84話 鎮圧
SU宇宙軍の面々は、艦艇を乗り捨ててでも≪チキンボール≫を制圧しようと試みているが、時間が経つに従って生存者が減っていっている。
数万もの人員を投入しての行動なのに、どうしてなのか。
それは≪チキンボール≫の内部での戦闘が、基本的にバリケードが作られた通路上で行われているからだ。
≪チキンボール≫通路は、人が楽にすれ違えるほど広い造りになっている。
しかし広いと言っても、5人が横に並んで歩くので精一杯。
この程度の広さの通路では、人員を広く展開することは不可能。
SU宇宙軍の側に数万もの戦闘要員がいたとしても、一度に通路上で銃火を交えることができるのは、最大でも50人。
曲がり角に隠れながらの射撃を行うのなら、せいぜい20人が戦えれば良いぐらい。
一度の戦闘で参加できる人数が決まっているのなら、分散進撃すれば良いと思いがちだが、≪チキンボール≫は衛星内部に作られた人工物。通路の数は限られているため、どうしても役割のない人員が出来てしまっている。
つまるところ、人数の多さを生かしきれていないのだ。
≪チキンボール≫側も、戦闘人数の制限は同じではある。
しかし、こちら側にはバリケードがある。敵の侵攻を止めつつ、銃撃の盾として使え、隠れながら一方的に銃撃できる防衛拠点。
動員できる数がSU宇宙軍側より少なくても、被害を減らしつつ敵を着実に撃ち倒すことができる。
そしてSU宇宙軍側からの攻撃でバリケードがボロボロになってきたら、最低限の殿を残して次のバリケードまで撤退し、そこでも抗戦することが可能。
要するに、人数制限と防衛拠点をフル活用して、撃退対被撃退比率を稼ぐことを可能としていた。
これらの差から、徐々にSU宇宙軍は数を減らしていった。
≪チキンボール≫の通路上に、SU宇宙軍のアンドロイドと兵士の死体が転がり、その数が増えていく。
一方でドーソンや海賊側の被害は、人間の退避を最優先にしていることもあり、殆どが戦闘用アンドロイドや工兵ロボットたち。
片や人間の被害が目に見える形で残り、片や人間の被害がない。
この光景の差が、さらにSU宇宙軍の側に影響していく。
『ダメだ。このまま戦っても、死ぬだけだ』
SU宇宙軍の兵士の誰かが、手にある突撃銃タイプの光線銃を抱えて弱音を吐く。
この兵士だけじゃない。
他の場所でも、SU宇宙軍の少なくない人員から、戦いに対して悲観的な声が上がっている。
如実に士気が下がっている。
『もう我らに帰る艦艇はない。この海賊拠点を制圧するしか、生き残る道はない!』
そう部隊指揮官が発破をかけるが、部下の反応は鈍い。
むしろ、生きる道が他にないと知ったことで、自暴自棄を招いてしまっていた。
『いやだ。もう嫌だ!』
とうとう兵士の1人が、光線銃を放り出して逃げ出した。逃げる当てなどないはずなのに、一目散に≪チキンボール≫の内外を繋げている大穴へと向かって走っている。
また別の場所では、破れかぶれにバリケードへ突撃を行い、集中砲火で殺される。
発狂して仲間に銃を向けて発砲し、反撃で粛清される。両手と白旗を上げてバリケードへと進み出て、海賊が投降を拒否して撃ち殺す。通路の隅に座り込み、震えるだけで動かなくなる。些細なことから兵士同士で殴り合う。などなど。
そんな指揮系統の崩壊の兆しを、監視カメラからの映像と集音マイクの音声でドーソンは観測していた。
「もうそろそろ、押し込んでも良さそうだな」
ドーソンはエイダに命令を出す。バリケードから進出して、敵を追い詰めろと。
『了解であります。全員、進軍でありますよ! 敵を駆逐するであります!』
エイダは配下を伴って、バリケードを乗り越えて銃撃を行う。
まさかバリケードから出てくるとは思っていなかったのか、SU宇宙軍の対応が遅い。あっという間に先頭が撃ち殺され、慌てて後続が銃器を構えるが、そちらも直ぐに銃火の餌食となる。
仲間が殺されて腰砕けになる者が下がろうとするが、更に後続が事態が飲み込めていないため逃げようとする仲間を押し止めようとする。
そうして部隊行動が停滞したところに、エイダの携行式熱線投射砲が光を放った。
通路の幅の半分を飲み込む太い光は、SU宇宙軍の兵士たちを飲み込み、通路の壁に当たって大穴を空ける。
光が通り抜けた直線状には、光が当たった部分が消失した、兵士やアンドロイドの姿が転がった。
「ひ、ひいぃぃ!」
一度に大勢の仲間が死んでしまった光景を前に、生き残った兵士たちが背を向けて逃げようとする。
その逃走を、エイダとその配下は許さなかった。
『はっはっはー! どこに行くであります?』
