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バケィション -2

「アルくんどう? 休暇楽しんでる?」


 珍しく上司に与えられた休暇を満喫している最中、その上司から魔導電話(マギフォン)がかかってきた。


「先程着きました。今は海水浴をしてます」


 まったくラグナエの海は最高だ。透き通るような海は見ているだけで感動する。


 海に浸かれば、穏やかな波が労働によって得た色々な悪感情を全て洗い流すが如く全身を撫でた。


「それで、一体どのようなご用件でしょう?」


 上司は特に用がなければ俺に魔導電話(マギフォン)などかけてこない。


 嫌な予感だ。


「ああ、休暇のことなんだけどね。もう休暇は終わりにして、次の仕事に取り掛かってもらいたいんだよね」


 俺は黙った。


「アルくん聞いてる? 休暇は終わりだよ。仕事の詳細は領主館で聞いてね」


 それだけ言って通話が切られた。


 初めから、なにかがおかしいとは思ったのだ。


 だが、よもやこんな仕打ちを受けるとは。


 休暇とわざわざ偽ったのは、十中八九俺への嫌がらせのため。性格の悪いことだ。


「あれれ、アルくん傷付いちゃったかな?」


「もとから分かってましたよ。騙されてあげただけです」


 まあ、いま大騒ぎになっている街に行ってこいって言われて、ただの休暇だと思うわけないんだよな。









 魔導電話(マギフォン)で言われた通り、取り敢えず領主の館まで向かった。


 歓迎ムードで応接室に招かれ、結局全く覚えにない仕事をいつのまにか受けることになっている。


 よくあることだな。


 俺はこれ以上もうなにも考えないことにした。


 俺は冷静だ。いつものことなんだからいちいち腹を立てては意味がない。


 しかし、領主から仕事の内容を聞いた途端、急に上司に対する怒りが込み上げてきた。


 思わず被っている仮面を地面に叩きつけてしまったぐらいだ。


 だが、泣き縋るような領主ケライオの態度に、とても


「断る」


 とは言えなかった。


 それに、貴族らしからぬ穏やかな物腰も気に入った。


「どうかお願いします。あなたがいなければもうこの街はおしまいです」


と言って、アルに頭を下げた領主の姿を思い出す。


「さて、ギルドで情報を聞くか」


 ギルドに入ると、受付カウンターに一人だけ。それ以外は誰もいない。


 ラグナエの錬金術士ギルドは閑散としていた。


 然もありなん。


 この街は帝国内で唯一龍髭草の養殖が出来る場所とあって、龍髭草の、ひいては石化病の研究が盛んに行われていた。


 もはや、龍髭草はこの街にとってなくてはならない産業の柱であったのだ。


 しかし龍髭草が出回らなくなった途端、研究をしていた錬金術士たちはやることが無くなってしまった。結果、錬金術士たちはこの街から離れていく。


 この街が受けた経済的な損失は計り知れない。


 そして、その問題の解決を任されたのが何を隠そう俺なのである。


「なんで俺なんかに任せるんだか…」


 本当に、そんな重役を任せないでほしい。


 しかし、アルには既に何度も上司の無茶振りに答えてきた実績があった。なかば上司の直属として扱われており、何か問題があるたびに駆り出されるのもしばしばである。


 今回、上司がまたしてもアルに無茶振りをしたとしても、それは仕方のないことであった。


「恨むなら己の有能さを…ってか? 皮肉なもんだな」


 自惚れなどアルはしていない。その自賛の裏側には、誰よりも己の無力さを知るが故の、自嘲の念があった。


「なんの手掛かりも得られてないんだよな」


 明らかに、何者かの意志によって龍髭草という財産が奪われている。天災という線も考えられるが、それにしては被害が限定的だ。龍髭草以外の海草(うみぐさ)にはなんの被害もない。


 また、犯人は相当な知能犯であるのか、手掛かりを一切残していない。


 そして、聞き込みによって得られた情報は、全くの期待外れ。


 現時点において、ことの真相は黒幕以外には誰にも分からない。


 しかれども、幾つも事件を解決してきたアルにとって、問題の前に手を(こまね)くだけという状態は許容せざる事態である。


 ラグナエは、龍髭草を中心に回っていた。その結果、龍髭草の枯死によって街から活気は失われ、たまに訪れる観光目的の人々が落とす財貨程度では経済も回らなくなる。


 この街には、龍髭草が再び採れるようになることを、一刻でも早く、と待ちわびている人が大勢いる。


 当然、ギルドもこの街に恩を売れるこの機会を見逃したくない。もし強力なパイプをつなぐことができれば、龍髭草の生産が元に戻ったときに色々な融通が効く、といったところだろう。


 失敗できない。


 確かに、その気持ちもある。けれど、彼を事件の解決という挑戦へと駆り立てているのは、他でもない彼のプライドであった。


 どうしようもないと悟ったのか、騎士団は……帝国は既に、匙を投げてしまっている。


 そんな問題に一介の錬金術士が挑もうなど、無謀でしかない。


 無謀でしかないとわかっているし、事件の解決が絶望的に難しいというのも理解している。


 けれどもいちいち怯んでなどいられない。こんなことは慣れっこなのだ。


 こういう役を割り当てられるのも、今回に限った話ではないのである。


「さあ、とりあえずは、領主さんが言ってたことを、確認してこようか。なにか、龍髭草の一件と関わる部分があるかもしれないしな」


 それは、近海で船が消息不明になるという話であった。

誠に勝手で申し訳ないのですが、今週より土曜日と日曜日には更新をお休みさせてもらいます。すみません…m(_ _)m

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