82話 決死
SU宇宙軍は≪チキンボール≫に取り付いたまでは良かったが、その後の動きが良くない。
ドーソンは敵艦艇を撃破しながら、自分ならどうやって≪チキンボール≫を考えていた。
「安全に勝つなら、時間をかけて遠距離攻撃で≪チキンボール≫の防衛兵器を破壊し尽くしてから内部へ侵攻する。急いで勝つのなら、港の位置を把握してから外との隔壁を集中攻撃で破壊して乗り込む。企みで勝つなら、部下の誰かを海賊にして潜入させるかな」
「ではドーソン。いま戦っている、SU宇宙軍の戦い方は何点ですか?」
オイネの問いかけに、ドーソンは顎に手を当てて考えてみる。
「艦隊を2つに分けて挟み撃ちにする作戦自体、評価が分かれるな。片方に目を引き付けてから、反対側から攻撃する。成功すれば相手に対処を迫らせることができるだろうが、失敗したらただの戦力分散でしかないからな」
「良い悪いも合算で、50点ってところですか?」
「その部分だけならな。相手の斥候に別動隊を発見された場合、俺ならすぐに作戦を破棄して、2つの艦隊を1つにまとめるよう動く。挟み撃ちの作戦は、1つが不意打ち気味に参戦しないと効果が薄いからな」
「その部分を減点して、40点ですね」
「問題はまだある。立てた作戦に拘泥して、挟み撃ちを強硬したこと。これは俺たちが強襲した後で誘い出し、そう仕向けた部分があるが、それでも作戦の立て直しが出来たはずだ」
「他の減点部分は?」
「最たる減点部分は、制宙圏の確保もしていないのに、≪チキンボール≫へ艦隊降下を行い白兵戦を挑んでいることだ。現にいま、たった30隻をやや越える程度の数のこちら側に頭を抑えられ、≪チキンボール≫の防衛兵器に尻を狙われて、SU宇宙軍艦隊は地表を舐めるように移動するしかない。白兵戦の兵士にしたって、エイダ率いる防衛隊の所為で易々と中に侵入できないし、隔壁を突破するのが手こずれば艦砲の餌食だ。とてもじゃないが、評価はできないな」
「では、採点はゼロ点だということですか?」
「その場その場の判断という部分なら、敵指揮官は及第点な回答は出来ているぞ。ただ、さっきも言ったが、俺がこうなるよう仕向けたんだ。その罠に、見事にハマってくれているんだ」
ドーソンが語った通り、敵指揮官の判断は決して間違いではなかった。
挟み撃ち作戦が暴かれた際、先に≪チキンボール≫に布陣していた艦隊が攻撃し始めていた。作戦を撤回して再起する選択肢もあったが、走り出した作戦を完遂しようと考えることも間違いではなかった。
ドーソンが率いる艦隊に強襲されたときも、彼我の戦力はSU宇宙軍300隻に対してドーソン側は50隻――護衛戦艦が率いている方だけなら40隻だった。それほどの戦力差があるのなら、追撃して撃破しようと考えても変なことではない。
≪雀鷹≫が率いた艦隊が的中突破の果てにSU艦隊の片方に甚大な被害を与えた後だと、その半壊した艦隊は戦力として期待できない。挟み撃ち作戦は崩れてしまい、手元にある300隻の艦艇が実質的な全力。それなら、いま残る全力で≪チキンボール≫を攻め落とそうと考えてしまうことはあり得る。
そして300隻の艦艇で≪チキンボール≫を落とそうと考えるのなら、戦艦と重巡艦を先頭に配置した艦艇降下し、白兵戦を仕掛けることは悪い手ではない。≪チキンボール≫の脅威は地表にある大量の防衛兵器だ。その兵器は≪チキンボール≫内部にはない。大量の兵士さえ内部に突入を果たせば、≪チキンボール≫を武力制圧する目はある。
事実、艦艇降下を成功させて、SU宇宙軍の兵士たちを≪チキンボール≫の隔壁にまで送り届けられている。そして実は、今でも兵士たちに≪チキンボール≫の内部に入られてしまうと、かなり厳しい戦いになることが予測されている。
以上の事から考えても、SU宇宙軍の指揮官は間違った判断はしていなかった。
ただし、その場その場で無難な方を選び続けた結果、最終的に最悪な結末に向かっていってしまっていることも間違いなかった。
「士官学校の試験なら赤点をギリギリで回避。実際の戦闘指揮だと、死んでいった部下に償えといった採点になるか」
「悪辣なドーソンの罠にかかったのにですか?」
「俺が士官学校で受けた試験だと、この程度の罠は張り巡らされていたし、俺は突破できていたからな。どうしても採点は辛口になる」
