85話 後片づけ
SU宇宙軍の艦隊から≪チキンボール≫を守り抜いた。
その功績の中でも、敵艦隊の全てが破壊できたことに、ドーソンは喜んでいた。
「≪チキンボール≫の防衛兵器を全て駆使してしまった。この情報がSU宇宙軍に持って帰られたら、今後の防衛が大変になっていただろうしな」
ドーソンは安堵しながら、工兵ロボットたちに作業を命じていく。
艦隊によって開けられた穴を塞ぐこと。戦闘で破壊された通路とバリケードの撤去。破壊されたアンドロイドやロボットの回収に、敵兵の死体の運搬。
ドーソンも生き残っている味方艦隊を指揮し、SU宇宙軍の艦艇を≪チキンボール≫の港まで運ぶ作業を行う。
20隻ほどまで減った艦艇で、500隻もの破壊された敵の艦艇を運び入れるのは骨が折れる作業だ。
しかし幸いなことに、『キャリーシュ』という艦船を運搬できる品物がある。
この『キャリーシュ』を海賊船に使わせることで、少しだけ作業効率を上げることができた。
そうした後片付けをしていると、ジェネラル・カーネル宛てに≪チキンボール≫を支援している企業から祝電が送られてきた。
ドーソンはその内容を見て、口の端を上げる笑顔になる。
「どうやら企業は、SU政府から離脱して、独自の勢力になる決定をしたらしいぞ」
ドーソンの言葉に、オイネ、コリィ、ヒトカネは当然という顔をして、ベーラとキワカは疑問顔になる。
「企業って、≪チキンボール≫の位置情報をSU側に渡したんでしょ~。なのにどうして独立するわけ~?」
「そうですよ。独立する気なら、≪チキンボール≫の海賊は必要でしょう。どうして悪感情を招くような真似を?」
2人の疑問は最もだが、ドーソンは企業の考えも理解できた。
「所詮、海賊はゴロツキの集まりだ。軍の兵士と比べたら信用度は低い。独立する際の戦力の充てにするなら、最低でも≪チキンボール≫という拠点で戦ったら勝てるぐらいの力量が欲しい。そう考えても仕方がない」
「その力量があるか調べるために、わざと情報を渡したわけ~?」
「そんな勝手な理由で生き死にの戦場に立たされたら、海賊は怒るはずでは?」
「普通の海賊は、企業が≪チキンボール≫を支援していることは知らない。基本的にジェネラル・カーネルとしか企業は連絡を取らないからな。つまるところ、海賊が怒りの矛先を向けるのは、実際に戦ったSU宇宙軍ということになる」
その怒りを示す証拠が、ドーソンにはある。
ドーソンは工兵ロボットが出してきた作業報告の中から、一枚の写真を選んでベーラとキワカに転送する。
その写真には、SU宇宙軍の兵士の死体で的当てをする海賊たちの姿があった。
「うげ~。ドーソン様、やめてよ~」
「な、なんで、こんな事」
「ベーラは兎も角として、キワカは教わらなかったか? 兵士として訓練を受けていない人間が、戦場の熱気にあてられたら、こうなるもんだとな」
死の恐怖からの開放は、人間の理性のタガを容易く外す。
特に敵だった者に対する行動は苛烈になりがちだ。地球の中だけで人間が暮らしていた頃から、捕虜虐待や占領民の虐殺など、例は大量にある。
そうした無益な暴力を行わせないためにも、兵士には戦場での作法を教育する。敵だった兵士を人間として扱うだけで後の世で良い評価が得られると、歴史で学んで。
しかし海賊たちは、そんな教育を受けていない。
それどころか、海賊は商船を襲う犯罪者集団だ。TRの私掠免状を手に活動していても、それは変わらない。
犯罪者に人道を尊べと言っても聞くはずはない。
「一応言っておくが、≪チキンボール≫の海賊は、まだお行儀が良い部類だ。これが他の場所――俺が知っている≪ハマノオンナ≫だと、もっと悲惨なことに使われていただろうな」
ドーソンの意見に、オイネも同意する。
「そうですね。あちらなら、あえて生かしたまま拷問したりする者もいるでしょうね。もしくは、生きたまま食べたりしていたかも?」
オイネの言葉は半ば冗談だったが、そうと知らない他の面々は顔色を青くする。
特にキワカは、信じられないと表情が語っていた。
「なんですか。オリオン星腕の海賊って、未開の蛮族に先祖返りでもしてるんですか」
