バケィション -1
俺の名はアル。
どこにでもいる、しがない錬金術士だ。
さて。俺には、常々思っていることがある。それは、人生には休息が必要である、ということだ。どんなに忙しくとも、息をつく暇さえあれば乗り切れるものだからな。
しかし、上司は鬼であるからして、休息の必要性を認めない。ヤツの目には『適度な休息』も『怠惰』と映るのだろう。
タチの悪いことに、ヤツはストイックなのだ。これでは『自分のことを棚に上げて~』などとは反論できない。
…でも自分がやっているからと言って、自分のストイックさを人にまで押し付けるのは良くないと思う。
休みなどないとばかりに、残業、残業。嫌になる。そしてもちろん、残業代などという親切は与えられない。
そんな環境である。
「なあ、お前…たまには息抜きに海なんてどうだ?」
だから、俺は上司から休暇を与えられた時、これは天変地異の前触れかなにかじゃないかと疑った。
◇
五日間、馬車を乗り継いでようやく到着したのは、海辺の街ラグナエ。
ラグナエは一年を通して暖かい。そのためリゾート地として有名な場所だ。
弓なりに広がる白い砂浜には、波が穏やかに打ち寄せている。
ラグナエが面するラグン湾は、もともと湖であった。
その証拠に、やたらと尖った岬が防波堤のように飛び出している。かつて海と湖との境界を担っていた陸地の名残りってヤツだろう。
ここはリゾート地。そして、目の前には海。
為すべきことは一つと言えよう。
俺は素早く漆黒のローブを脱ぐと、その下に着ていた水着のパンツ一枚だけになる。
いや、仮面は外さない。これはなかなか便利なもので、これを被っているうちは水中でも呼吸が出来るのだ。
思い切り水に飛び込むと、俺は深く潜っていった。
◇
────ラグナエ、領主館。
執務室にて、ラグナエの領主、ケライオ・オブリスは頭を抱えていた。
悩みの種は、ここ最近海で起こっている異変。湾内で採れる龍髭草という海藻が、軒並み枯れてしまっているのだ。
龍髭草が一斉に枯れた前日、収穫どきを控えていることもあって、龍髭草には念入りなチェックが為されていた。しかし、その時にはなんの異常も無かったという。
「この状態が続けば、帝国内の石化病患者が軒並み死ぬぞ!」
石化病といえば、ひと昔前まではどうして発病するのかまだ分かっていない、明確な対処療法が存在しない難病とされていた。
しかし近年、龍髭草の中に含まれるアンチラピスラーゼと呼ばれる物質に石化病で石化した患者の体を元に戻す働きがあるのが発見された。
これにより石化病の治療法は確立され、大量の龍髭草からアンチラピスラーゼだけを抽出し作られたポーションが、今では市場に出回っている。
だが、依然として龍髭草の生態は研究が重ねられた今でも分からないことが多く、秘密のベールに包まれている。
龍髭草の生態の謎としての最たるものは、あまりに限定的すぎる生息域である。帝国内では、ここラグン湾でしか育たないことが分かっている。
「くそッ! この忙しい時に!」
ケライオにとって、龍髭草への異変は泣きっ面に蜂とでもいうべき出来事だった。
それというのも、ケライオは以前からとある重大な問題に直面していたのだ。そこへ更なる問題が立て続けに起きたのだから全くたまったものではない。
────近海で、船舶が次々と消失していっている。
その報告から、ケライオの悪夢は始まった。
────外から来た船は湾内に入る前に、いつのまにか消滅。出ていく船も、沖合いに出た途端に忽然と消える。
現実的でない部下からの報告に、そんなバカなことがあるか、とケライオは思わず怒鳴り声を上げたものだ。
されどもラグナエに船がやってこなくなったという紛れも無い事実が、ケライオに否応無く現実を理解させた。
「一体、僕はどうすれば────?」
原因は全くの謎。そのためか、帝国政府に泣きついても「原因が分からない以上、こちらがなにをすればいいのかが分からない」との返事が帰ってくるだけであった。
「いや、それは、そうなのだが。こっちとてなにも分かんないんだが???」
ケライオは途方に暮れるのだった。
────そんな時だった。
助けを送る、と連絡が入ったのは。
魔導電話ごしに話した相手は、錬金術士ギルド、そのグランドマスター。
「そっちに優秀な部下を送ったから、まあ問題の解決には期待しててよ」
程なくして、その送られてきたという錬金術士ギルド職員が領主館を訪ねてきた。
「ああ!? やっぱはなから休暇じゃなかったのかよ! 期待させるようなこと言いやがってあんのクソ上司め!」
事の次第を説明したあと、男は上司への怨嗟を叫びながら、被っていた仮面を取って地面に叩きつけた。
その男の名は、アルといった。
すみません(-。-;
次回から7時投稿にするって言ったのに間違えて前回も7時に投稿してました…!
あれでも早まったぶん悪いことはない…?誰にも迷惑はかけてない、ですね!
すみませんなんでもなかったです!忘れてください(笑)