92話 演説
ドーソンはSU宇宙軍の艦隊の横腹を突くにあたり、自分の艦隊を2つに分けることにした。
それも≪雀鷹≫を含む5隻の艦艇と、≪百舌鳥≫を含む45隻の艦艇にだ。
≪雀鷹≫隊は徐々にSU宇宙軍の艦隊へと近づき、≪百舌鳥≫隊は可能な限りの速度で隕石地帯を隠れ進み、ほぼ同時に両隊とも作戦開始位置へと到着する。
隕石地帯の中で戦闘が起こらなかったのを見るに、≪百舌鳥≫隊に伝えたドーソンの私掠免状のコードによって、海賊から誤射を受けることはなかったようだ。
「では、作戦開始だ」
ドーソンの指示に合わせ、移民団にいた女性に化けたベーラが全波帯通信で、この宙域にいる全ての艦船へ向けて放送を始めた。
『この場にいる全ての皆さま、聞いてください。私の名前は、ムラガ・フンサー。第14移民艦隊に参加していた者です。この場にて、SU政府や宇宙軍の欺瞞を明らかにしたく、こうして通信をお送りさせていただいています』
口調も声色も、当の本人のものは入手できなかった。そのため、骨格や首の太さから声を推察し、口調も歳を経た女性の典型のもの。
つまるところ外見も声も口調も全くの偽りである。
だが、それが分かるような人物が相対しているSU宇宙軍の艦隊に存在する可能性は低い。
それに、もし偽物だとバレても構わない。
今回の演説の目的は、SU宇宙軍に属する人達にSU政府や宇宙軍の上司への疑念を植え付けることなのだから。
『私の名前と移民艦隊を聞いて、皆様は疑問に思われているかもしれません。どうして移民艦隊に属する人物が、別の星腕に居ずに、この場に居るのだろうと。それは真っ当な疑問です。そして、その疑問の答えが、私が皆様へ通信を送っている理由となります』
通信を送り初めて1分ほど。
未だにSU宇宙軍の艦隊自体に動きは起きない。
通信相手の真偽を確かめているのか、はたまた通信を強制的に切って乗員に聞かせないことを最優先にしているのか。
ともあれ、ベーラの演説は続く。
『第14移民艦隊に乗って、私は別の星腕へと旅立ちました。先達の移民艦隊が開発している星系へ移動し、新天地で新たな生活を送るために。しかし別の星腕へと着いた私たちは、SU政府が私たちに嘘を付いていたのだと直ぐに理解させられました。それはなぜか。開発中とされた星系は、未開発どころか人の手が全く入ってなく、それどころか前の移民艦隊と思わしき艦艇の残骸が宙域を漂っていたからです』
ベーラは、まるでその当時のことを思い出しているかのように、目を閉じて眉を寄せる演技をしている。
『どうして前の移民艦隊が滅んだのか。それは直ぐに分かることになりました。その星系には特異な宇宙潮流があり、それが14移民艦隊を直撃したのです。潮流に揉まれた艦隊は、艦と艦の距離を保つことができず、次々に衝突。当たり所が悪かった艦は大破し爆散しました。私の乗った艦は幸いなことに、軽い損傷で済みました。その後は、損傷の少ない艦が主導して生き残りを助けだし、急いで潮流がない場所へと脱出しました。これは後に分かったことですが、この潮流は星系にある恒星の活発化に呼応して荒れ狂う特性があったのです』
ベーラは目を開き、痛ましい過去から決別した強い意志を伴う瞳で演説を続ける。
『その星系の潮流を、SU政府は知っていたのか、いなかったのか。それは私にはわかりません。当時、生き残った人たちも同様でした。しかし私たちは理解したのです。星系が開発中なのは全くの嘘なこと。私たちの前にいた、13回も送られている移民艦隊の全てが行方知れずになっていること。そして、こちらからSU政府に通信を送ろうとしても、決して通信が繋がらないこともです』
ベーラは憤怒の表情を作ると、今まで静々と語っていた口調から一変し、口角から唾が出るような激しい口調になる。
『理解したのです! 私たちはSU政府から捨てられたのだと! 別の星腕という、広大なゴミ捨て場に! 新天地への移民と嘯きながら、屑籠に投げ入れるような気楽さで! 改めて考えてみれば当たり前です! 移民艦隊に乗っていたのは、誰も彼もが食うや食わずかの貧民生まればかり! 多少は乗っていた生まれの確かな人達だって、政変や派閥の争いに負けた人達ばかり! SU政府は不要と断じた人を捨てたんだ!』
思わず迸ってしまった激情を抑える演技の後で、ベーラは呼吸を整える仕草をする。
『聞いてください、SU宇宙軍の皆様。特に、貧民出身者や派閥争いに敗けた方々。貴方たちは既に、私と同じような運命に向かいつつあります。私はオリオン星腕に戻ってきて、SU宇宙軍の戦い方を見て分かったのです。不要な貴方たちを廃棄間近の旧型艦に乗せて、戦闘の矢面に立たせ、あわよくば攻撃を受けて宇宙に塵になってはくれないかと期待しているのだと』
