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帝都リーデンハイム

 皇帝の御座(おわ)す帝城を囲う街並みは、帝国が栄えて以来、千年前より続く。大通りは活気に溢れ、道行く人々も笑顔が絶えない。


 かつてその強大な軍事力を背景に大陸に覇を唱え、一時は比類なきほどの興盛を極めたファーファイル帝国。


 その国力は一時より衰えたものの依然として強大なままであり、"大陸三強"の一角を占めている。


 その首都、リーデンハイムは大陸のほぼ中心に位置しており、昔から物流が活発である。


 帝国は元々、雑多な民族たちを纏め上げ興された国家だ。


 その為か、外から入ってきた文化や新しい考え方に対して抵抗が少なかった。移民として流入した多くの人種や、服属した民族たち。彼らが持つ文化や技術が、帝国という坩堝の中で新たに体系化され、昇華されていく。このように、帝国は様々な文化や技術を吸収することで、軍事力だけでなく、文化面の豊かさでも他国と比べ一歩抜きんでた。


 物流の中心。流行の最先端。文化の発信地。


 帝都は大陸において、その地位を盤石なものとしていった。


 帝都リーデンハイム。


 帝国全土じゅうで最も栄える、最大の都市。


 老若男女を問わず、帝国民ならば誰もが憧れを抱く場所だ。






 さて、帝都はそこに住まう人々の階級によって、大きく三つに区分けされている。


 城を中心に放射状に広がる街並みを城から近い順に上層区(クラウンド)中層区(クラブド)下層区(ヒールド)と分けるのが一般的な見方である。


 町人や貧しい人々が暮らす下層区(ヒールド)


 貴族の邸宅が並ぶ上層区(クラウンド)


 そして、その二つの地区に挟まれて位置するのが中層区(クラブド)。ここには商人たちが店や邸宅を構えており、市場や繁華街などは多くの人で賑わい、いつも活気に溢れている。


 ────帝国暦九九七年、帝都中層区(クラブド)

 第八通りに面する建物と建物の間の小径を抜けた先に、その工房は在った。


 工房の入り口、ドアの真ん中には木の杭が打たれており、そこには木製の板が紐で吊り下げられている。


 その板にはこう書かれていた。


 『錬金術士、アルの工房』と。











「……くく」


 薄暗い部屋の中で男が嗤う。彼は湯気が立つ金属釜の中を覗き込むと、満足げにつぶやいた。


「あともう少しだぞ……くくっくっ」


 濡羽色のローブに身を包んだその男は、部屋に一人でいるというのに仮面で顔を隠している。その仮面は顔面をすっぽりと覆っており、金属で出来ているように見受けられる。また、その表面には直線が織りなす奇妙な模様が刻み込まれており、遠目で見ればまるで亀裂が走っているかのようだ。


 仮面の下に隠された男の表情は伺い知れない。だが、仮面の奥には真紅の瞳が、爛々と光を湛えている。


 長かった研究の成果がもうすぐ出ることに、喜びを隠せないでいるのだ。


「#帝王具足虫__ていおうぐそくむし__#の甲殻の粉末、黒竜髭菜(ブラックアスパラガス)の穂先を三つとパンドラミミックの目玉をひとつ……」


 次々に釜の中に投じたそれを、男は黙々とと掻き回す。材料どうしがぶつかっては沈み、また浮き上がる。


「ここでアレを…よし、封霊石もよし」


 男がなんの変哲もなさそうな石と、七色に光り輝く石を釜の中に投入する。途端に禍々しい赤紫色の空気がぶくぶくと気泡となって沸き上がる。


「さて、と。お次はエルダースライムの粘液だ!」


 棚には沢山の瓶が並んでいる。それには、さまざまな素材が詰められているようだ。


「んじゃ、それとトロトロニトロトルエンも…」


 さらに次に使う素材を取り出して、それらを机の上に置く。どちらの瓶の中にも、ねっとりとした緑色の液体がたっぷりと入っていた。


 緑色にも多少の違いはあれど、どちらも同じくらいの濃さで、素材名が書かれた紙が貼られていなければ、区別がつかないぐらいである。


「これを間違えるとえらいことになるからな。注意、注意だ…!」


 その時だった。釜の中からぶくぶくと沸き出た赤紫色の空気が人のような形を持ち、声を上げた。それも一匹ではなく、次から次へと生まれて十匹ほどになる。


「「「ボォオゥオゥオォォ…」」」


「ちっ…封霊石が足りなかったか。彷徨える魂の残滓よ、現世から解放され円環の理へと戻るがよい」


 男は飛び回る白い霊体を、羽虫を殺すように両手でパチンパチンと叩き潰していく。しかし、数が多くて時間がかかる。


「全くめ。さっさと帰れ。ここはもうお前らの住む場所ではないわ」


「「「ボホゥホホ、ウゥオホォゥホホ───」」」


「うるさい奴らめ。聖なる御名において、この者たちに終焉の恵みがあらんことを」

ウン

「「「ウホゥウンホホ、ウゥォゥホウンホ───!!!!!!」」」


 男が呪文を唱えると、白い影はたちまち断末魔をあげて消えた。


「面倒くさ…さてと」


 男が錬成作業に戻ろうと、机の上を見れば、そこには、緑色の液体が入った瓶が────二つ、並べられていた。


 男はそれを見て、しばし固まって、己の過失を悟る。


「やべぇ、どっちがどっちか分からん。完全にミスったわ…」


 入っている素材の名前を書いていた紙が、いつのまにか剥がされていた。男が霊を駆除している間、こそこそと工作に励んでいた霊がいたのだろう。


「小賢しい悪霊どもめ…」


 エルダースライムの粘液を入れれば、手順通り。しかし、トロトロニトロトルエンを入れてしまえば、異なる反応が起きてその瞬間大爆発が起き───今までの作業が全て水泡に帰す。


「畜生」


 一方の瓶を取って、緑色の液体を透明なガラスの器に注ぎ込む。そして、並々と液体が注がれたそれを持ち上げた。


「どっちだ…?」


 緊張に手が震え、汗が吹き出す。


「よし、いくぞ…!」


 ひどく緩慢と感じられる世界の中、驚くほどゆっくりと緑色の液体は落下し…


















 工房は爆発した。


 轟音と共に金属製のドアが爆散する。たちどころに室内から煙がもくもくと噴き出した。


 男は凡ミスで半日かけた作業を水泡に帰したのだった。


 泣きながら男は散らかったものを拾い集め、吹き飛んだドアを修理する。


 最後に男は扉に板を下げる。『錬金術士、アルの工房』と書かれた、その看板を。




 そのあと男はベッドでおいおいと泣いた。


 

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