78話 敵中突破
ドーソンが操縦する戦艦≪雀鷹≫は、敵の別働艦隊を突き抜けた。
「被害状況!」
ドーソンが端的に情報要求すると、直ぐにオイネから答えがきた。
「当艦に被害なし。味方艦のうち最後尾の1隻が小破、けれど行動に支障なしですね」
「敵の反撃を食らったのか?」
「はい。敵艦隊を縦断する前に、混乱から抜けられてしまったようです。ディカの護衛戦艦も、反撃を受けて後退しながら対応しているようですね」
ドーソンは報告を聞いて、眉を寄せる。
「≪雀鷹≫を含めた10隻の艦艇で突撃して、敵艦隊の隊列は混乱でぐちゃぐちゃになっていた。てっきり隊列を整えると思っていたが、反撃を優先したわけか」
「敵は隊列が乱れて組織的な行動がとれないようで、ディカに預けた艦艇に被害はあれど全ての艦が作戦に問題がないようですね」
「最悪の事態にはなってないのなら、作戦を続けるとしようか」
ドーソンは≪雀鷹≫を操作し、≪チキンボール≫に砲撃している方の敵艦隊の背後へ回る軌道へと変更した。
敵艦隊の背後を突き、被害を与えつつ、≪チキンボール≫の間合いへ追い立てるためだ。
「念のため、追従している巡宙艦たちに、作戦をもう一度通達しておいてくれ」
「巡宙艦に乗っている人工知能たちは、今回が初陣ですからね。念押しするぐらいで丁度いいでしょう」
オイネが通達をし終え、軽く一息入れたところで、敵艦隊の最後尾を最大望遠で捉えられる距離に来ていた。
未だにチマチマと遠距離攻撃を行っているのを見ると、≪チキンボール≫の北と南に展開している船が海賊船に変わっていることが見抜かれていないようだ。
「いや。もしかしたら海賊船だと分かっていても、別動艦隊と挟み撃ちにするため動かなかったのかもしれないか……」
なににせよ、≪雀鷹≫と率いる巡宙艦が行うことは変わらない。
最大艦速で突き進み、有効射程に敵を捉えることに集中する。
しかし敵も警戒はしていたようで、≪雀鷹≫の艦隊が接近することに気づいたようだった。
「敵艦隊の最後尾。反転しながら、こちらに砲塔を向けつつあります」
「想定内だ。敵のど真ん中に突っ込む!」
ドーソンは≪雀鷹≫の全武装を機動させ、進行方向へ前部主砲2門を斉射。運悪く進行上に居た、回頭中で横腹を晒していた敵巡宙艦に直撃。爆散して、破片が四方へと飛び散る。
無理矢理空けた敵陣へ、≪雀鷹≫が突っ込み、後続の味方巡宙艦たちも直進する。
「周囲にいるのは全て敵だ。狙いをつけず、乱射しながら突き抜けろ!」
ドーソンは味方艦へ命令を発しつつ、推進装置を用いて≪雀鷹≫を尻振らせるように半回転。バック走の準備に入る。
反転した≪雀鷹≫の横を、味方巡宙艦が通り過ぎていく。そして≪雀鷹≫は、味方艦隊の最後尾に位置して後ろ向きに味方艦を追いかけ始めた。
ここでレーダー手のキワカが、全周を敵に囲まれている状況をレーダー画面で見て、顔色を青くする。
「装甲が一番厚い≪雀鷹≫が、敵の砲撃が一番来る最後尾に位置するのは分かります。けど、耐えられるんですか!?」
「心配するな。敵艦隊の内側に入ってしまえば、敵は同士討ちを恐れて砲撃の手が緩む。もし緩まなくとも、敵が回避行動に入れば命中率が下がる。仮に回避行動すらしなかったら、それは単なる獲物だ。砲撃で撃破してしまえばいい」
ドーソンは≪雀鷹≫をバック走させつつ、火器管制をコリィに戻した。艦体後部にあるカメラからの映像をモニターに出しながら操縦しているので、火器まで扱う余裕がないためだ。
コリィは返ってきた火器管制を掌握し直すと、荷電重粒子砲と熱線砲の乱射を始める。どれとほぼ同じに、味方巡宙艦たちからも艦砲と銃座による乱射が行われる。
「敵艦隊に当てることは考えるな、狙いは付けずに乱射でいい。先ずは敵艦隊の中から脱出することだけを意識しろ!」
ドーソンは≪雀鷹≫の乗員と巡宙艦の人工知能たちに再度命令し、作戦を徹底させる。
その甲斐はあったようで、味方巡宙艦の速度が上がった。それこそバック走の≪雀鷹≫が徐々に離されていくぐらいに。
隊列から置いていかれることは、艦隊運営の原則からすると、大変に危険な状態だ。
しかしドーソンは、この状況になることを望んでやっていた。
「さあ、敵の砲撃が遅れつつある≪雀鷹≫に集中するぞ。殿の役割を果たそうじゃないか」
そう。敵の砲撃を一身に受けることで、味方艦隊の被害を減らすことが、ドーソンの目的。
しかし、その危険な目的に付き合わされる≪雀鷹≫の乗員は、溜まったものではない。
特に本格的な艦隊戦が初めてなキワカは、青い顔色が白くなりつつあるほどに、心労を感じているようだった。
「敵から、熱源反応! 砲撃、来ます!」
