90話 SU宇宙軍の最新鋭
ドーソンが率いる50隻の艦隊は、≪ハマノオンナ≫と戦闘中のSU宇宙軍艦隊に戦いを挑む。
新たに≪雀鷹≫型2番艦≪百舌鳥≫が指揮下に入ったが、たかだか戦艦が1隻増えただけのことなので、事前に立てた作戦の変更はしないことにした。
作戦で行うことは単純で、SU宇宙軍の後方部隊の近くに跳躍し、50隻の艦隊で砲撃する。それと同時に、とある放送を行うこと。
「砲撃するにしても、SU宇宙軍がどんな布陣を敷いているかで、砲撃の仕方は変える必要があるけどな」
ドーソンの独り言に、オイネとキワカが順番に疑問を口にする。
「≪チキンボール≫と企業を通して、こちらがSU宇宙軍を襲うという情報は与えていましたよね?」
「情報がある場合の布陣って、ある程度決まっているものじゃ?」
2人の意見は当たり前のものだが、そこに人間の愚かさが入っていないことを、ドーソンは注意点と考えていた。
「真っ当な指揮官なら、一時的に≪ハマノオンナ≫や海賊との戦いを手控えて、こちらの襲撃を万全の体勢で叩こうとするだろう。並みの指揮官なら、十二分の予備役を回して迎撃するだろう。しかしSU宇宙軍がそうするとは限らない」
「そういえば、SU宇宙軍は常に、不要な人物と艦艇を戦闘中で破棄することを考えていましたね」
「その考えがあるから、老朽艦を並べて被害担当と囮の役割を与えつつ、別動隊でこちらを攻めてくることも考えられる。だが、これら以上に頭の痛いことをやってくる可能性もあるんだ」
敵の布陣の困難さを問題視する『頭が痛い』ではなく、敵の布陣を心配する『頭の痛い』と口にした。
どうしてドーソンがその表現をしたのかは、跳躍後に行われた戦闘で理解することになる。
ドーソン率いる50隻の艦隊が通常空間に跳躍し終えると、そこには200隻の敵艦隊がズラリと布陣していた。
ドーソンは敵艦隊の数自体には驚かなかったが、その艦艇の姿形を見て舌打ちした。
「チッ。頭の痛い方の懸念が当たったようだな」
「どういうことですか?」
「よく見ろ。相対している敵艦隊は、旧型艦で組織されたもんじゃない。最新鋭艦だ」
ドーソンの指摘に、キワカがモニターを見つめると、確かに旧型艦ではあり得ないほど綺麗な艦影が並んでいた。
「ど、どうして。ああいった艦には、重要人物だったり有名人の関係者が乗っているんですよね。そういった艦に被害がでないように、あえて情報を流したんじゃないんですか!?」
キワカが『事前に聞いていた話と違う』と苦情を言うと、ドーソンは頭痛を堪えるように額に手を当てた。
「簡単に言えば、あちら側は俺たちを舐めているんだ。50隻の海賊ごとき、新型の艦艇で当たれば勝てる。打倒して、手柄にしてしまおう。そう思っているんだよ」
ドーソンはSU政府との軋轢を避けるため、あえて襲撃情報を流して、重要人物に被害を出さないようにと気を使ったのだ。
その気遣いを無駄にされて、ドーソンは苛立っていた。
「……仕方がない。作戦行動を開始する。事前の戦法の通りに、艦隊を運用するぞ」
ドーソンは気持ちを入れ替え、敵艦隊に被害を与えることに集中することにした。
ドーソンが指揮する艦隊は、待ち伏せされていたことに慌てふためく様子を演じつつ、宙域の外へと向かって後退を始めた。
しかし反転して船尾を敵側に向けて逃げるのではなく、艦首を敵に向けての後進でだ。
