86話 民間軍事会社
≪チキンボール≫の修復と、撃破したSU宇宙軍艦艇の修理。
≪チキンボール≫の防衛装置の増設が必要だったり、資材不足で未修理の艦艇が残っていたりはするものの、一応の区切りがついた。
そして、≪チキンボール≫と企業との関係に進展があった。
その進展報告を、ドーソンはジェネラル・カーネルから聞くことになった。
「≪チキンボール≫を、そのまま民間軍事会社化して、業務提携をしたいと?」
「海賊は犯罪者であり取引の相手にはできないが、民間軍事会社となるならば取引相手にできるとのことだ」
「それ自体は良い方弁だとは思うが、海賊たちが従うか? 改造船で商船を襲うことを生業に選んだ者たちだぞ」
「会社化し、その従業員になるのであれば、給料は弾むのだそうだ」
「逆に拒否するなら?」
「会社化しないのであれば、今までのような支援はできないと。自前の製造会社で艦艇を作り、子会社の民間軍事会社を立ち上げ、≪チキンボール≫は放置すると」
「向こうがそうできるのなら、最初からやれば良いだろ」
「出来ても、費用が多くかかる。同じ効果を得るなら安く済ませたいのが、企業側の考えなのだそうだ」
「一から会社を作り上げるより、ある場所から借りた方が安いってわけか。子会社となれば雇う人間に保証もしなきゃいけないが、他会社との提携なら保証責任は負わなくていいわけだしな」
ドーソンは企業の考えを理解した。
ここで、≪チキンボール≫の今後の話をするのなら自分の参加は必須だと言い募って同席している、ゴウド・ムジコ准将が疑問顔で喋り始めた。
「何を考える必要がある。民間軍事会社にしてしまえば良いではないか」
ゴウドの考えなしの言葉に、ドーソンだけでなくジェネラル・カーネルも呆れ顔になる。
「普通なら、話を受けても良いんだけどな」
「≪チキンボール≫が、真に海賊拠点であればだ」
2人の説明にも、ゴウドはピンと来ない様子。
それならと、ドーソンが代表して詳しい説明をすることにした。
「いま≪チキンボール≫は表向き海賊拠点のままだが、秘密裡にアマト皇和国の出張拠点になっている。これは分かっているな?」
「もちろんだとも。その程度のことは分かっているとも」
「じゃあ、民間軍事会社化して例の企業と提携した場合、任務に支障がでることはわかるか?」
「任務に支障?」
ゴウドが理解て来ていない点がわかり、ドーソンは更に説明していく。
「俺たちの任務は、SU政府を含めたSU支配宙域の勢力がアマト星腕へ永劫に来ないようにすることだ。そのため、俺たちの自由に戦力が動かせるほうが望ましい」
「それはそうだろう。なにか画期的な方策を見つけても、動かせる駒がなければ実現できんからな」
「その自由にできる戦力が、≪チキンボール≫を軍事会社化すると制限されてしまう。会社になるからには、どのぐらいの金をどこに投下したのか、物資の使用は適切だったのか、雇っている人員はどれほどあるかを、明確にする必要が出てくる。会社になるからには帳簿をつけないといけないだろうからな」
「なるほど、手の内の戦力を大っぴらにしなければならず、使途不明金や物資などあった場合には突っ込まれる余地がでるわけだな」
「そんな状態になってしまっては、アマト皇和国の星海軍の秘密任務が、帳簿や物資の動きでバレかねない。そして俺たちの存在がバレれば、アマト星腕が危険になる可能性が高くなる」
「存在がバレただけでかね?」
「SU政府がアマト星腕を人員と廃棄品の処分場にしているのは、アマト星腕が入植者が死に絶えるような不毛の星腕だと勘違いしているからだ。しかし、既にアマト星腕には人が暮らしていて、ある程度の星系が開発済みだと知られてみろ。奪いに戦力を出してくるぞ」
「人と物を捨てているのは、オリオン星腕に余裕がないため。新たな入植可能な場所が見つかれば、その余剰人員と物資を投入して、新たな支配地を得ようとする。そして新たな入植地という資源を前にすれば、企業がSU政府と袂を分かったままにしておく理由がないわけか」