キワカの悲鳴のような報告に、ドーソンは頷くだけで返答を済ます。操縦に集中するあまり、言葉を発することに脳の処理能力を与えることを拒否した結果だ。
ドーソンは黙ったまま、≪雀鷹≫に回避行動を取らせる。
敵艦隊から迫ってきた荷電重粒子砲の光が、≪雀鷹≫の周囲を通過した。≪雀鷹≫に被害はない。しかし荷電重粒子砲の光が通り過ぎっていった先で、1つの光が発生する。SU艦艇の1つが、仲間の砲撃を受けて大破したのだ。
「ど、同士討ちが、発生」
キワカが口元を震わせながら報告するが、ドーソンは返答する余裕がない。
敵艦隊が同士討ちを恐れず、再度砲撃してきたからだ。しかも先ほどの攻撃より、濃い弾幕で。
ドーソンは直感的に≪雀鷹≫を動かし、大多数の砲撃を回避したものの、2発の砲撃を食らってしまう。
直後、キワカから悲鳴が上がり、オイネから報告が入る。
「ひ、ひぃ!」
「装甲が焦げただけで、他に当艦に被害なし。ドーソンが上手く装甲で受けてくれました」
「は、反撃で、落とす」
コリィが呟き、≪雀鷹≫の荷電重粒子砲が発射される。先ほど当たった敵の砲撃を逆に辿るようにして、≪雀鷹≫からの砲撃が走る。片方には避けれたが、もう片方には直撃して大破、爆散した。
敵艦隊から3度目の砲撃。今度は≪雀鷹≫は完全回避した。
全力での武装乱射と、全開でのバック走。
艦体を酷使する2種類の行動に、機関の監督を担うヒトカネから注意がやってくる。
「推進機関とジェネレーターの負荷が高まっておる。あまり無茶しすぎると拙いぞ」
「味方の巡宙艦からも、似たような報告がきているよ~。でも、敵艦隊の終わりが見えてきたとも言ってきてる~」
味方の通信を気を利かせて引き受けてくれていた、ベーラからの報告。
ドーソンはもうひと踏ん張りと、操縦に意識を集中させる。
程なくして敵艦隊の中を横断し終え、敵艦隊と≪チキンボール≫の間にある宇宙空間へと出た。
敵の只中から脱出できたことに安堵しそうになるが、むしろ今からの方が危険度が高いと、ドーソンは分かっていた。
「敵は同士討ちする危険がなくなり、一気に火力を集中してくるはずだ。一気に≪チキンボール≫の表面まで逃げるぞ」
ドーソンの命令が味方艦隊全てに伝わり、各々で回避行動を行いながら≪チキンボール≫へと突き進む。≪雀鷹≫も再反転し、舳先を≪チキンボール≫へと向け直して爆走を始めた。
敵艦隊も逃してなるものかと、ドーソンたちを追いかけながら砲撃してくる。
ドーソンたちは、ここまで幸運続きだったが、ここで幸運が品切れを起こしたらしい。
濃い敵の砲撃の雨に、回避しきれなかった味方艦が1隻飲み込まれた。そして味方がやられたことに動揺したのか、人工知能が操る巡宙艦たちの動きが鈍り、さらに1隻の巡宙艦が爆散した。
「仲間の事よりも、自分が生き延びることを考えろ! 急いで≪チキンボール≫の中へ!」
ドーソンの叱咤で味方巡宙艦の動きが戻り、どうにか3隻目が撃破されることを防げた。
そのことに安堵するより前に、≪雀鷹≫に通信が入った。通信元は≪チキンボール≫の防衛兵器の統括部署だ。
『お、おい、ドーソン艦長。敵が、敵が前と後ろから迫ってきているのだが!?』
ドーソンは舌打ちすると、ゴウドが映った画面を縮小して視界の端に置き直した。
「それがどうした。手引書には、こうなるだろうって書いておいただろうが」
『ほ、本当に、大丈夫なのかね。敵の数が情報より多いし、こちらの艦も何隻か失っているのだろう?』
状況を読めていない発言の連続に、ドーソンの内に怒気が溜まっていく。
「いいから、手引き通りに! それで大丈夫だ!」
『わ、分かったよ。この私だと対応が難しくなりそうだし、アイフォに手伝ってもらうが、構わないかな?』
「誰だっていい。敵が間抜けにも追いかけてくれている内に、早くやれ!」
とうとうドーソンが怒声を放つと、ゴウドが慌てた様子で通信を切る。直後、≪チキンボール≫の地表にある防衛兵器が動き出した。
既に≪雀鷹≫と味方艦隊は≪チキンボール≫の中距離用兵器の有効射程範囲内に入り込んでいる。もちろん、追いかけてきている敵艦隊も同じだ。
≪チキンボール≫の地表から兵器の砲撃の光が連続し、≪雀鷹≫の艦隊の横を通り抜けて、SU艦艇へと突き刺さった。
ここでようやくSU艦艇は、≪チキンボール≫のキルゾーンに艦隊全てが入り込んでいることに気づいたようだった。
大慌てで引き返そうとしているが、次から次へくる≪チキンボール≫からの無数の砲撃に、1隻また1隻と宇宙の藻屑へと変わっていく。
この調子で行けば、こちら側のSU艦艇は撃滅することができるだろう。
「さて、護衛戦艦が相手している方への対処もしないとな」
ドーソンは状況が一区切りついたと息を入れると、味方艦隊を率いて護衛戦艦の援護へと向かうことにした。