艦艇の後進速度は大したものではない。特に、事前に加速して速度を稼いでいない場合は、まるで亀の歩みの様に遅い。
そういう艦艇の特色は、SU宇宙軍の側も掴んでいるようで、ドーソンの艦隊が後進し始めるのに合わせて、戦闘速度で前進してきた。
遅い後退と速い前進。
あっという間に、両艦隊の距離が縮まっていく。
だがこの状況は、ドーソンの想定の内だ。
「≪雀鷹≫と≪百舌鳥≫は、殿で砲撃を開始。更に距離が縮まったら、護衛戦艦と重巡艦。それでも敵が接近してくるようなら、残りの巡宙艦が砲撃を行う」
≪雀鷹≫と≪百舌鳥≫は共に、艦体の前方に2門ある主砲――荷電重粒子砲を発射した。そして間を置かない、連続発射を行う。
敵艦隊の先陣は、快足の駆逐艦や巡宙艦。手柄に逸ったのか、それとも巡宙艦を前に戦艦を後ろに配置する隊列がSU宇宙軍の艦隊では当たり前なのか。
どちらにせよ、駆逐艦や巡宙艦の砲撃よりも、戦艦の砲撃の方が射程距離が長い。
≪雀鷹≫と≪百舌鳥≫にとっては有効射程内でも、敵の先陣にとっては砲撃できない距離だ。
だから、SU宇宙軍の駆逐艦や巡宙艦が一方的に打ち据えられてしまうことは、当たり前だった。
「≪雀鷹≫の砲撃は放つ度に全弾命中ですね。まあ海賊仕事での砲撃経験の蓄積がありますから、回避行動もせずに直進してくる敵なんて良い的でしかありませんよね」
オイネは軽口混じりの報告をした後で、次に≪百舌鳥≫の戦果の確認に入った。
「≪百舌鳥≫は5発放って1発当たれば良い感じですね。最大有効射程距離での遠距離射撃ですからね。初陣でこの成績なら及第点だと思います」
「アマト皇和国の精鋭たる星海軍の軍人なら百発百中を目指せ、と士官学校では怒られるけどな」
ドーソンも軽口を返しつつ、顔をキワカへと向け直す。
「レーダー上の敵艦隊の様子は、どうなっている?」
「敵陣の先頭は崩れつつあります。僚艦が撃墜されるのを見て浮足立ちでもしたのか、進出速度が遅くなってもいます」
「先頭以降の敵の様子は?」
「なにやら隊列の変更をしているようで――あっ、いま進出を開始しました。同時に駆逐艦と巡宙艦も引いていきます」
キワカの報告の通り、SU宇宙軍の駆逐艦と巡宙艦が、≪雀鷹≫の射程の外まで撤退していく。
射程外の敵を砲撃しても意味がないので、ドーソンは砲撃を休止を命じながら敵の意図を探ろうとする。
やや時間を置いて、再び敵艦隊が有効射程距離に入ってきた。
その敵の先頭に配置されている艦を見て、ドーソンは目を丸くする。
「なんだ、あの艦は」
ドーソンが目撃した艦は、ドーソンの知識にはない艦種だった。
その見た目を言い表すなら『歪曲した壁』か『四角い盾』だ。
「敵艦の予想図をモニターに表示します」
オイネが艦の姿を映すと、ますますドーソンの困惑が深くなった。
「見た目からの仮称で盾艦としておくが、分厚い装甲板に推進機を取り付けただけの艦なのか」
「盾の役割しかできない艦みたいですね」
盾艦の数は10隻。
それらが十字の形に先頭で布陣し、その裏に他の艦隊を隠しながら近づいてきている。
「重装歩兵の真似事を宇宙での戦争でやっているのか」
「盾艦に使う装甲があるなら、普通に戦艦を作った方がコスパは良いでしょうね。でも、ある特定の人物を守るための艦と考えれば、防御力に特化した艦が居ても不思議はないかと」
ドーソンは盾艦の存在意義に疑問を抱きつつも、射程距離に入ってきたのだからと≪雀鷹≫で砲撃を行う。