「否定がし辛いな。≪ハマノオンナ≫では、廃人になるような薬物が当たり前のように流通していたからな」
「飲食店によっては、禁止薬物を隠し味に使っている場所もありましたね」
ドーソンとオイネの説明に、キワカは「なんて場所だ」と頭を抱える。
ドーソンはキワカの様子を見て、自分も当初はこんな感じだったなと感慨深くなった。
≪チキンボール≫での後片付けでは、大穴を塞ぐことと防衛兵器の修理を最優先した。
その両方の作業が終わると、従事していた工兵ロボットたちを、そのままSU宇宙軍の艦艇の修復へと回した。
ドーソンが預かる艦艇の数が20隻近くまで減っていたため、その補充を急がなければいけなかった。
「敵が500隻も持ってきた艦艇が、使える部分だけ抜き出して修理すると、100隻まで減ってしまうのか」
「駆逐艦以下の艦艇は、≪チキンボール≫の防衛兵器でズタボロです。部品取り以外には使えません」
「逆を返せば、巡宙艦以上の艦艇が100隻も手に入る。そう考えると悪くはないな」
残存する20隻と合わせれば120隻――2単位の増強大隊と同じ戦力。
乗組員を人工知能にしなければ運用する人員が確保できないという制約を考えても、それなりの戦力と言える。
「≪チキンボール≫と例の企業の支配宙域を守るだけなら、十二分な戦力と言えなくもないな」
「この戦力と≪チキンボール≫を背景に、企業はSUに強気に出る気でしょうね」
「それはどうかな。企業の言い分はきっと『SU宇宙軍の治安維持能力に疑念があるから、自前の戦力を整えさせてもらう』と『自前の戦力を持って宙域の治安を維持するため、SU政府への税金の支払いを取りやめる』の2本立てのはずだ。TRのように、SU政府と真正面から喧嘩する気はないと思うぞ」
「じゃあ企業は、独立してもSU政府側に立つわけですか?」
「企業は商人の集まりだ。そして商人らしく、中立の立場から、SUとTRと取り引きする気でいるんだろう。そっちの方が儲かるからな」
「SUとしては、積極的に敵対してこないなら大目に見よう。TRとしては、SUから独立する仲間が出来て万々歳。ということですね」
「中々に良い手ではあるな。ただし、中立で居続ける舵取りが滅茶苦茶に難しいという点を除けばだ」
下手に片方に肩入れすれば、それを理由にもう片方から攻められることになる。
かといって両方に良い顔をし続けると、それはそれでSUとTRが一時的に結託して企業の財産や宙域を分け合おうとする可能性が出てくる。
つまり企業は、SUとTRと良い関係と良い距離を保ちながら、両方に恨まれない程度に利益を上げる必要がある。
その手間を考えると、ドーソンは企業に属する気にはとてもなれなかった。
「常に綱渡りを迫られることになる。考え込んでハゲるか、心労から胃潰瘍になるかの未来しかない」
「企業の人からすると、そういった極限状況で稼げてこそなんでしょうけど」
ドーソンとオイネは共に、その考えが理解できないと首を横に振った。
「ともあれ、これで≪チキンボール≫と企業の宙域は、SUから独立した。SUの支配宙域が削れたことは喜ばしいと言える」
「この宙域が独立しても、SUがアマト星腕へ進出してくることを止める手助けには、なりそうにありませんけどね」
「それは分かっているさ。あくまで、今回の結果は、任務達成の前段階でしかない」
ドーソンは期待していた。≪チキンボール≫と企業がSUから独立したのを知って、他の宙域でも独立しようという機運が高まるんじゃないかと。
そして、その機運の高まりに、その宙域に根付く企業が乗っかるのではないかと。
なにせ成功例があるのだ。目ざとい者なら、2匹目のどじょうを狙わない手うはずだ。
そしてその他の宙域でも独立騒ぎが起こったのなら、SUは独立を止めさせるよう動くだろう。
それこそ、不要人員と不要艦艇の投棄先としてアマト星腕へ向けていた目を、改めて自分たちの足元へと向けざるを得ないほどに。
「独立騒ぎが起きにくいようなら、俺たちが火を付けて回ってもいいんだしな」
ドーソンは独り言を呟きつつ、改めて≪チキンボール≫の各部署の働きぶりの確認に戻っていった。