フェイス・マスク -1
この時期の海は大荒れだ。
であるからして、船が沖合で難破したとしても、なんら不思議はない。
しかし、その数が問題だった。ここ半年で、沈んでいった船は八隻もある。
八隻。それは決して少なくない数だ。それに、船が殆ど大型船であったことも問題であった。
何者かが船を、それも大型船ばかりを狙って攻撃している。
このことは、早くから帝国へ伝わっていた。が、度重なる調査が行われるも、何も結果が得られなかった。
海賊や他国からの商業への妨害工作の一環であるという線も考えられたが、いかんせん人の流れが見えない。
人間が関われば、どこかにその影響は出る。それは例えば盗んだ物が売られた時の金の流れだとか、ガラの悪い一団が酒場を貸し切ったという噂だとか。
しかし、不気味なことに、国内にも、隣国にも、どこにも、なんの痕跡も残っていないのだ。
「これは、もしかすると本当に魔物の仕業なんじゃないか?」
しかし、アルはすぐに首を横に振る。
「いや、あり得んな。なんだって魔物が商船ばかり狙い撃ちするんだ」
襲われたのは殆どが大型の商船で、それを護衛していた戦闘用に開発された小型戦艦も同様に消失してしまっている。
魔物ならば、もう少し規模の小さい、そして警備の軽い船を狙うだろう。
だが、小型船はまったく被害に遭っていない。
明らかに人為的だ。
しかし、証拠がない。
帝国が派遣した調査団もその結論に至ったが、肝心の証拠は発見することができず、何の成果もないままに解散した。
「にしても、領主さんは大変だな~」
立て続けに大問題が発生したからか、そのストレスで頭が白髪だらけになっていた、この街の領主ケライオのことを思い出す。
「あそこまで泣きつかれるとは思ってなかったが、ここで恩を売っておけるのはデカいかな」
ケライオ・ド=オブリスといえば、名門オブリス家の血筋だ。ケライオ自身の爵位はまだ低いようだが、うまくオブリス家に取り入れば、専属の錬金術士にしてもらえるかもしれない。
「……そうなれば、俺はこんなブラックな職場はやめてのんびりリッチなお屋敷生活を満喫してやるぞ!」
アルは半ば現実逃避気味に、理想的な未来の妄想をするのだった。
「はあ。このブラックギルド辞めたい」
◇
(またアイツの話か。全く、忌々しい)
セレスはうんざりして、思わず溜め息が出そうになるのを我慢する。
穏やかな風を受けながら大通りを闊歩するのは、鎧を纏い、剣を携えた女騎士である。
鮮やかな白銀と紺の鎧の背後になびくマントには鷲と剣のマークがデザインされている。その意匠は、彼女が栄えある帝国騎士団の一員であることを表していた。
帝都に駐在するのは、帝国騎士団一番隊に所属する騎士だけである。
一番隊といえば、騎士団内でもエリートが集う場所で、皇帝直属で一騎当千の猛者だけで構成されるという"黒曜会"への登竜門とも言われている。
しかし、そんなエリート集団である一番隊は、ここ数日、とあることに悩まされていた。
一番隊に所属するセレスもまた例外ではなく、あることに悩まされているのだった。
その、あることとは──。
「おい、マキナってやつ、またやったらしいぜ?」
「ああ。やっぱ、すっげぇよな! マキナって!」
男たちが広げる新聞には、デカデカと『またも大手柄、義賊マキナ悪徳貴族の不正を暴露』と書かれている。
悪徳貴族の不正を暴露し、平民が持つ貴族階級への不満を晴らしてくれるマキナという義賊が、帝都ではいま、巷で専らの噂なのである。
「おい、お前ら静かにしろ、あれ騎士だぞ……」
(全部聞こえているに決まってるだろう! 全く、忌々しい…!)
「騎士団も大変だよな……マキナを捕まえられなくって無能集団扱いされてるんだから、たまったもんじゃねぇよ」
「そうだなぁ。でもマキナが相手じゃ仕方ねぇよ」
「おい、やめろよ。聞かれたらどうすんだ」
騎士団を小馬鹿にされたふうに感じ、思わずセレスは男たちを睨めつける。
セレスの強すぎる威圧に男たちは腰を抜かし逃げていく。
(落ち着け、私)
いくら男たちの態度に腹を立てようとも、騎士団がマキナを捕まえられないでいるのは事実だ。
それに、帝都に駐在する騎士は一番隊だけであるのに、その失敗が騎士団全体の評判を落としていることに申し訳ない気持ちがあった。
(しかし、どうして民衆たちは我ら騎士団ではなく、義賊の方を応援するのだ! 義賊などと言われているが、犯罪者に相違はないだろう!)
騎士は"正義"を為すことに忠実でなければならない。そのため、セレスは"正義"を遂行するために"正義"を犯すマキナのやり方を許容できなかった。






