閑話 士官学校卒業生を歓迎す
大々的な乗り込みの儀式と、宇宙ステーションとアマト本星周囲を巡る観艦式を行った後、大戦艦≪奥穂高≫はSUが侵入してくる宙域へと超長距離跳躍へと入った。
各員が所定の行動を行う中、新米少尉となったアカツキ・スメラギは、艦長室へ出頭を命じられていた。
艦長室へ向かうと、扉は開け放たれていて、中に軍帽を被った艦長と副長の姿があった。
艦長は筋肉質かつ手足の長い美中年で、副長は神経質そうな目つきの痩せ型の中年だった。
アカツキは礼法に従って名乗りを上げ、艦長室へと入室することにした。
「アカツキ・スメラギ少尉です、入ります!」
ビシッと直立不動で立つアカツキへ、艦長が口を開く。
「よく来た、スメラギ少尉――悪いが、今後ははアカツキ少尉と言い換えても良いかな? 正直、君みたいな若造に『スメラギ』を名乗られることが、私には我慢できないのだ」
艦長とはいえ、かなり不躾な言い方だった。
家名を名乗るなということは、その家名に相応しい人物ではないということ。
これが平民であれば、どうということはないだろう。貶められて痛みを感じるほどの家名はないのだから。
しかし皇族や貴族は違う。皇族や貴族の彼ら彼女らは、自分の家名に誇りを持っている。綿々と家系を繋げてくれた先祖の努力の末に自分がいるのだと理解しているために。
だから、ここでアカツキは、お前は皇族に相応しくないと言われ、怒る場面だった。
しかしアカツキは怒気が欠片もない微笑みを浮かべた。
「艦長の思うままに。僕――自分は、この大戦艦に入ったばかりの新人です。自分から艦長へ許しを与えることなど、軍規上できるはずもないのですから」
「……それは良かった。では、アカツキ少尉。この戦艦に勤務するにあたり、君にあらかじめ言っておくことがある」
艦長が身振りすると、副長が代わりに口を開く。
「アカツキ少尉。君はこの艦で一番の新人です。君と同じ時期に乗り込んできた人員もいますが、その全ての人が他艦での乗艦経験を持っているので、本当の新人は君だけです。つまり、君はこの艦で一番のお荷物です。自覚はありますか?」
「はい。自分が未熟なことは、十二分に理解しています」
「……本当にそうですか? 言っておきますが、貴方が偉ぶれる相手は、例え下士官や一兵卒に至ってもいないという事ですよ。そして貴方を無条件に敬ってくれるひともまた、同じです。そのことを理解していますか?」
「理解しております! 自らの働きでもって、同艦の方々の信用を勝ち取るべきだと心して、この艦に入りましたので!」
アカツキの真っ直ぐな目での宣言に、艦長と副長はお互いに目を向け合う。そして二人して頷くと、軍帽を脱いでパタパタと仰ぎだした。
「なんだよ、もう。今上皇の子供で士官学校主席だっていうから、クソ生意気なガキが来ると張り切ったのによぉ。なんだよ、この心底からの優等生は。苦言の言い甲斐も、難癖のつけ甲斐もありゃしねえじゃねえか」
「ダメですよ、艦長。そんな問題児を期待していたような発言は。皇族貴族の子息でまともな方が来たことを喜ばないと」
「だってよぉ、悪い勘違いをしているクソガキをクソメタにぶっ潰して、その心根を入れ替えさせてやることが上官の楽しい勤めじゃねえか。それがなくなったんじゃ、嘆きたくもなるってもんだろ」
ざっくばらんな口調で言い合う二人に、アカツキは困り顔になっていた。
「あのー、艦長殿、副長殿。どういうことが推移しているのか、ご説明してはいただけるのでしょうか?」
「ん? おお、悪い悪い。そうさな、説明しなきゃだな」
艦長は咳払いを一つする。
「改めてだ。俺は大戦艦≪奥穂高≫の艦長、ササク・アルマ少将だ。そしてこちらが副長のチクイチ・リンゲ准将。まあ一介の少尉が合う機会は、この後はあまりないだろうが、覚えておいてくれや」
「アルマ艦長は豪放磊落な人物なので、口の悪さを気にしないように。それと艦長の真似も止めておきなさい」
「ひでえな、オイ。んで、説明な。まあ、あれだ。新米少尉に対する洗礼ってやつだな、これは」
アカツキが「洗礼?」と分かっていない反応なので、さらに説明を加えていく。
