15歳になりました
お米をスコルピウスでも育てよう! と計画してから4年の月日が流れ、私は15歳。ノアは13歳になった。
あと1年で、『ほしきみ☆』の舞台である学園に入学しなくてはならない。16歳は、前世で私がうっかり死んでしまった年齢でもあるため、何となく嫌なことが起こるのではないか……と悪い方に考えてしまう。
「姉さん、どうしたの?」
今ではほとんど身長差はなく、かろうじて私よりもほんの少し低い位置でノアが首を傾げている。大きくなったけれど幼い頃を思い出す、ちょっと上目使いの天使の視線だ。
「ノア、大好きだよー!」
何の脈絡もなく抱きついても、ノアは笑いながら「知ってるよ」と受け止めてくれる。
「今日の試食はおはぎだってジンが言ってたよ」
「おはぎ? ヤッター! 飲み物は緑茶だよね?」
「それは、当然じゃない?」
「だよね!!」
おはぎにテンションが上がった私は、不安を全て投げ飛ばして食堂までダッシュする。最近は、お米を使ったお菓子を色々と試食しているのだ。
遊びじゃなく、今後の和スイーツ展開のためだ。
「今日、おはぎなんだってーーーっっ!!」
バーンッと食堂のドアを押し開けながら叫ぶと、扇子が飛んできたので難なくキャッチする。
「お母様、どうぞ」
扇子をお母様に渡すために近づけば、お母様の目が笑っていない。口元は弧を描いているのに。
おはぎにテンションが上がりすぎていたのが敗因だろう。食堂にお母様の気配がないことを確認してから、ドアを開けるべきだった。
「アリアちゃん?」
「はい……」
「やり直しね」
「え?」
「え? じゃないわ。部屋に入るところからやり直しよ。来年には学園に通うのだから、貴族の令嬢らしく振る舞えないといけないわ」
お母様はそう言うけど、別にそんな必要ないんじゃないかと思うんだよね。
「まさか、ただ3年間通うだけのつもりじゃないわよね? アリアちゃん、あなたは広告塔なのよ」
「広告塔?」
「そうよ。スコルピウスとフォクスで立ち上げた事業の広告塔よ。学園は小さな社交界。そこでアリアちゃんがお米や着物といったフォクスの素晴らしい文化を流行らせるのよ」
うん。それは大事だよね。ちゃんとフォクスの文化の宣伝しないと。学園が終わればまたスコルピウスに帰るつもりだし、宣伝期間は3年しかないんだから。
でも……。
「流行らせるのと、私が貴族らしくすることに関係ってあるの?」
私の質問にお母様は扇子を開くと、優雅に扇いだ。扇子に描かれている藤が美しい。
「しゅいちゃん、ちょっとこの扇子を使ってみてくれるかしら? 私と同じように自身のことを扇いでくれる?」
「……別にいいけど」
お母様から扇子を受けとると、しゅいちゃんはパタパタと扇ぐ。
「ねぇ、アリアちゃん。私としゅいちゃんが同じものを使ったのを見てもらったけれど、どちらがよりこの扇子を欲しいと思わせることができるかしら?」
「……お母様です」
ごめん、しゅいちゃん。心の中で詫びておく。
同じものを使ったはずなのに、優雅さが違った。確かにしゅいちゃんは可愛いけれど、同じものを欲しいかと言われると……ね。
「そういうことよ。所作の美しさが商品をより美しく見せ、魅力的に人の目に映るわ。相手は貴族よ。優雅で美しいものを好む傾向があるの。誰もが憧れる人物が使っているもの、欲しくなると思わない?」
確かに。前世で人気の芸能人が私物をSNSでアップすると、そのものが即完売になるとか聞いたことある。
「アリアちゃん。貴族の子息や令嬢が憧れる対象になるのよ。そのために、礼儀作法や所作は大事よね?」
「……はい」
私はとぼとぼと扉に向かう。その後ろには、同じく落ち込んだ様子のしゅいちゃんもいる。
「背中を丸めて歩かない。背筋は伸ばして、優雅に美しく」
どうやらもう既に始まっているらしい。
「ねぇ、しゅいちゃんはやらなくてもいいんだよ?」
「イヤよ。女として負けっぱなしなんて」
しゅいちゃんの目には闘志がみなぎっている。
「ついでにジンくんもチェックしてあげるわ。デニスに散々しごかれていたから大丈夫だと思うけれど、一応ね」
こうして、おはぎの試食前に礼儀作法や所作の勉強会が始まった。……早くおはぎが食べたい。
お母様は、学園でまずフォクスの文化を流行らせ、そのまま社交界でも流行させるつもりです。
それが一番最短で受け入れられるので。
礼儀作法や所作のことを言うのも、アリアが学園で嫌な思いをしないように……という親心も多分にあります。