ここで言葉が浸透する猶予時間を置いてから、演説は再開される。
『貴方たちは薄々気付いていたはずです。宇宙軍の偉い人は、自分たちを使い潰す気でいるのだと。断言しますが、それは違います。使い潰すのではなく、一方的に破棄するため。貴方たちが、どれだけ戦果や手柄を挙げようとも、拾い上げられることはありません。なぜなら、貴方たちが上がったら、別の誰かたちが下がることになる。その下がるであろう誰かは捨てられないために、貴方たちが上がってくることを阻止するからです』
ここでベーラが口調を懇願するものへと変えた。
『皆様。政府や宇宙軍に捨てられそうな皆様。どうにか生き延びてください。そしてSU政府の魔の手から逃げきってください。貴方たちはオリオン星腕に生きています。そしてTRという逃げ場所まであります。私のように、別の星腕の中を迷い進み、仲間たちの数が物資の奪い合いや救援がこないストレスで発狂して減り、艦艇を共食い修理して、どうにかオリオン星腕に戻ってこれたような事はしなくたって、生き延びることができるのですから』
さらにベーラが言葉を続けようとするが、相対しているSU宇宙軍の艦艇から砲撃がやってきた。
有効射程距離の外からの攻撃なので脅威ではない。
しかし、そんな距離からでも砲撃してくる理由は分かる。
ベーラの演説を止めさせようと、武力行使に出ているのだ。
さて、ベーラは砲撃を受けて酷く傷ついた演技を行う。
『止めてください。攻撃しないでください。私は、ただ皆様を助けたいだけなのです。争う気はありません。どうか話を聞いてください。良識ある行動をしてください。私を討ち取ったところで、貴方たちは救われることはないんです』
ベーラの懇願する演技を見ながら、ドーソンは身振りと文字通信で≪雀鷹≫を含む5隻の艦隊を宙域から離れるように下がらせていく。
『私を攻撃する命令を出したのは誰ですか。それは最新鋭の艦隊に乗った、宇宙軍の高官からのはずです。高官は、この私の真実を語る口を閉じさせたいのです。私が攻撃を受けていることが、まさしく私の発言の正当性の証明です。皆様。SUから捨てられそうな、皆様。このままでは貴方たちは、私のように捨てられる未来しかないのです。ちゃんと覚えて――』
ここでドーソンは通信を強制的に終了させた。
敵艦隊の先鋒が有効射程距離の内に接近してきたので、通信波を逆探知されて艦の詳細位置を把握されることを防ぐため。
それに加えて、あえて演説の途中で切ったのも、まるでSU宇宙軍の高官が通信を切るようにと命じたかのように、通信を聞いていた人たちに思わせる副次効果も期待してのこと。
「さて、あとは所定の位置まで、SU宇宙軍の艦艇を引っ張るだけだな」
ドーソンは≪雀鷹≫艦隊が移動する軌道を修正し、隕石地帯の傍を通過するような位置取りをする。
よほどベーラの演説が気に入らなかったのか、≪雀鷹≫艦隊が逃げる後ろを、宇宙軍の艦艇が砲撃しながら追いかけてくる。
ドーソンは自艦隊に回避行動を取らせつつ、敵艦隊と付かず離れずの距離を保つ。
そして、≪雀鷹≫艦隊は敵艦隊を引き連れた状態で、所定の位置に差し掛かった。
「さあ、キルゾーンだ」
ドーソンが呟いた瞬間、隕石地帯の中から荷電重粒子砲の弾幕が飛び出してきた。
輝く荷電重粒子の帯は、追いかけてきていたSU宇宙軍の艦艇を横から貫いた。
急に受けた致命的な攻撃に、生き残った宇宙軍の艦艇が慌てて反転して逃げようとするが、そこに再び荷電重粒子砲からの攻撃が来た。
追いかけてきていた大半の艦隊が破壊されたところで、その後続の宇宙軍の艦艇が進路を≪雀鷹≫艦隊から隕石地帯へと変えた。逃げるだけの≪雀鷹≫艦隊を追うよりも、隕石地帯に潜む脅威を打倒する方を選んだようだ。
ドーソンは≪雀鷹≫艦隊を安全圏まで退避させつつ、隕石地帯での攻防の映像に目を向ける。
「≪百舌鳥≫艦隊は張り切っているようだな。戦闘は程ほどで良いと言ってあったはずだが」
「ジンクさんは新参ですからね。ここら辺で戦果をあげて、ドーソンの覚えをめでたくしたいと思っているのかもしれませんよ」
「中佐が中尉の覚えをめでたくしてどうする」
「ドーソンは、階級はどうあれ、50隻を率いる艦隊司令ですよ。配下かつ一艦長でしかないジンクさんが自分の働きを見せようと思うことは、当然では?」
オイネの理屈は最もだが、ドーソンは納得しきれない思いだった。
ともあれ、≪百舌鳥≫とSU宇宙軍の艦艇との戦いは、ある程度の砲撃戦の後、≪百舌鳥≫が隕石地帯の奥へと下がるのに合わせて宇宙軍の艦艇も引いて、終了となった。
≪百舌鳥≫艦隊は、不意を突いた最初の2撃では宇宙軍の艦艇を多く撃破したが、続く砲撃戦では少数の敵艦を破損させただけの戦果になったようだった。