89話 新たな人物
≪ハマノオンナ≫と戦闘中の、SU宇宙軍艦隊。
その艦隊を襲う準備がひと段落ついたころ、≪チキンボール≫にほど近い宇宙空間に雷電が発生した。
稲光は段々と円を形作り、円の中がレンズに変わったかのように湾曲した光景に変化した後、再び普通の見た目に戻る。
しかし戻ったのは見た目だけで、その円の内外は別の空間に繋がっている。
そう、この稲光の輪は、空間歪曲型の巨大跳躍装置――空間跳躍環≪茅乃輪≫が生み出した、転移ゲートだ。
その転移ゲートを、艦艇3隻が潜って≪チキンボール≫の宙域にやってきた。
1隻は≪雀鷹≫と同じ形の、小型戦艦。他の2隻は、SU宇宙軍の艦艇を模した作りの、重巡艦だった。
その3隻の艦艇を、出迎えのために乗ってきた≪雀鷹≫のブリッジ内で見て、ドーソンは出そうになった溜息を堪えた。
「値段が張る艦種が3隻もか。後方作戦室は予算がカツカツだから、別の所属の艦だろうな」
「小型戦艦はともかくとして、重巡艦が通常と同じものなら、それなりの人数を送り込んできたということになりますね」
「あと普通なら、重巡艦の艦長は佐官以上が任命される。仮にどの艦長も、俺より階級が高いとするとだ」
「命令系統が面倒くさいことになりそうですね」
嫌だ嫌だとは思いつつも、ドーソンはやってきた3隻の艦艇へ向けて通信を送った。
すると直ぐに、ドーソンの目の前に空間投影型のモニターが3つ展開された。
「こちら、ドーソン・イーダ特務中尉。戦艦≪雀鷹≫の艦長と、SU支配宙域での特殊任務を任命されている」
ドーソンは敬礼しながら自己紹介しつつ、モニターに移る3隻の艦長たちを観察する。
1人は、キッチリと頭髪を整髪料で固めた、切りそろえられた豊かな髭を持つ、ガッシリとした体型の中年男性。着てはいるものは軍服ではあるが、服飾規定に違反しない程度に、多くの場所に金糸を刺している。見るからに貴族といった風体だ。
別の1人は、茶色の頭髪に白いものが混じり、顔にも皺がはっきりとある、老境に入ろうかという見た目の女性。軍服をカッチリと着こなしてはいるが、育ちと人の良さを感じさせる微笑みを浮かべている。その余裕ある佇まいは、高位貴族の女性なのではないかと推察したくなる気品さがあった。
最後の1人は、他の2人に比べると、やや粗野な感じに写る中年男性。髪は短く刈り込まれ、髭はなく、太い眉を持ち、眉間には深い皺。軍服を内側から押し上げる鍛え上げられた肉体を見るに、実直堅実を形にしたかのような人物。見るからに貴族と言った風ではなく、現場で叩き上げられた艦長といった見た目だ。
そんな3人が、ドーソンの後に続く形で、自己紹介を行う。
『当方は、重巡艦≪てんぱらす≫艦長、タイロ・ウーロジ男爵である。この宙域での活動を支援する任務を帯び、参上した次第である』
『重巡艦≪あふぇくと≫艦長、ミイコ・ネイコジ大佐です。こちらも活動支援を任務として拝命しております』
『新型戦艦、≪雀鷹≫型2番艦≪百舌鳥≫の艦長。ジンク・ジーケン中佐だ』
お互いの自己紹介が終わり、全員が同時に敬礼の手を下ろす。
その直後に、ウーロジ男爵と名乗った男性が、話題を切り出してきた。
『さて、ドーソン『中尉』。君には当方の指揮下に入ってもらいたいが、異存はあるかね』
確認の体をとってはいるが、明らかな命令口調。
本来なら『是』としか返答できないところだが、ドーソンは今の状況が特殊であることを良く理解していた。
「残念ながら、その要求は受け入れられない。俺は独自で動く裁量を任されているし、今は作戦行動中だ。後方作戦室ないしはその上部組織からの命令書がなければ、当初の裁量通りに独自行動を取らせてもらう」
ドーソンのキッパリとした拒否に、ウーロジは目を丸くした後で怒り始めた。
『何を言っているのかね! 軍人であるのならば、上官の命令に従うのが道理であろうに!』
「残念ながら、オリオン星腕内では、俺の身分は軍人ではなく、TRの私掠免状を持った海賊という立場だ。海賊を辞めて軍人に立ち戻れというのなら、それこそ後方作戦室の命令書が必要だ。所持しているのか?」
