーブティーを飲みながら、クッキーをつまんでいる。
すごい。同じ空間に集まっているのに、こんなにばらばらな表情をしているなんて……。
そんなことに気をとられていると、ジンが心配そうに再び私へ視線を向けた。
「大丈夫か?」
「あ、うん! 大丈夫だよ!!」
言えない! しょうもないことに感心していたなんて。
「アリアちゃん、大丈夫だからね。天下のスコルピウス家よ。アリアちゃんが困るようなことにはならないわ」
「王家の嫁には絶対に出さないから安心しなさい」
「何かあったら、魔術でどうにかするから大丈夫だよ。心配しないで、姉さん」
「……ありがとう」
違う、そうじゃない。不安がなくなったわけじゃないけど、今思ってたことは違うんだよ。
いたたまれな過ぎて、どうしたらいいのか分からない。
だけど、不安は消えた。私一人じゃ難しくても、家族がいる。仲間がいる。好きな人がいる。
それって、とっても最強だ!
そして3日後に本当にレオナルドはやって来た。
「久しぶりだね、アリア」
9年ぶりに会うレオナルドは乙女ゲーム『ほしきみ☆』で画面越しに見ていた姿だった。そのことが、私をまた不安にさせる。
「お久しぶりです。レオナルド殿下」
「そんな他人行儀で呼ばないで。ずっとアリアに会いたかったんだ」
熱のこもった視線を避けるように目をそらすと、ジンがレオナルドの視線から私を隠すように立った。
「レオナルド第1王子、私にもご挨拶をする栄誉を与えてくださいませんか?」
王族に自分から声をかけることが常識はずれだとジンも知っているはずなのに……。
そんなジンを止めずに、お父様もお母様もノアも様子を見ている。……というか、面白がってる?
「もちろんだよ」
レオナルドは笑顔だ。ジンも笑顔だ。だけど、その笑顔は意図的に作られたもの。
「ありがとうございます。フォクス子爵家の四男、ジンと申します」
「スコルピウス家と協力して米の栽培に尽くしてくれたこと、感謝するよ。それで、アリアとはどんな関係なのかな?」
少しだけ声のトーンが下がったレオナルドの質問に、ジンは私の手を取ると口角をあげた。
「かなり親しい仲……とだけ、お答えしておきます」
含みのある言い方をするジンに見惚れてしまう。今がそんな場合じゃないのは分かっている。
でも、かっこいい……。
「ふーん? それも今だけかもね? アリア、私は諦めていないよ。私の王妃になる女性はあなたしかいないと昔と変わらず、思っているんだ」
「お断りします!」
脊髄反射で答えていた。社交的に言えばアウトだろう。
だけど、ほしきみ☆での「私の王妃になる女性はあなたしかいない、高等部を卒業したら婚約しよう」というレオナルドの台詞が私にそうさせたのだ。
それなのに、レオナルドは気にした様子が一切ない。
「うん。今はそれでいいよ。9年間、一度も会えなかったんだ。今は顔が見られた。それで満足だよ」
そう言って笑うレオナルド。
あれ? 物理的に撃退できない強敵の予感がするんだけど……。
視察はおよそ1週間。たかが1週間。されど1週間。
ノアの破滅の原因になるかもしれないレオナルドとの関係、一切前進させないと心に誓う。
それに、私にはすっ好きな人がいるんだから。
1番良いのは、とにかく関わらないことだ。
屋敷や領内の案内は私を除く家族がやってくれるし、商業的なことに関してもお父様やジンのお父さんのケンシさんがしてくれる。
大丈夫だ。問題はない。
「それじゃあ早速だけど、案内してくれるかな」
おや? 私の目を見てる。これは、私に案内してくれるよね? という圧力か?
「畏まりました。ノア、殿下を案内してあげ──」
「弟君じゃなくて、アリアにお願いしたいな」
姿勢を屈めて私の下からのぞき込むようにレオナルドが言う。
これは、お願いという名の強制ではなかろうか……。だがしかし! ここは、気が付かないふりをさせて頂きます。
「殿下、私のことはスコルピウス嬢とお呼びくださいませ。それと、案内は次期領主の弟がさせて頂きますわ。殿下と弟は交流が今までありませんでしたから、この機会に是非深めてくださいませ」
これが、地獄の令嬢特訓の成果だ! 見事に案内役、回避だぜ!!