4.マンションにて(1)
結局二人で帰宅することになった俺はがら空きの電車で詩乃と二人っきりということになった。
「みんな面白い人だったね~。高校生活も楽しくなりそう!」
「そうだな、まさか初日からこんなに仲良くなれるとは」
ぶっちゃけると今俺はかなりほっとしてる。自分から他人に話しかけるなんて勇気はまず俺にはないので入学後などはそれなりにコミュ力のあるやつに話しかけてもらえないと俺は友達を作ることすらできないのだ。なんと受動的なのだろうか。
まぁでも、あそこまで話が弾んだのは間違いなく詩乃のおかげである。結果として俺は詩乃のおかげで高校でも無事友達を作ることができた。
「そういえば、颯君って東京は初めてなんですか?」
「いや、なんどか来たことがあるが、土地勘とかは全く。」
「へえ、なら今度私が案内してあげますよ?都内なら私の庭のようなものです!」
おお、都会っ子すげえ。でも、案内って…?まさか二人っきりとかいいませんよね?
「もちろん二人でですよ?」
うーん。なぜそんなにさらっととんでもないことを言えるのだろうか。それを巷でなんていうか知ってます?デートっていうんです。デート。
てかなんでそんなに俺のことからかってくるの…?
「………からかってるわけじゃないんだけどなぁ…。ふふ、反応が面白いからつい」
「それをからかってるって言うのですよ。お姉さん」
「ともかく、いいじゃないですか。せっかく私が東京を案内してあげるって言ってるんですよ?」
「まぁいいんだけどさ、早瀬 愛花だってバレないように少しは変装とかしてくれ。俺の心が持たないから」
結局圧に負ける。正直な話、彼女とどういう風に付き合っていけばいいのか分からない。女性との関りが今までほぼなかったせいで普通の異性との距離感というものが俺には分からないのだ。だから交際しているわけでもない異性と二人で出掛けるということが普通なのかどうかも分からないのだ。もしかしたらこの程度でデートだなどと言ってしまう時点で気持ち悪いオタクの妄想だ…などと思われてしまうかもしれない。
なんて俺は急に冷静になる。流石に女子から気持ち悪いと思われるのは避けたいのでこの手のことは口に出さないようにしよ…
「わかった!今度は色々と工夫してくるね!」
「ああ、頼むよ。」
「それはそうと、この後時間ある?」
「ああ、あるが」
「じゃあさ、メンバーのみんなに会ってくれない?」
ああ、そういえば伸也も今度全員と顔合わせをしてくれと言っていたな。俺としても、彼女たちのイメージに合わせたものを作りたいしリクエストとかもあるだろうから一度挨拶はしておかないと、と思っていたところである。正直緊張するしできれば避けたいが、契約でお金ももらっているので甘えたことは言ってられない。それに時間もまだ昼過ぎだしちょうどいいしな。
「ああ、いいぞ。」
「そう!よかった、みんなにも連絡しておくね。」
「ああ、頼む」
なんて会話をしていたら、そろそろ最寄り駅だ。ユニットのメンバーたちとはどこで会うんだろうか。詩乃に聞いてみるか
「何してるんですか?降りますよ?」
「え、ああ…」
どうやら最寄り駅こと三ヶ谷駅で降りるようだ。うーん、なんか嫌な予感がしてきた。で、大体こういう悪い予感は当たるわけで…
「もう他のメンバーは先にいて待っているらしいですよ」
「あー、まじか。了解」
当たり前のようにここだと案内されたのは俺の住んでいるマンションの部屋の左隣のお部屋、つまり俺でも詩乃のでもない部屋。これが意味するところは…いや、まだワンちゃん違う説がある。
ただ、もう逃げようがないのは確定なので唾を飲み意を決する。せめて待っている側でありたかった…。
部屋のベルを鳴らすとすぐにドアが開き眼鏡をかけた青っぽい目をした少女が出てきた。