『なにを! そもそも、何だねその口調は! 上官に対するものとはとても思えないが!』
「言っただろ。今の俺は海賊だ。海賊に礼儀や口調を期待する方が間違っているとは思わないか?」
ドーソンの拒否の連続に、ウーロジは更に命令口調で従うようにと言ってくる。
しかし、どれほど言われても、ドーソンが『是』という事はなかった。
10分ほど言い合いをしていると、横からネイコジ大佐が割って入ってきた。
『双方とも、そこまでにしておきなさい。ドーソン中尉に翻意を促すには、本当に命令書を用意する必要があります。それを用意できていないのなら、こちらの指揮下に彼を組み入れることは諦めるしかありません』
『なにを生易しいことを仰られる! こんな若造など!』
『そう侮ったことを言うものではありませんよ。なにせドーソン中尉は――いえ、ドーソン艦長は海賊なのです。不愉快に思われたら、主砲を撃ってくるかもしれませんよ?』
ネイコジは冗談めかして言っているが、そういう未来が来る可能性はあると思っている口調でもあった。
ウーロジは、まさか主砲を撃ってくるとは思っていなかったようで、驚愕と焦りの表情でドーソンに向き直る。
『まさか、本当に撃ったりはせんであろう!』
「さて、どうしようか。今の俺は50隻の艦艇を配下に持っている。別に重巡艦が1隻なくなったところで、戦力的に大した痛手ではないからな」
『味方を撃つ気でいるのかね!』
「お前はアマト皇和国星海軍の一員ではあっても、俺の味方じゃないんだろ?」
ドーソンが敵意をチラ見せするような発言をすると、ウーロジの方も意固地になって言い返してきた。
『そちらがその気であるのなら、戦闘で撃沈して――』
ウーロジの発言が終わる前に、≪雀鷹≫の主砲が放たれて、重巡艦≪てんぱらす≫の横を荷電重粒子の光が通過した。
警告なしでの発砲に、怒り心頭だったウーロジの血の気が引き、顔色が赤から青へと変化した。
そこにドーソンが脅しを入れた。
「言っておくが、すでにそちらの艦は≪雀鷹≫の有効射程圏内だ。そして俺は、敵対者に容赦する気は一切ない。権力闘争だの派閥争いだののために、無用に足を引っ張ってくる馬鹿な輩にもだ」
ドーソンが冷たく言い放つと、オイネから警告文が送られてきた。
『他の2隻の砲塔が動き、こちらに照準しています』
ドーソンは視線の動きでオイネに了解と返すと、相対する3隻と戦闘になってもいいように心構えと戦闘準備を密かに行っていく。
しかし表向きはそうとは知られないように振舞う。
「さて、こちらのスタンスは理解してくれただろう。それでも、馬鹿な命令を続ける気でいるのか?」
ドーソンが返答を求める。
すると、ウーロジは何かを言い返そうとして、しかし主砲で狙われていることを思い出した様子で、口を噤んでしまう。
黙ってしまったウーロジの代わりのように、ネイコジが微笑みと共に謝罪してきた。
『申し訳なかったわね。ここまでの状況を、ドーソン中尉は、ほぼ独力で成し遂げてきたんだもの。突如やってきた余所者が、手柄を寄こせと言ってきたら、不愉快に思っても仕方がないわよね』
「……ご理解いただけたようで。それで、発言を撤回する気はあるのか、ないのか?」
ドーソンが改めて返答を求めると、ネイコジは困った様子の微苦笑になる。
『指揮下に入れとは、もう言う気はないのだけれど、こちらはオリオン星腕に不案内です。ですので、ドーソン中尉の手助けを欲したいところではあるのよ』
「そちらが活躍する場を、俺が整えろと?」
『そこまでは言わないわ。でも、同じ星腕に生まれた誼で、助けては貰えないかしら』
善意を期待している口調に、ドーソンはここら辺が落としどころだと感じていた。しかし同時に、ここで甘い顔をして要求を聞き入れたら、後に付け入られることになりかねないとも感じていた。
「さっきも言ったが、俺と俺が率いる艦隊は作戦行動に入っている。そちらが俺の下にはいるのであれば、歓迎するが?」
