乙女なしゅいちゃん
食堂の扉をメイドが開けてくれて中にはいれば「遅い」と不機嫌そうなリカルド様の声が飛んできた。
「お待たせしてすみません」
「いっっ!!!!」
私が謝ったのと同時に、リカルド様は悲痛の叫びをあげて足を押さえた。
「リカルド、姉さんにそんな口を利いて良いと思ってるの?」
「ごめ……」
最初は慌てたが、リカルド様とノアのこのやり取りはいつものこと。仲が良いのはわかるけど、リカルド様は王族なんだよね。普通に不敬だと思う。
リカルド様がノアと今のままでいたいみたいだから口は挟まないけど。
『ねぇ、オロチって褐色の肌の方よね?』
「そうだよ」
私の後ろに隠れてしゅいちゃんが小声で話す。本人は隠れてるつもりだろうけど、みんなからはバッチリ見えてるんだよね。
リカルド様ったら、足を押さえたままこっちを見て固まってるくらいだし。
『どうしよう、アリア』
「何が?」
『オロチ様がかっこよすぎて、あっち見れない……』
白い肌を真っ赤に染めて、もじもじするしゅいちゃん。元リーダーが好きだった時と何かが違う。
一目惚れだからかな?
『しゅいさん、前と全然違うです。攻め攻めだったのに……』
「だよねぇ」
ほんのちょっとしか元リーダーに恋してたしゅいちゃんを知らないけど、恥じらいなんかなかった。
攻めて攻めて攻めまくる! しゅいちゃんって、そういう恋の仕方かと思ってたんだけど。
『そこの女子もアリアの眷属だよな。……弱すぎやしないか?』
「はい?」
『アリアの魔力をもらって、それじゃろ? よく今まで生きてこられたな。仲間で行動する魔物だからか?』
な、なんて失礼な! 初対面の相手にかける言葉とは思えない。恋する乙女のしゅいちゃんは、きっとショックを受け──。
『どうしよう……。心配されちゃった』
「『えっ!?」』
私とべにちゃんの声が重なる。どうやら思ったことは同じだったらしい。
「心配してた?」
『してなかったと思うです』
「だよねぇ」
しゅいちゃんの目と耳には恋愛フィルターがついちゃってるみたい。今の言い方で心配してもらえたと思えるなんて……。
しゅいちゃんからオロチに向かってハートが乱舞してる幻覚まで見える。
『われはオロチ。アリアの1番最初の眷属であり、元は神だ』
『あたしは、しゅいです。元が神様なんて、すごいです!』
『うむ。素直ないい子じゃな』
オロチは満足気に頷いてるけど、しゅいちゃんの違和感がすごい。誰? ってレベルで別人だ。
『あの……。オロチ様のおっしゃる通り、あたしは弱いんです。どうやったら、強くなれますか?』
『知らん』
『……へっ?』
『われは生まれたて時から強かった。だから、強くなり方など知らぬ』
おいこら、オロチ。それはないでしょ。しゅいちゃんがアプローチしてるのを邪魔しちゃ悪いと思って黙ってたけど、口出ししよう。
「ちょっと、オロチ……」
「そんな言い方することないんじゃねーの?」
またもやリカルド様と口を開くタイミングが被ってしまった。
『なんじゃ、子童。われは事実を申しただけ。何を怒っている。それに、まだ続きがある』
「続き?」
『しゅいは、戦闘には向かん。戦闘力は乏しいが、変わりに人化や治癒といった戦闘には直接関係ないものが得意とみた。強くなるのではなく、得意を伸ばすべきだと思うが?』
チロリと先割れの舌を覗かせて、オロチはニヤリと笑って言った。