砲撃は狙い能わず、盾艦に命中した。
しかし撃破はできなかった。
「装甲厚で耐えた――いや、なにか別の方法で耐えているのか?」
ドーソンは盾艦の1隻を集中的に狙って砲撃し、砲撃を食らった様子を観察する。
通常、荷電重粒子砲を食らった艦艇が装甲厚で耐えた場合、艦体表面が軽くでも赤熱化するもの。
しかし盾艦は、荷電重粒子砲を連続で食らっているにも拘らず、装甲が赤くなる様子がない。
「赤熱化する装甲を強制敵に冷却する装置だと、装甲が急過熱と急冷却でひび割れを起こす可能性が出るから、あり得ない。装甲自体が熱に強い素材なのか、それとも――」
ドーソンが理由について考察していると、砲撃を集中して狙っていた盾艦が急に爆散した。
ドーソンは吃驚しながらも、驚いている場合じゃないと気を引き締める。
「オイネ。盾艦が爆発したときの映像を再生できるか?」
「もちろんですとも。ほい、どうぞ」
出現した空間投影型のモニターの画面に、映像が再生される。
ドーソンはスロー再生しながら見て、盾艦が爆発した原因は荷電重粒子砲が装甲を貫いたからだと理解した。
しかし爆発する1つ前の砲撃では小動ぎもしなかったのに、なぜか唐突に装甲を貫けている。
そこから導かれる可能性は、1つだけ。
「荒唐無稽ではあるが、戦艦級の荷電重粒子砲をも防ぐことができる電磁障壁を張れると考えると、しっくりくるな」
アマト皇和国でもオリオン星腕でも、ほぼ全ての艦船に載せられているぐらいに、デブリを防ぐ程度のものは実用化されている。
しかしそのバリアは、質量が小さいものしか防げない。それこそ、宇宙を飛んでやってくる人間すら防ぐことはできない。
だが、大きな質量を防げるほどのものを開発できていたとしたら。
そして、それを盾艦が装備していたとしたら。
盾艦の異様な打たれ強さと、ある時を境に急に砲撃が通じたという、チグハグさの説明がつく。
「≪雀鷹≫の砲撃を集中させたことで、障壁を張る機関が負荷に耐えられなくなって停止したといったところか」
ドーソンは興味本位で盾艦の1隻に攻撃を集中させたことが、功を奏した。
もし仮に、盾艦10隻を満遍なく砲撃していたら、砲撃を貫通させることは出来なかっただろう。
「盾艦の弱点が分かれば、突破のしようはある。あるが、どうするべきか……」
残る盾艦は9隻。
それを順々に倒していくことは出来るだろうが、その裏には200隻もの敵艦隊が控えている。
敵側から砲撃が届く位置まで接近されてしまうと、数の圧力で負けかねない。
「チッ。距離がまだある間に、反転して逃げる方が良いな」
いま敵は、盾艦の裏から艦隊を出してくる様子はない。
そのためドーソンが率いる艦隊が反転して逃げだす素振りを見せても、即座に攻撃をしてくることはできない。
そして、この場にドーソンが来た目的は、敵艦隊を砲撃で破壊することではなく、SU宇宙軍から不要と判断されている軍人に話を吹き込むこと。
目の前の戦いの勝敗に拘泥して、本来の目的を見失うことは間違いだ。
「全艦、急速反転! 宙域より離脱するぞ!」
ドーソンが命令を発し、全ての艦隊が即座に実行する。
尻尾を巻いて逃げ始めたドーソンの艦隊を、敵艦隊は追おうとするが、盾艦を進路上に退かしたり、盾艦を避けて進もうとしたりと、行動に纏まりがなかった。
そういった追撃の拙さのお陰もあり、ドーソンの艦隊は被害を受けないままに逃げることに成功したのだった。