6.マンションにて(3)
さて、よくわからないまま始まってしまった歓迎会ではあったが、俺の心は早くも限界を迎えていた。
「ぎゃああああああ」
「お、おい落ち着けって!!」
歓迎会にて始まった映画観賞会なのだが、なぜかホラー映画を見ることになってしまった。ちなみに提案したのは今俺の横で絶叫している理香だ。こいつ、どうやら「ホラー映画とか余裕だし」なんていう漫画のような自爆の仕方をしてしまったようだ。
「お前ホラー映画は余裕なんじゃねえのかよ!!!あっ、ちょ、お前どこ触ってんの??一回俺から離れろよ!!」
「だ、だってえええええ!!!」
理香は完全に取り乱してしまっているようだ。なんなら泣いている。あの、花音さん…笑ってないで助けて…
右には絶叫する理香、左には爆笑する花音というカオスな状況になってる。一方他の三人はまるで街中で可愛い子供を見たときのご老人のような目でこちらを見守っている。助けて…。
それからしばらくして
「うぅ…ぐすん…」
「お前、そんなしょうもないことで見栄を張ろうとするなよ…」
「うぅ…だってえ…花音がぁ…」
「あっはは、ごめんって。でも面白かったよ?」
そう、元はと言えば花音が「もしかして、理香ちゃん怖いのとか無理なの?」などと若干理香を焚き付けるような言い方をしたのが原因だ。まぁ言った本人はこうなることを予想していたようだが。
「涙出るほど面白かったんか…かわいそうだからやめてやれ…」
「まぁほどほどにしとくよ」
花音は涙をぬぐいながら言う。
まぁこの映画を見ている間に横二人とはかなり親交が深まったのは間違いない。花音とは話していると同年代というのが感じ取れたし色々と話も弾んだ。右はずっと絶叫してたので完全に年下のお世話感覚だったが。
「それじゃ、そっちは結構仲良くなったようだし交代しようか~」
と、凜さんが言った。交代、ということはやはり俺と親交を深められるように色々と考えてくれていたようだ。
席替えの結果俺の右に凜さん、左に怜さんという風になった。この二人は他の三人と比べると大人びた感じがすごいので呼び捨てにする勇気がない。正直下の名前で呼ぶのにも抵抗がある。怜さんに関しては高貴なオーラが溢れ出てる。
あと、さっきもだが距離が近い…両側からぎっしり詰められてる。
「そういえば、伝え忘れてたけど私たちの曲、ありがとうね」
と、凜さんに言われた。
「いえ、あれも一ついい経験になりました。」
「あっ、また敬語になってる!敬語は…嫌だな」
そう言って凜さんはこちらに顔を近づけてくる。ただでさえ近いのにそんな体制だと…って、見えてる!!見えてるって!!
凜はだぼっとした部屋着を着ていたので前かがみになったときに胸元が見えてしまっていた。距離が近いのも相まって破壊力は抜群であった。
「わ、わかった…から、その…」
「うーん?………あぁ」
俺の反応を見て凜さんはニヤァとこれまた悪そうな笑みを浮かべた。とても嫌な予感がしてます。
「へぇ…颯君、こういうの好きなんだ~」
「…こういうの、とは…?」
語尾に(汗)がつきそうなくらいには焦ってた。
一方凜はこれまた面白いネタを見つけたと言わんばかりの様子で
「ふふ、いいんだよ~とぼけなくても」
「え、ええ…」
これは本当に不味いやつだ。アイドル様から変態だなんて思われたら立ち直れる自信がない。だって仕方ないじゃないですか!?普通の男子の反応をしたと思いますよ?僕は。
だが、俺の焦る様子を見かねたのか怜さんが
「…凜、からかいすぎは…よくない」
と助けてくれた。神さま女神さま怜さま…
「あらあら、やりすぎちゃったかしら…」
「勘弁してください…」
「ああ!そういえば、今日は怜ちゃんがメインだったね!」
「え?」
凜がよく分からないことを言い出す。メインとは…?
「…君のことは昔から知ってる。詩乃に勧められてからずっと君のファン。だから、私たちの曲をこれからも君に作ってもらえるのはすごく嬉しいの。ありがとうね」
「あ、ああ。俺からしても悪い話じゃなかったから。」
「それで、いつもどんな風に曲を作ってるのか聞いてみたかったの」
「そんな大層なことはしてないよ。ふと日常の中で思ったことや得たことを詩にして、そこに音を乗せるだけだよ」
「それができるのがすごい。それに、まるで人間のように歌わせることができるのも君の技術でしょ?」
「ああ、まあな。あれは慣れるまで流石に苦労したよ。」
俺が使ってる音声ソフトは、収録されている声に音程などを指定して出力するもので、うまく歌わせるにはかなりの技術が必要となる。俺も慣れるまでかなりの時間をかけた記憶がある。
ちなみに、収録されている声には名前が付いていて『透音 ネイ』と呼ばれている。透き通るような音色という意味が込められているらしい。キャラクター絵なども公式から発表されていて、今では世界中にファンがいる有名なインターネットアイドルのような存在になっている。
「てか、皆はいつ知り合ったんだ?」
「…私と詩乃は幼馴染。ほかの三人は山井さんにスカウトされたときに初めて会った。」
「へぇ、姉妹っていう設定だったからそういう出会い方なのは意外だな。」
5人の芸名の名字が「早瀬」で統一されているのは、彼女たちが姉妹だという設定で活動をしているからである。
「それは山井さんが決めたんだよ~。なんか勝手に私が長女って設定にされちゃって」
と右から凜が言う。伸也…お前そういう趣味だったのか?
それはともかく、凜が長女というのは解釈一致である。
「私、そんなにお姉さんっぽいかな?」
「なんていうか、すごい年上感がある…」
「…うん。凜は大人っぽい。」
どうやら凜は納得行ってないらしい。無自覚お姉さんキャラか…。
てか、もう6時らしい。まぁ映画も観たりしたから割とこれくらいの時間にはなるのか。
「あら、もうこんな時間」
「楽しい時間はすぐ過ぎてきますからね」
「颯君は楽しんでくれた?」
「ああ、楽しかったよ」
「それはよかった」
ホッとした様子の凜さん。どうやら、いろいろ俺のために考えてくれていたようだ。
「そろそろ夕飯時ね。そういえば、颯君はいつもご飯はどうしてるの?」
「え、自分で作ってるよ?」
そう俺が言った瞬間、周りの時間が止まった。そう、止まったのだ。
「え、颯君料理できるの…?」
静寂を破ったのはしばらくぶりの詩乃だった
「いや、できるけど…そりゃ一人暮らしだし…」
再び謎の静寂が訪れる。
しばらくすると、5人は顔を見合わせ。何かを確認し合うと凜が
「あの、颯君…お願いがあるんだけど…」
「えっ」
「私たちの食事も、作ってくれないかな!!!材料費と人件費は出すわ!」
大体颯太は理解した。
「毎日ですか?」
「うん…できれば…」
「まぁ、いいですよ。」
細かい理由は聞かないでおこう。それが紳士というものだ。
「今日はどうする?」
「今日もお願いしていいかしら!!」
「わかった。なら今から材料を買いに行かないとな。」
これが波乱のお世話生活の始まりだった……
良ければ評価・感想ください!!
活動報告の方でも書いたんですけど1~3月にかけてかなり忙しいので更新ゆっくりになります。