79話 作戦選択
ドーソンは≪雀鷹≫と仲間の艦艇を≪チキンボール≫の表面に沿って移動させていく。そして南極方面から宇宙空間へと再進出して、ディカの護衛戦艦が率いる艦隊に合流する軌道に移った。それと同時に、≪チキンボール≫の周囲に配置していた海賊たちへ向けて、仮面を被ってから通信を送る。
「おい、お前ら。SU宇宙軍の艦艇が200隻。どれもこれも手負いだ。クレジットを稼ぐチャンスをくれてやるから、確りと働いてみせろ」
ドーソンが不遜な物言いで告げると、ほぼ全ての海賊たちから『言われなくてもやってやる!』といった類の返信がきた。
その返信から間を置かず、≪雀鷹≫近くに居た海賊船が動き出す。≪雀鷹≫を追いかけたことで≪チキンボール≫の防衛兵器を食らう羽目になった、SU宇宙軍の艦艇の生き残りを仕留めるために移動を始めたのだ
その光景をモニター上で見て、キワカが不思議そうな声を出す。
「海賊船の中に、戦闘機をくっ付けた船がいるんですけど?」
言われて確認すると、ドーソンとオイネにとって懐かしい兵器があった。
「カミカゼ機ですね。あれなら、海賊船でも巡宙艦の装甲でも抜けますね」
オイネが代表して言いながら、キワカにカミカゼ機の設計データを送った。
「へー。これ、ドーソン艦長とオイネさんが作った兵器なんですか。でも、≪雀鷹≫には積んでませんよね?」
「装備が貧弱な海賊船で巡宙艦を倒すため、必要に迫られてでっち上げた兵器だからな。戦艦級の砲塔がある≪雀鷹≫には必要がない」
「カミカゼ機は攻撃力は高いですけど、意外と射程が短いですし、お金もかかります。装備が自腹の海賊だと多用できないので、あまり使い道がないんですよね。今回は≪チキンボール≫の危機だからと、ジェネラル・カーネルが配備したんだと思います」
そんな話をしながらも、≪雀鷹≫は宇宙空間を進み、護衛戦艦が戻ってくる位置へと高速で向かった。
≪雀鷹≫が合流宙域へと向かっていると、進行方向の先で荷電重粒子砲が行き交う様子が見えてきた。
護衛戦艦率いる艦隊と、敵の艦隊が交戦している。
最大望遠で様子を確認すると、護衛戦艦の艦隊の数が減っていた。
「およそで30隻か」
「正確には、28隻が生き残ってます」
「予想以上に被害が大きいな」
敵艦隊はいまも隊列が滅茶苦茶だ。あの隊列では、組織だって射撃は難しいため、被害を減らせる。
そうドーソンは考えていたが、現実は違っていた。
なぜ違っているのかは、敵艦隊の砲撃の様子を見て理解することができた。
「チッ。集中砲火して1隻ずつ確実に撃沈させているのか」
ドーソンが見抜いた通り、敵艦隊は1隻に艦砲を集中させる戦法を取っていた。
宇宙空間での戦闘は、惑星内での戦闘に比べると、敵味方の距離が広い。
距離が広くあるため、砲口の角度が数ミリ違うだけで、砲撃の到達場所が大きく変わってしまう。それこそ、回避行動をとる艦艇に直撃させることは、狙ってやっても難しい。
その問題を、敵艦隊は砲撃の数で解消した。
狙った艦が回避で移動するであろう場所とその周辺を、何十隻もの艦艇がタイミングを合わせて砲撃することで薙ぎ払っているのだ。
この戦法なら、隊列がバラバラで艦隊全体が連動することが難しくても、連携できる位置にある艦同士だけが力を合わせれば実行できる。
「状況に上手く対応してくる」
ドーソンは敵指揮官の危険度を1段階引き上げつつも、考えていた中で最悪の事態ではないことに安堵していた。
味方艦の被害は痛いが立て直しが出来ないほどではなく、護衛戦艦も未だに健在。敵艦隊は追撃するあまり≪チキンボール≫に近づきつつある。大まかに狙った通りの展開には持ってこれていた。
ドーソンは次の作戦で敵艦隊がどう動くかを注視しながら、≪雀鷹≫が率いる艦隊と護衛戦艦が率いる艦隊を合流させた。
「回避行動を行いながら、≪チキンボール≫の北極方面に移動するぞ」
ドーソンは味方艦隊に命令を出しつつ、≪雀鷹≫から敵艦隊へと砲撃を行っていく。
敵艦隊の隊列はバラバラだ。艦と艦の間がまばらい粗密になっている。その敵艦が少数集中している場所に砲撃する。纏まっている場所を狙った方が、命中率が高くなるからだ。
そんなドーソンの狙いを知ってか知らずか、護衛戦艦を始めとする他の味方艦艇も、同じ場所を攻撃し始めた。
奇しくも範囲攻撃をやり返すようなことになり、敵艦隊に被害を与えることができた。
そして被害を与えられて敵側が怒ったのか、敵の追撃の速度が上がった。
ドーソンは敵の出足を挫くため、今度は敵艦隊の先頭を狙って砲撃し、味方艦隊も同様に攻撃する。
敵艦隊の先頭の艦が攻撃を食らって爆発四散し、その爆発で目が眩んだかのように敵艦隊の出足が鈍った。
「よしっ。この間に距離を離すぞ」
ドーソンは味方艦をまとめると、≪チキンボール≫の北極側へと急ぐ。
さて敵艦隊は、ドーソンたちと距離が離れたからか、追撃の勢いが止まった。そして、やおらドーソンたちから離れるような軌道を取り始めた。
「敵艦隊、どこに向かう気でしょう?」
キワカの疑問の声に、ドーソンが返答する。
「連中。≪チキンボール≫の南極方面から地表に取り付く気なんだろう」
「南極からって、どうして?」
「いま、≪チキンボール≫の南極方面が、がら空きだからだ。海賊たちは、あの艦隊とは別の、俺たちが≪チキンボール≫に引き寄せて撃破したSU宇宙軍の艦艇の生き残りを攻撃している最中。そして敵艦隊の目的は≪チキンボール≫を陥落させることだからな」
だからドーソンたちを無視して、≪チキンボール≫に取り付いて中から制圧しようとしていることは理に適っている。
「加えて、SU宇宙軍としては人員と艦艇を減らすことも目的の内だ。敵拠点への強行着陸なら、自然と被害を出せるしな」
ドーソンの見解を聞いて、キワカはその華奢な肩を怒らせた。
「敵が≪チキンボール≫に入って来そうなのに、どうしてそんなに落ち着いているんですか!」
「何故かは、俺の予想の内だからだ。むしろ、こうなってくれて助かったという気持ちすらある」
ドーソンはキワカに意味深な返答をすると、直ぐに艦隊を動かし直した。北極へ向かうのではなく、南極へ迫ろうとする敵艦隊の尾っぽを追いかけるように。