「昨今の士官学校では、家柄を笠に着る馬鹿が生き残ったまま出荷されてくる傾向が強かった。士官学校も設立してから長いからな。その長い時間で、貴族どもが徐々に賄賂で教師を骨抜きにしていたってのが、クソが出荷されてくる原因だったらしいのさ。これを問題視した上層部が、前の校長をクビにして、あの『麿』を据えたのがニ年前。未だに貴族どもの横槍が来るし、教師の入れ替えも終わってない――士官学校改革は途上ってわけだ。ってことは、今期の皇族貴族出身の新米少尉どももクソだろうから、その鼻っ柱を折っておこうってなったのさ。新米少尉を受け取る、全ての任地でな」
「つまるところ、私どもがアカツキ少尉にしたような、新米少尉自身や家柄を貶して反応を見て、身の程知らずの刎ねっ返りなら躾け直しを行う予定だったのですよ」
艦長と副長の告白に、アカツキは唖然とした後で、つい小さく笑いを漏らしてしまう。
「くはっ――失礼しました。弁明させていただくと、艦長と副長を笑ったわけではないのです」
「ほう。じゃあ、何に対して笑ったんだ?」
「刎ねっ返りと聞いて、つい友人の顔を思い出してしまったのです。そして、その友人が僕の立場だった場合、艦長と副長に噛みついてでも、自分の実力を証明しようとしただろうなと」
「そんな気骨のあるヤツがいるのか。ならアカツキじゃなくて、そいつが来てほしかったかもな。優等生を相手するよりかは、飽きなさそうだ」
「艦長、失礼ですよ」
「実際、友人は飽きない人物です。それこそ士官学校では、偉ぶるだけで実力のない輩は貴族であろうと教師であろうと許さないとばかりに、暴れ回ってましたから」
「そいつは、とんだ狂犬――とは違うか。噛みつく相手は、口だけの貴族と教師なだけなんだものな。じゃあ狼だ。そいつは、狼の生まれ変わりに違いない」
「そうですね。友人はまさに、一匹狼でした。それも、いつかは大きな群れを従えるだろうと予感させる、そんな立派な狼に見えました」
アカツキが感慨深い口調で語ると、アルマ艦長は良い事を思いついたとばかりに自身の口の端を釣り上げた。
「おい、そいつの名前はなんだ。それと任務地はどこだ。面白そうなやつだからな、引き抜けるものなら引き抜きたい」
アカツキは友人と同じ職場になれるかもという期待で、直ぐに友人の名前を明かす。
「彼の名前は、ドーソン・イーダ。勤務先は、たしか後方作戦室だったと思います」
「あん? 後方作戦室? そのドーソンとやら、卒業時の席次は?」
「僕に続いての次席です」
「はぁ? 次席で後方作戦室だぁ?! あの麿、ちゃんと仕事してんだろうな?」
「えっと、そんな風に言うほどの部署なのですか?」
「後方作戦室といやあ、前線に立たずに後方で指図だけしやがる腰抜けどもだ。そんな場所に、士官学校の次席なんて人材を送る意味が分からねえ」
アルマ艦長が苛立っていると、その耳元にリンゲ副長が口を寄せる。
「艦長、少し耳を――」
「あん? ふーん。そんな噂が。なるほど、後方作戦室の狸どもの考えそうなこったな。その噂が本当なら、あの麿はちゃんと働いたってことになるか」
話の筋が見えず、アカツキが混乱する。
そのアカツキに、アルマ艦長が先ほどまでの態度とは打って変わって投げ槍に言い放つ。
「一応引き抜きの打診はするが、来ない可能性が高い。期待するな」
「えっ、どうして――」
「つーかよ、アカツキ少尉。お前さんに、友人のことを気にする余裕はないぞ。お前さんに教育係の中尉をつける。この艦での過ごし方は、そいつに聞け。そして新米少尉らしく扱かれろ。そんで慣れろ。お荷物から脱却したら、今の質問に答えてやってもいいぜ」
アカツキは疑問を放ちかけた口を引き結ぶと、アルマ艦長へと挑むような目つきを返した。
「了解です。お約束、お忘れなきよう」
「お荷物の言葉は、艦長様の耳に入らねーなー。ま、頑張れや」
リンゲ副長がアカツキに次に行くべき場所を告げると、アカツキは一礼後に退室すると足早で移動していった。
その姿を見送った後で、リンゲ副長がアルマ艦長へと溜息交じりの声を向けた。
「アカツキ少尉の鼻面に友人の情報という餌を置くことは構いませんが、煽り過ぎには注意してくださいよ」
「分かってるよ。しかしまあ、まずは噂の裏取りからだな。本当に士官学校を卒業したばかりの小僧を、SUの宙域に単身で乗り込ませているのか、かなり気になるからな」
リンゲ副長は、どうしてこの艦長はこうも破天荒なのだろうと、心の中で嘆かずにはいられなかったのだった。