87話 これからの方針
民間軍事会社を立ち上げるにあたり、解決しないといけない問題があった。
「会社の代表取締役社長を誰にするかだが」
その候補は、1つしかなかった。
「ジェネラル・カーネル。やってくれるか?」
「順当だ。任されよう」
民間軍事会社と海賊は無関係という建前なので、ジェネラル・カーネルは社長と≪チキンボール≫の支配人は兼任できない。
となると、空いた支配人の席に座る人が必要になる。
新たな人工知能を据えてもいいが、≪チキンボール≫はアマト皇和国の出張拠点なので、その支配人はアマト皇和国のことを良く知る人材であるべき。
そうなると、候補は1人しかいない。
「ゴウド准将。≪チキンボール≫の支配人になって欲しい」
「な、なに? この私がか?」
唐突な話に、ゴウドは困惑していた。
「ああ。拠点の司令だった経験があるのなら、適任だろ?」
「飲食店区画での働きと、先ほどの拠点防衛戦での活躍があれば、海賊たちも無碍にはしない。やってみてくれないか」
ドーソンとジェネラル・カーネルの言葉に、ゴウドは気を良くした様子だ。
「ふふん。そうまで言われては、断れんな。よし、この私に任せておきたまえ。≪チキンボール≫を過不足なく運営してみせようではないか」
ゴウドが支配人請け負ってくれ、ジェネラル・カーネルは新会社の社長と決まった。
これでドーソンは、任務を達成するための段階を1つ進ませる決心をした。
ドーソンは≪雀鷹≫に戻ってくると、乗員の面々に今後の方針を伝えることにした。
「50隻の艦隊を連れて、SU宇宙軍を叩く。そして、その戦果を旗に掲げ、SU支配宙域の中に新たな反抗勢力を生み出す」
ドーソンの唐突な宣言に、キワカがおずおずと挙手する。
「あのー、ドーソン艦長。言うは簡単ですけど、そう簡単にできるものですか?」
「SU宇宙軍を叩くことは簡単にできる。海賊仕事の延長のようなものだから、活動実績もあるしな。反抗勢力の新設立については、希望的展望も含まれている。でもまあ、蜂起させる材料がないわけではない」
「材料とは?」
「SU政府と宇宙軍が、戦争や植民だとは表で言いながらも、真の目的は不要な人と古い艦を捨てるための行動だ。この事実を知れば、SU政府に不信感を抱く人が必ず出る。人間は誰しも、自分の命が大切だからな」
虚飾の裏の真実を知れば、殺されてはたまらないと、政府に不要と判断されそうな人たちは騒ぎだす。
その騒ぎを治めるには、方法は2つ。
棄民政策を止めるか、騒いだ人を弾圧するか。
棄民を止めるということは、SU政府がアマト星腕への入植を止めるということに繋がる。なにせアマト星腕は、今まで人の捨て先だったのだ。仮に本当に移民として送り込もうとしたところで、送られる側は『捨てられる』という意識が生まれてしまう。そうなれば、再び騒動が起こることになり、棄民を止めた意味がなくなってしまう。
弾圧の場合は、更なる騒動の引き金に繋げられる。弾圧するということは真実なのだと触れ回り、SU政府に不満を持つものを集めて組織し、新たな抵抗組織として纏め上げる。その抵抗組織と海賊とで連携させるもよし、SUから独立を狙う企業や星系の援助を受けるもよし。使いようはいくらでもある。そして反抗組織が乱立できれば、SU政府は足元を固めるために奔走しなければならず、そして抵抗勢力との戦いで人が減れば棄民する理由がなくなるため、アマト星腕への関心を薄れさせることになるだろう。
つまるところ、このどちらに進んでも、ドーソンの任務に有益となる。
そのどちらかの未来に進むためには、SU宇宙軍と戦えるだけの力があることを示す必要がある。
SU政府が持つ戦力に対抗できないようなら、人々は反抗の声を上げても、我が身可愛さで声を顰めてしまうものだからだ。
「だからこそ、まずはSU宇宙軍と戦えるだけの戦力があることを示す。次に情報拡散を行うわけだ」
ドーソンの方針説明に、キワカは納得した。
しかしここで、オイネから待ったがかかった。
「ドーソンが狙う相手は、いまもTRと戦争中の、SU宇宙軍の艦隊ですよね。≪ハマノオンナ≫の海賊と、共闘する気でいますか?」
「企業から『キャリーシュ』を買い込めば、海賊船は撃破した艦艇の回収係にできる。使わない手はない」
「それはそうなんでしょうけれど、止めて置いたほうがいいですよ」
オイネが新たなモニターを空間に投影すると、ドーソンへ投げてきた。受け取って確認すると、≪ハマノオンナ≫の現状報告だった。
「何時の間に、こんな報告を?」
「≪ハマノオンナ≫で活動していた時期に、ちょこっと細工をしておいたんです。あちらの大まかな情報を手に入れられるようにです」
ドーソンはオイネからの報告書を読み下して、眉を寄せてしまう。
「酷いな。≪ハマノオンナ≫が隠れている隕石宙域での安全は保たれているが、そこから一歩でも離れると、途端に海賊の撃破数が激増している」
「SU宇宙軍は、TRと睨み合いと小競り合いを続けながら、≪ハマノオンナ≫の戦力を確実に削っていっています。もともと戦争の発端が、SU宇宙軍が≪ハマノオンナ≫を駆逐するために艦隊を動かしたことですから、≪ハマノオンナ≫と海賊を執拗に狙うことは理に適ってますね」
「宙域を出た瞬間にモグラ叩きされているわけだから、下手に呼び寄せると被害だけが積み上がるだけなわけか」
「その通りです。なので、海賊を回収係に用いることは諦めて、SU宇宙軍の撃破だけを考えたほうが良いんじゃないかなーと思うわけです」
ドーソンがオイネの意見について熟考していると、コリィがおずおずと挙手する。
「コリィ。なにか意見があるのか?」
「か、海賊のことじゃなく、SUに不満のある、人についてで」
「SU宇宙軍を叩いてから作る気でいるが?」
「あ、あの、その、どうせなら、いま、SU宇宙軍にいる、不要だとされた人を捕まえて、活用しては、どうかなって」
コリィのたどたどしい説明を、ドーソンはかみ砕いて考える。
「TRとの戦争や海賊との戦いで、被害担当にされている連中は、SU政府に不要と判断された者の可能性が高い。その連中を生かしたまま捕まえて、SU政府の狙いを教える。そうすれば、こちらに寝返るに違いないってことか?」
「あ、あと、その人たちを、反抗勢力の旗頭にすれば、ご主人が前にでる、必要がないから」
「アマト皇和国の関与がバレるリスクを減らせるってわけか」
コリィの話を聞き、ドーソンは後ろ頭を掻く。
「良い意見だが、そうなると≪チキンボール≫を襲いに来た連中を残らず殲滅してしまったことは、拙かったな」
海賊の殲滅なんて汚れ仕事、任される艦隊はSU政府から不要と思われていた連中に違いなかった。
事前にその連中を利用する手を考え付いていれば、現時点で手間を1つ取り除くことが出来た。
「ま、過ぎてしまったことを考えても仕方がない」
ドーソンは溜息を吐くように独り言を零すと、オイネとコリィの意見を組み込んだ作戦を立てることにした。