「ああ、いらっしゃい」
彼女は詩乃を見ると大体理解したようで俺たちを部屋に入れる。
ああ、やばい。マジで緊張してきた。足が少し震えているのが自分でもわかる。正直、詩乃の時は彼女の気さくさや話しかけやすい雰囲気に流された感じだったしな…。それに、あの時は緊張よりも驚きが勝ってた感がある。なんなら俺に好意的だったし(変な意味じゃない定期)。
だが今回は違う。相手が俺をどう思っているのか分からないし、何よりお膳立てされた空間が出来上がってることが俺的には本当に不味い。そういう空間は昔からとても苦手なのだ。
緊張を隠しつつ部屋に入るとふわっと女の子特有の心地よい匂いがしてくる。玄関から既に生活感が漂っている…どうやらこの部屋は集会用に購入しているわけではなく、誰かの生活部屋のようだ。どうやら悪い予感は当たってしまったっぽい。
玄関前を抜け俺らはリビングルームへと案内される。リビングを見て確信したがこれは間違いなく女の子の部屋である。
俺の脳内に最悪の事態が浮かび上がる…。現実逃避の如く俺は詩乃に
「あの、ここって誰かの部屋だったりする?」
と、聞いてみる。頼む違っていてくれ
「うん。凜ちゃん…いや、私と同じユニットのメンバーの子の部屋だよ?そういえば、颯君は聞いてなかったか。ほかのユニットのメンバーも全員このマンションに住んでるんだよ。あと、一部屋は私たちの練習用に事務所が買ってあるからこのマンションは全部屋私たちで買ったことになるね。」
現実逃避どころかさらに恐ろしい現実で殴られ卒倒しそうになる。どうやら想像しうる中で一番最悪の事態が俺の知らない間に起きていたようだ。確かに、各部屋に最初から大きな防音室があるのが売りだったし、なにかと設備も最新でセキュリティもめっちゃいいんだけどさ…
なんて考えていると
「あ、きたきた!詩乃ちゃん~」
声の方を見ると、こちらを見ながら手を振っているオレンジっぽい目をした少女と他にも二人の少女がいた。
「あ、理香ちゃん!昨日ぶり~」
「そっちの男の子が例の?」
理香と呼ばれていた子がこちらを見て言う。スルーするのも気まずいのでとりあえず頭をフル回転させて言葉をひねり出す。
「あっ、皆さんの専属作家になった颯です。これからよろしくお願いします」
と、頭を下げる。どうやら普通に喋れたようだ。そしてこの事務的な雰囲気を作り出すことであくまで僕は仕事で来てますよアピールもできるというわけだ。もしかして俺は天才か…?
それで、どうしてあなたは僕の目の前に立っているんですか理香さん。てか、近いです。あの、一ミリ動いたら触れちゃいそうなくらいの距離なんですけど。あの。
「……ふぅん、あなたが…」
「あっ、あの…」
なんかこの人すごい悪い笑みを浮かべてる、コワイ
なんて思っていたら、吟味を終えたのか彼女は普通の笑顔に戻り
「『Angelic!』書いてくれた人だよね!山井さんが言ってたけど、私たちのユニット名と方針だけ教えて曲書けって…なかなかな無茶ぶりだったと思うけど、よくあんなに私たちのイメージにピッタリなの作れたね」
「えっ、ええ。まぁなんとかって感じですが…」
そういえば、あれを書いた時はユニット名と活動方針しか俺には伝えられてなかったな。まぁそれくらい事務所的にも余裕がなかったのだろう。だから知り合いの俺に頼むことになったのかな。
「理香ちゃん、私たち自己紹介まだしてないから、話は後でね」
「ああ、ごめんなさい。そうだったね」
ナイスフォローだ詩乃!!!お前もたまにはやるな!
とか思ってたらなんか詩乃に睨まれた。え、僕の心読んでます?
というわけでコミュ障が選ぶやめてほしいイベント第6位くらいの自己紹介イベントが始まったのであった…。
忘れてました、あけましておめでとうございます。