「企業がSUから独立したがったのは、政府に税金を払いたくなくなったからだ。しかし元を辿れば、オリオン星腕に開発の余地がなくなって経済的な硬直が見えてきて、新たな商機が得にくくなったため、確保してある利権を保持し続けたいという理由からだ」
「経済的な伸びを期待できなくなると、政府はいま掛けてある税の率を上げて税収を増やそうとするだろう。しかしそうされては、企業の儲けが減ってしまう。そんな時代が来る前に、独立という一手で儲けを確保しておこうというわけか」
以上の理由があるため、SU政府だけでなく企業にもアマト星腕の存在を知られることは防ぎたい。
しかしその秘密が漏れる危険性が、≪チキンボール≫の民間軍事会社化するとあるわけだった。
「企業の申し出を断ることが、一番楽な解決方法ではあるんだが」
「海賊であれば拒否する理由の少ない提案を蹴った場合、企業側が理由を怪しんでくることになるだろうな」
ドーソンとジェネラル・カーネルの意見は一致していた。
そしてゴウドは、なにやら拙い事態ではないかとは理解していた。
「ど、どうするのかね。アマト皇和国のことがバレず、しかし企業にも良い顔をする、そんな妙案があるのかね?」
ドーソンには、その方法に考えがなくはなかった。妙案というよりかは、詭弁という類の方法ではあったが。
「民間軍事会社は立ち上げる。ただし≪チキンボール≫にではなく、企業が用意する別の場所でだ。そして≪チキンボール≫は以前と変わりなく海賊拠点のままにし、その軍事会社に艦艇や人員を送る役目を新たに追うことにする」
「ややこしくなったのは分かるが、何が変わるのかね?」
「簡単に言えば、企業と≪チキンボール≫との間に軍事会社を挟むことで、企業が直接≪チキンボール≫の内情を知る術を断てるんだ」
企業は業務提携するからにはと、軍事会社の帳簿や人員と資金の流れを探るだろう。
しかしアマト皇和国の勢力が入り込んでいるのは≪チキンボール≫だけであり、海賊はアマト皇和国とは無関係だ。
だから無関係の海賊を軍事会社に送ると、企業は海賊が主体となっている軍事会社の動向しか知ることはできなくなる。
もちろん≪チキンボール≫軍事会社の社員の出向元であるため、査察の目が向けられることはあるだろう。
しかし海賊と企業とは、表向きは、関係を持っていないことになっている。
だから企業から要請があっても、海賊には関係のない事と言い逃れることが可能だ。
「会社を間に挟んだ報復で、企業から≪チキンボール≫への支援が絞られるかもしれないが、支援先は企業だけじゃない。TRに援助を頼むという方法もあるし、海賊の繋がりから融通するという手もある。そうして支援の締め付けが効果的でないと分かれば、企業は支援を再開させたりで≪チキンボール≫との関係改善に動くだろう」
≪チキンボール≫と仲違いしたままでは、海賊が出向する民間軍事会社との提携にも支障が出てくる。
企業は民間軍事会社を戦力にしたいのだから、支障を持ったままではいたくないはず。
だから時間はかかるかもしれないが、企業と≪チキンボール≫の関係は一時的に拗れても元に戻ることは既定路線でしかない。
「まあ企業は有能だろうからな。民間軍事会社を立ち上げて間に挟んだのを見れば、こっちが隠し事をしていることは推察するだろう。そして推察したところで、なにも気づいていないふりで済ませるだろうな」
「どうしてかね?」
「一時的な仲違いに終わる結果になると分かっているのなら、こちらに探りを入れる行動は余計な労力でしかない。仲違いして有利になるのはSU政府だけで、企業は時間の浪費と海賊からの悪感情という、完全な損失を払うだけになるからな」
真っ当な判断ができるのなら、企業は争わずに黙認するはず。
そんなドーソンの予想は、ジェネラル・カーネルも指示するところ。
そして実際に新たな軍事会社を≪チキンボール≫とは別の場所に作ると打診したら、企業は『了解しました。つきましては――』と業務提携の内容に直ぐに進み、苦情や恨み言の一つもなかったのだった。