やれるけど、持続しない
普通の貴族令嬢は、走らず、騒がず、大きな声を出したり、大口を開けて笑わない。
穏やかに微笑み、気品があると更に良い。
頭では分かっている。礼儀作法の時間など、短時間ならできる。だけどそれが四六時中ともなれば、話は別なのだ。
「あぁぁ……思いっきり走りたい」
「姉さん、言葉遣いで減点。1時間追加ね」
普通の令嬢として過ごすことになって3日目。あまりにも私がミスをするので、3回令嬢らしからぬことをしたら1時間追加が決定してしまった。
そして、着々と増えていくペナルティ。このままでは、一生終わらないんじゃないかと思ってしまう。
「ノア、私は悲しいわ」
「仕方ないよ。母さんも言ってたでしょ? やれるけどやらないと、できないからやれないじゃ全然違うって」
「理解はしてるのよ。振る舞いは時として武器になるってことも」
「姉さんの場合、やれるけど持続しないんだもんね」
「そうなの。私、学園でずっとこうしてないといけないのかしら……」
考えただけでも憂鬱だ。今だって、自分の言葉遣いに対しての違和感がすごい。
ストレスが溜まる未来しか想像できない。
「それは大丈夫じゃないか?」
ぽんっ、と私の頭に優しい手が乗る。そのまま何度か髪を優しくなでると、私よりも大きな手が離れていった。
その手が名残惜しくて、思わず視線で追ってしまえば、ジンがもう一度だけなでてくれる。
「立ち振る舞いは完璧なんだろ? だったら、授業中は普通にしているだけでクリアできる」
「ランチも食堂じゃなくて個室を使えばいいんじゃないかな? 学生の間は身分の垣根を越えて……なんて言ってるけど、実際は王族と12の筆頭貴族は専用の個室っていう特権があるわけだし」
学園としても、王族と12星座の名を持つ貴族の権力を無視することはできなかったのだろう。
使うか使わないかは別として、12星座の貴族は家紋ごとの個室が学園内にある。例え長い年月使うことがなくても、個々の部屋には王族であろうと勝手に入ることは許されない。
その部屋を使えば、他者との関わりは最低限にできる。できるんだけど……。
「だけど、そうしたらフォクスの文化を広められないわ」
「そんなことないよ。必要最低限しか姿を現さないスコルピウス家の令嬢のお気に入りってだけで価値があるんだから」
「私、そんなに大層のものじゃないわよ? それに、折角の学園生活ですもの。お友だちを作りたいわ」
この口調も疲れてきた。もう、話したくない。これ以上話したらそろそろボロが出そうだ。
既に18時間の追加が決定している。こうなったら、お母様直伝のあれを使うしかない。
「姉さん、それこそ慎重に見極めないとだよ。スコルピウスと親しくなるように親に言われてるから近づいて来るならマシな部類なんだよ? 甘い密を吸えるだけ吸おうと寄ってくるクズが山ほどいるんだからね」
ノアは、眉間にシワを寄せて言う。まるで嫌なことを思い出すかのように。
ノアはお父様に連れられて、後継者教育の一貫で年に何回か王都に行っているから、そこで何かあったのだろうか。
貴族令嬢として振る舞うことに限界を感じた私は、お母様直伝の技を使うために扇子を開くと、口元を隠した。なんと、こうすることでいくらか表情が崩れても目元さえ細めていれば、相手は自分の良いように取ってくれるらしい。
最初、これをお母様から聞いた時は信じられなかったけれど、取り入りたくて近づいて来た自分勝手な人ほどこの対応がベストだと力説されてしまった。
過去に色々とあったのだろう。「あの人たちは、自分が話すのに夢中でこっちの気持ちなんか考えていないから、まともに相手にするだけ時間の無駄よ」と珍しく吐き捨てるように言っていた。
そして、敏い人はその動作1つでこっちがもう話したくないのだと気が付くとも。そういう優秀な人とは気が合いそうなら仲良くした方がいいらしい。
この技をノア相手に使う必要はもちろんない。だけど、これも練習の一貫となっていたりする。
私が扇子を開く意味、それはSOS。もうそろそろ限界、助けて! の意味を持つ。
扇子で口元を隠すことで、こちらから相手への情報量を減らしつつ、仲間に助けを求めるという作戦なのだ。
とは言っても、今は助けを必要とする場面ではない。ただ単に限界だと告げているだけ。
「そろそろ、お茶にしよう。今日はミルフィーユだってさ」
そう告げるノアに心の中で感謝をして、小さく頷く。この時の私は気付いていなかったのだ。
ミルフィーユをナイフとフォークで食べることは、難易度がものすごく高いために疲れるということを。
「ミルフィーユ、楽しみね」
ノアにそう言えば、微妙な表情をされた理由を知るのはこのあとすぐだった。
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