閑話 卒業
アカツキ・スメラギ少尉が大戦艦≪奥穂高≫に来て、明日でちょうど1年が経過する。
この前日から、大戦艦≪奥穂高≫は宇宙ステーション『ワゴヤマ』に寄港し、乗員には上陸休暇が認められていた。
ただし、この休暇から外されている者も存在した。
その者とは、アカツキ、≪奥穂高≫のアルマ少将、リンゲ准将だ。
≪奥穂高≫の乗員が、この3人が艦長室に居る姿を見たら、またアカツキがアルマたちに意地悪をされているのかと危惧したことだろう。
しかし今回に限っては、役職上の都合で3人は休暇を取るわけにはいかなかっただけだった。
その都合とは、アカツキへの辞令の発布である。
アカツキが≪奥穂高≫に来て1年が経過する。
それはつまり、士官学校から新たな卒業生が現れ、その内の成績優秀者1名を≪奥穂高≫にて、艦長候補生として受け入れるということ。
同時にアカツキは、艦長候補生の枠を空けるために、任務が解かれるということでもあった。
「アカツキ・スメラギ少尉。貴殿は1年間、艦長候補生として、この大戦艦≪奥穂高≫で規定の教育を完了したことを、この私――当艦の艦長たるササク・アルマ少将が認定する」
「教育完了の見届け人として、私――クイチ・リンゲ准将が証明します」
2人の言葉に、アカツキは深々と一礼する。
「御両人、及び≪奥穂高≫に勤務される方々のご鞭撻あって、今日までどうにか務めることが出来ました。この1年の経験を元に、より良い艦長になるため、別の場所においても粉骨砕身する所存です」
アカツキが優等生の返礼の言葉を告げたところで、アルマ少将の態度が普段のものに戻った。
「はいはい、頑張れよ。そんでお前さんの次の任務なんだが……」
アルマ少将は言葉を濁すと、アマト皇和国が辞令を出すときの伝統の、紙製の命令書を手にして顔を顰める。
意外な仕草に、アカツキは興味を抱いた。
「悪い辞令なのでしょうか?」
「悪いと予想しておいて、どうしてそう嬉しそうなんだよ」
「悪い状況をひっくり返すと、より良い評価が手に入ることは、僕の友人が証明しているからです」
「友人――ああ、士官学校を卒業して1年も経たずに中尉になった、例の奴の事か」
アルマ少将は苦笑いすると、そんなに楽しみならと、命令書を手渡した。
アカツキは紙に書かれている内容を見て、目を丸くし、続けて眉を寄せる。
「駆逐艦の艦長になることと、中尉への昇進ですか……」
「不満そうだな?」
「大戦艦で艦長候補生として働いた後に、駆逐艦の艦長に任命される事例は珍しくはありますけど、存在します。でも、候補生明けで中尉に昇進という事例は」
「前代未聞だって?」
「はい。手柄を1つも上げていませんし、年功序列にしてもようやく2年目の士官が中尉だなんて」
アカツキが言葉を濁しているのは、この艦長就任と中尉への昇進の理由に気付いているから。
その理由を、アルマ少将はズバリと突いてくる。
「士官学校主席であり、今生皇の息子が、同期の次席で孤児出身の後塵を拝し続けるのは如何なものか、って理由だろう。どうせな」
ドーソン・イーダ。士官学校卒業後、どこで何をしているのか情報はない。しかし昇進降格を伝える官報誌において、片隅に小さく中尉への昇進が記されていた。
孤児で後ろ盾のないドーソンだからこそ、同期の誰よりも早く中尉になったことは、昇進させざるを得ない功績を上げたという証明だった。
アカツキは友人のドーソンの活躍を素直に嬉しがり、そして自分への発奮材料として用いていた。
しかしここで、ドーソンの活躍のお陰で、何もしていないアカツキ自身が昇進させられる。
このことに、アカツキは怒りと悔しさを抱く。貴族派閥の見栄からの釣り合いに自分の身を使われることへの怒りと、そんな貴族の働きがなければ昇進できない自分の不甲斐なさへの悔しさを。
そんなアカツキの内心を悟ったのか、アルマ少将は何時ものニヤケ面を披露した。
「そんな不満そうにするんじゃねえよ。艦長職と上の階級をくれるっていうのなら、素直に貰っておけばいい」
「でも、理由がこんな!」
アカツキの青い感情からの反論の言葉に、アルマ少将のニヤケ度が増す。
「思い違いをするんじゃねえ。理由がどうあれ、お前さんに中尉になれる実力があると思われているからこそ、そうして辞令が出ているんだ。中尉の仕事を努められない無能を昇進させたんじゃ、推薦した貴族共の面目が潰れるからな」
「そうですよ、アカツキ少尉。それに役職というものは、任じられた後で身の丈を合わせていくものです。渡される理由に不満があったとしても、渡された後に功績を打ち立てれば何も問題はありませんよ」
ルマ少将とリンゲ准将の言葉に、アカツキはあらぶっていた自身の心を落ち着かせた。
「御二人の仰られた通り、後から昇進に足る功績を上げるだけです。駆逐艦の艦長になれば、手柄の上げ方はいくらでもありますから」
アカツキのやる気スイッチを変に押してしまったことに、アルマ少将とリンゲ准将は思わず顔を見合わせる。どちらの顔も、アカツキがなにやら仕出かすんじゃないかと危惧しているものだった。
しかしアルマ少将は、その仕出かしを期待する表情に直ぐに変わった。
「そういうことだ。ま、駆逐艦の艦長となれば、部下がつくからな。そいつらと仲良くやれや」
「部下、ですか?」
思いもよらない言葉だと言いたげなアカツキに、アルマ少将は呆れ顔を返す。
「当然だろ。新米艦長には、新米の2等兵とベテランの下士官が最低でも付けられるのが慣例だからな。あと、お前さんが乗る駆逐艦の配置は、熟練艦長がいる艦の下に付けられるか、掃宙艇を配下に付けられるかだ。例のお友達と釣り合いを考えるのなら、掃宙艇の方が可能性が高いかもな」
アルマ少将の説明に、アカツキは頷いて聞いていたが、ある部分を聞いて食いついた。
「アルマ艦長は、いまドーソンが何をしているのか知っているんですか?」
「あー……」
アルマ少将は余計なことを言ったことを自覚し、どこまで情報を開示するべきかを考える。
将官以上の階級者のみが教えられている、オリオン星腕での拠点確保や工作活動を教えるわけにはいかない。
しかしアカツキへ悪戯に情報を秘匿しては、折角のやる気を削ぐことになるかもしれない。
アルマ少将は考え、別段伝えても問題はなさそうな部分だけを教えることにした。
「例のお友達は、いま試作戦艦の艦長をやっているらしいぞ」
「戦艦の艦長!?」
「あくまで、試作のだ。じゃなきゃ、中尉が艦長なんて任じられないからな」
「それでも、戦艦ですよね!」
「それは間違いない。まあ試作品だからな。問題があって不意に自爆してしまっても、後ろ盾のない人間なら被害にあっても影響は少ないと考えたのかもな」
アルマ少将は勝手な推測を口にしたが、その部分はアカツキには聞こえていなかった。
「そうか。戦艦の艦長。やはりドーソンは、僕の最大の友人にして好敵手だ」
ふつふつとやる気を漲らせるアカツキに、アルマ少将は自身の企みが上手く行ったことを確信した。
その2人の様子を見て、リンゲ准将は頭痛を払うように頭を振ったのだった。