「出来る人が採点者なのが災いしての低評価というわけですね」
そんな会話をドーソンとオイネが繰り広げていると、SU宇宙軍の艦艇に新たな動きが現れた。
艦艇の何隻かが横転したかのように、上宙に布陣するドーソンたちに横腹を向け始めたのだ。
ドーソンはすぐさま横腹を晒す敵艦艇に砲撃を浴びせるよう味方に命令を出しつつも、思い切った作戦だと評価した。
「至近距離からの艦砲射撃で≪チキンボール≫に穴を作り、そこから兵士を送り込もうとしているな。艦隊の被害を考えさえしなければ、最善手になりえる」
「艦を放棄して、全ての人員で白兵戦を仕掛ける気ですか?」
「そういう事だ。艦や人員の被害を考えなくていいほど、物資が有り余っているSU宇宙軍らしい判断だ。士官学校なら物資の損耗を軽視するとはけしからんと叱られるだろうが、実戦なら効果的だと評価できる」
「先ほどの評価とは真反対ですね」
ドーソンは味方艦隊と共に敵艦隊の撃破を急いだ。
しかし敵艦隊の方が数が多い。被害を無視して強硬されてしまうと、ドーソンの側は対処しきれなかった。
『ドーソン艦長! 敵が無茶苦茶なことしてきているでありますよ! 砲撃の連続で穴を開けられたら、隔壁を守っている意味がないでありますよ!』
エイダからの通信に、ドーソンは防衛作戦を次の段階に移す決心をした。
「敵兵を引き込んで防衛しろ。敵は入れる場所さえ確保すれば、それ以上は砲撃で穴を開けようとしないはずだ。防衛地点は各場所に作ってあるんだ、出来るだろ?」
『やってやるでありますよ! 遠くの敵は回転銃身式光線銃で蜂の巣に、近くの敵は光刃鎖鋸でなます斬りであります!』
「通路が狭い場所なら、携行式熱線投射砲も有効だぞ。せいぜい活用しろ」
この通信の間にも、SU宇宙軍の艦艇から軍人たちが続々と地表に降下し、空けた穴から内部へと突入していく。軍人たちが離れた艦が動きを止めていることから、本当に艦を乗り捨てての白兵戦を挑む気のようだった。
「決死の覚悟で、白兵戦で≪チキンボール≫を制圧する気だな。そういう事なら、ありがたく艦艇は破壊させてもらう」
ドーソンは味方艦隊に命令を出し、≪チキンボール≫の地表にあるSU艦隊を狙い撃ちにして航行不能にした。
その作業を続けていると、レーダー手のキワカが疑問を投げかけてきた。
「≪チキンボール≫の内部で激しい戦闘になっているようですけど、こんな悠長なことをしていいんですか?」
「むしろ、敵艦隊を全て撃破してしまう方が、この後がどんな展開になっても優位に働く。やらない理由がないな」
「どんな展開でもって、どういう意味ですか?」
「仮に≪チキンボール≫が奪われることになってもって意味だ」
ドーソンの返答に、キワカが目を丸くする。
「敵に≪チキンボール≫をくれてやる気ですか!?」
「そんなわけないだろ。ただ、最悪の事態は想定しておくべきだろ。もしもエイダの奮闘むなしく≪チキンボール≫が奪われてしまった場合、敵艦隊を残しておくと、今度はこちらが追い立てられて逃げる未来がくる。その最悪中の最悪の可能性を潰すために、無人の敵艦隊を潰しておく必要があるんだ」
「≪チキンボール≫を失う選択を考えているなんて?!」
キワカの非難の声に、ドーソンは冷たく言い返す。
「いいか。俺たちの最終的な目標は、SU政府にアマト星腕への侵攻を恒久的に諦めさせることだ。≪チキンボール≫を拠点化したのは、その一環でしかない。それこそ、目標に到達できるのなら、≪チキンボール≫を失っても構わないはずだ」
ドーソンの真っ当な意見に、キワカは反論を見失ってしまう。
しかし、ここで反論する意味はなかった。
ドーソンだって、無為に≪チキンボール≫を失う気はないのだから。
「ともあれ、エイダに内部での防衛は任せる。それと、宇宙空間では艦船の差があって使えなかった海賊たちも、室内戦なら使い所がある。携行武器の威力なら、SU宇宙軍の兵士と海賊とで、あまり差があるもんじゃないからな」
ドーソンが新たに表示させた空間投影型のモニターには、≪チキンボール≫内部での戦闘の模様が概略図で表示されている。
空いた大穴から入り込んだ敵兵は赤、エイダ率いるアンドロイドと工兵ロボットは青、海賊たちは黄色の点で映されている。
赤い点の群れを青い点の群れが止め、黄色い点が横合いから襲い掛かろうと移動していた。