『魅力的なお誘いだけれど、やっぱり中尉の下に佐官が入るのは、無理があると思うのよ』
「なら、俺の手助けではなく、別の人物に助けを求めた方がいいな。おあつらえ向きに、准将殿が≪チキンボール≫にはいるからな」
中尉の下がいやなら、准将の下に入れという、ドーソンの提案。
ネイコジは、素直には頷かなかった。
『功績を打ち立てたのは、ドーソン中尉だと聞いています。貴方の手助けの方が、ありがたいのだけれど』
「作戦行動中だと言っているだろ。忙しいんだ。作戦が終わった後でなら提案をしてやってもいい。それまではゴウド――准将の下に入るか、さもなきゃ自分たちで考えて活動することだ」
ドーソンの冷たい突き放しに、ネイコジはとうとう折れた。
『まずはゴウド・ムジコ准将と面会することにしましょう。拠点はあるのだから、その中で休ませてもらいましょう。ドーソン中尉、構いませんよね?』
「俺は許しを与える立場じゃない。勝手にすれば良い」
『それもそうね。ではドーソン中尉、また後ほどお話をしましょうね』
ネイコジが通信を切ると、続けてウーロジも切った。そして2人の乗艦である2隻の重巡艦が、≪チキンボール≫へと進出していく。
ドーソンは重巡艦の主砲が≪雀鷹≫に向いていないことを確認した後で、通信が繋がったままのジンク・ジーケン中佐に目を向ける。
「あの2人に言ったことを、再び言う必要があるのか?」
ドーソンが不遜な態度で問いかけると、横の首振りと共に返事が返ってきた。
『先ほど貴殿は言ったな。そちらの指揮下に入るのなら歓迎すると。相違ないか?』
「間違いない。それで、入る気なのか?」
『ああ。もともと、あちらの2人とは、このオリオン星腕に来た際に袂を分かつ気でいた。こちらは貴族派を毛嫌いする、現場派の人間なのでな』
現場派とは、爵位も名乗れない低級貴族や一般民出身者が中心の、実務経験と実績のみを信じる実力主義の軍人の集いのこと。
そして実力主義の集いだけあって、実力もなく威張る貴族が大っ嫌いという特徴を持つ。
ドーソンも、経歴や性格の分類的に、この派閥となる。入った覚えはないけれどもだ。
「入りたいというのなら受け入れるが、本当に良いのか?」
『構わない。というより、後方作戦室からの要望でもある』
「要望とは?」
『ドーソン特務中尉の働きぶりを、確認してきて欲しい。それと、士官学校を卒業したての新米を、ドーソン特務中尉の2匹目のドジョウに仕立て上げろともな』
ジンクが画面外へと手招きすると、誰かが画面の内側へと入ってきた。
その人物は、真新しい士官の制服を着た、緊張した面持ちの初々しい女性。明らかに士官学校をつい先ほど卒業したといった風体で、ドーソンへと敬礼して見せる。
『ドーソン先輩――いえ、特務中尉殿! マコト・モモナ少尉です!』
ドーソンはその女性少尉の顔を見て、どこかで見たと感じた。記憶を掘り起こしてみて、思い出した。
「ああ。士官学校で平民で無能だと、貴族たちにイジメられていたな。それで俺がやり返し方を教えたっけか」
『はい。その節は大変にお世話になりました!』
「別に礼を言われるほどのことじゃない。ただ勉強のやり方を教えて、『成績で殴れ』と助言しただけだしな」
『先輩が味方をしてくれたことで、あのときどれだけ救われたか、百万言を費やしても言い切れませんよ!』
変に好かれていることに、ドーソンは『そこまでのことをしてないが』と疑問に思ってしまう。
しかし、昔に見知った相手がいるということは都合が良かった。
「それで、マコト少尉を紹介してくれたということは、彼女を俺との繋ぎに使うきでいるわけだな?」
『そうだ。士官学校を卒業したばかりの新米少尉の役割は、雑用係と決まっている。貴殿との連絡役は相応しい役目だ』
「生憎、俺は雑用をする前に、海賊船の船長になったからな。そっちの流儀には疎いんだ。任せる」
ドーソンは、ジンクが≪雀鷹≫の指揮下に入ることと、マコトの役割を受け入れたのだった。