エイダは回転銃身式光線銃に武器を持ち変えると、大量の光線で兵士たちを薙ぎ払っていく。
配下の戦闘用アンドロイドと工兵ロボットも、それぞれの武器で兵士たちの背中に銃撃を与える。
バタバタと兵士たちが通路に倒れ伏していく。
倒れた兵士から銃とエネルギーパックを、工兵ロボットが拾い集めて装填し、戦闘用アンドロイドへと手渡す。戦闘用アンドロイドは自前の武器と渡された武器との二丁持ちで、敵兵士の排除を行う。
エイダたちが逃げる兵士の背中を追っていくと、別のSU宇宙軍の兵士たちの部隊が通路の先に見えてきた。
『た、助けてくれ!』
『なんだ!?』
『クソったれが! 敵を連れてきやがって!』
別部隊の兵士たちが急いで構えようとするが、既にエイダの射程距離内。回転銃身式光線銃のシャワーのような光線が、新たな敵を餌食にした。
仲間を殺されて狼狽えている兵士たちの足元に、転がり入ってくるものが多数ある。
それは工兵ロボットが、先ほど倒した兵士たちから回収した手榴弾、その全てを投擲したものだった。
『フラグ――』
兵士の誰かが警告を発しようとして、手榴弾が一斉に起爆した。爆薬の威力と飛び散る破片で、多くの兵士たちたズタボロになる。
火薬の煙と血煙とで曇る通路を、エイダと配下たちが持つ光線銃からの光が切り裂く。
さらに兵士がバタバタと倒れていき、やがて戦意を失った者が逃げだす。仲間がいるはずの方向へと、まるでエイダたちを案内するかのように。
前方をバリケードに抑えられ、そして後ろからはエイダが率いる部隊に攻められて、次々とSU宇宙軍の部隊が壊滅していく。
ドーソンが見ているモニター上の地図にも、敵を表す赤い光点が続々と消えていく。
そして敵部隊が減れば、≪チキンボール≫の側の追撃に出せる部隊も増えていく。
加速度的に敵の排除が進み始め、やがてSU宇宙軍の部隊は1つを残すだけとなった。
「これはもう、勝負ありだ」
艦艇を失い、白兵戦で大量の仲間を失っては、ここからSU宇宙軍が盛り返す方法はない。
少なくとも、ドーソンには思いつかなかった。
ドーソンは≪チキンボール≫内部の戦いから目を離すと、≪雀鷹≫の乗員に確認を行うことにした。
「キワカ。新たな敵艦艇の姿は、レーダーにあるか?」
「ありません。念のため、海賊に周辺宙域を偵察してもらってますけど、発見報告や撃墜された様子はないです」
「オイネ。敵艦の追加の情報はあるか?」
「ジェネラル・カーネルを通して、企業に情報提供を呼び掛け、SU宇宙軍の追加はないとの見通しだそうですよ」
「他に、なにか怪しい状況に気づいた者は?」
ベーラもコリィもヒトカネも、気になることはないと首を横に振る。
ドーソンも自分で一通りの情報を調べてみたが、≪チキンボール≫が危険になりそうな情報を掴むことはできなかった。
「それじゃあ、残る敵部隊を倒したら、これで今回の戦いは終わりと見て良いな」
「終わってみれば、こちら側の圧勝でしたね」
オイネの祝福の言葉に、ドーソンは消化できない気持ちと共に頭を掻く。
「圧勝か。そう言って差し支えない戦果だが、もう少し被害を出さずに済んだかもと、つい思ってしまうな」
今回の戦いで、ドーソンの側に人的被害はさほど出ていない。偵察に出して撃沈された海賊や、通路の防衛で運悪く撃ち殺された海賊だけ。
しかし物的被害となると、かなりのもの。まず50隻あった艦艇は半分に減り、多くの工兵ロボットや戦闘用アンドロイドが銃撃戦で破壊されている。バリケードに使った物資も、交戦の影響でボロボロなので、そのまま再利用することは難しい。
≪チキンボール≫の防衛兵器にしても、SU宇宙軍の艦艇からの砲撃による被害がある。宇宙魚雷も大量に消費したうえ、発射管の幾つかは至近で魚雷を爆発させた影響で使用不能になっている。SU宇宙軍の艦艇が空けた大穴もある。
ドーソンは、自身が持てる能力の全てを使って勝ったという自負はあるが、軽視できない被害を見ると、もっと良い状況で勝てたのではないかと考えてしまうのだ。
それでも、その考えが単なる自惚れだと悟れる知能が、ドーソンにはあった。
「終わったことを考えても仕方がない。≪チキンボール≫の修理に気を配るとしようか」
「SU宇宙軍に勝ったのですから、企業がどう態度を変えてくるかも気にしないといけませんよ」
ドーソンはオイネからの忠告を、「分かってる」と手をひらひらさせて返事する。そして、エイダから『戦闘終了。残存兵の掃討に移るであります』との通信文を見て、艦長席の背もたれに体重を預けて大きく息をしたのだった。