閑話 ≪チキンボール≫攻略作戦
エルゴー・チャントレンコ少将は、≪チキンボール≫攻略作戦における旗艦戦艦≪バンディエラ≫、そのブリッジの中で怒声を上げていた。
「馬鹿者! 海賊に発見された上に通信まで許すとは! 怠慢であるぞ!」
響き渡る怒声に、ブリッジクルーは首をすくめながらも、艦隊集結の手順を進めていく。応答して手を止めれば、それはそれで叱責が飛んでくると知っているからだ。
クルーが粛々と働いている姿を見て、エルゴーは不満から鼻息を吹くと艦長席にどっかりと座った。そして腕組みし、じっとモニターを見つめる。彼の頭の中に去来するのは、つい先日の出来事だった。
エルゴーは上官に呼び出され、SU宇宙軍本部にある豪華な内装の執務室へと赴いた。
「エルゴー・チャントレンコ少将です。お呼びと聞き、参上いたしました」
50歳のエルゴーが敬礼する先にいるのは、執務机の向こうに座る30代の男性。軍人の中では年若い類の男だが、その軍服の襟にあるのは大将位の階級章だった。
「やあ、エルゴー少将。呼び立てて悪いね」
大将の男性は、決して悪い事をしているとは思っていない表情で、エルゴーに近寄るよう身振りする。
エルゴーは素直に従い、執務机を挟んで等距離になる位置まで歩き進んで、止まった。その内心は、エルゴーの表情とは裏腹に、滾った不満で満杯だった。
(コネで大将になった若造が。階級にかこつけて、この俺を呼びつけるとは)
忸怩たる思いを抱えつつも、エルゴーは直立不動で用件を教えてくれるのを待った。
席に座る大将は、机の上にある紅茶らしき飲み物を口にしてから、エルゴーへ微笑みと共に語り始める。
「少将、喜びたまえ。戦果を挙げるチャンスがやってきたぞ」
「戦果ですか?」
「ああ。君は常々言っているそうじゃないか。戦場で戦功を上げる機会が訪れないから、少将止まりなのだと。機会さえ巡ってくるのなら、元帥にだって成れるのだとね」
大将の口から語られた内容に、エルゴーは狼狽えなかった。なにせ、彼自身が常に思っていることだったから。
「その通りと認識していますが、それが?」
エルゴーの太々しい態度に、大将は口元を歪める。
「他意はないさ。そんなに戦功を上げる機会が欲しいのなら、機会をあげてみようじゃないかと、最上級士官会議で決定しただけだよ」
大将が指を一振りすると、エルゴーの目の前に空間投影型のモニターが出現する。
モニターに映し出されているのは、エルゴーへの命令書だった。
「エルゴー少将。君には、海賊拠点を1つ落としてもらう。拠点の場所は、その命令書の中に書いてあるから、確認してくれたまえ」
エルゴーが命令書を読み下すと、海賊拠点は天然衛星を要塞改造したもので、海賊たちが≪チキンボール≫と呼称していることも書かれていた。
作戦に際して与えられる戦力は1個師団――艦艇500隻。
拠点一つを落とすのにかなり奮発した艦艇数だが、エルゴーはその内実に予想がついていた。
「廃艦間近の旧型を500隻ですか」
「不満かね? その500の中には、何隻か戦艦と重巡艦もあるのだが?」
「要塞化した衛星を落とすと考えたら、過少戦力だと思いますが?」
「ははっ、何を言うかと思えば。要塞衛星といえど、運用しているのは海賊だ。艦艇500も与えられて過少とは、腰抜けの発言だろう」
大将のニヤニヤ笑いに、エルゴーは激昂しかける。年下の上司に腰抜けと言われて腹を立てないことは、エルゴーのプライドが許さなかったのだ。
「発言を撤回していただきたい」
「撤回するのは構わんが、艦艇は500より増えたりはしないぞ?」
「最新型を回せとは言いませんが、廃棄予定の旧型艦はもっと数があるはずでしょう!」
「反乱者たるTRとの戦争に回していてね。あっちで廃棄処分にする予定になっている。この500隻以上に余剰があるとの話は聞いてない」
どう言っても艦の数が増えないと分かり、エルゴーは別の切り口で抗議を行う。
「第一、どうやって海賊の拠点の場所が分かったのです。いえ、どうせ情報源は『例の企業』なのでしょう!」
「少将が予想した通り、海賊に襲われないマークを教えてくれた、あの企業からの情報だよ」
「海賊とズブズブの間柄からの情報など、どんな罠があるか!」
「その罠の存在を考慮に入れて、500隻という大軍を預けるのだ。やり遂げる自信がないのなら、そう言いたまえよ。別の者に任務を回す」
大将の口調が冷えてきたことに、エルゴーはこれ以上の抗議が無駄だと悟らざるを得なかった。
(クソ、クソ! コネの若造が。階級が上だからと偉ぶりおって!)
エルゴーは臍を噛む思いをしながらも、戦果を挙げるチャンスであることは理解していた。
海賊の拠点を500隻の軍用艦艇で叩く。
文字に直すと、やってやれないこともない内容だと分かる。
問題は、その500隻の艦艇が、廃艦間近の旧型艦であること。加えて、その類の艦艇に配置される兵士は、死んでも構わないような無能共なこと。
エルゴーは海賊拠点を陥落する能力があると自負しているが、ポンコツ艦と無能な味方に足を引っ張られて失敗したのでは目も当てられないとも考えていた。
(これは作戦に頭を捻る必要がある)
エルゴーは無能な味方でも実現できそうな作戦を組み立てつつ、目の前の大将を睨みながら敬礼する。
「命令、了解いたしました。海賊拠点の撃破に、艦艇500隻を率いて向かいます」
「宜しい。期待しているぞ、エルゴー少将」
大将は余裕の笑みでもって、退室するエルゴーの後ろ姿を見送った。
ここからはエルゴーが知らないこと。
一人きりになった部屋の中で、大将は独り言を零す。
「自分も切り捨てられる無能だと気づいていないあたりが、年齢だけで階級が上がった無能者なのだよ」
大将は酷薄な笑みを浮かべると、中身の少なくなった飲み物を飲み干したのだった。
あのときの大将の余裕顔を思い出し、エルゴーの心は更に荒れた。
(無能共を押し付けられることは分かっていたが、予想以上だった!)
エルゴーのイライラが募っているのは、なにも海賊に集結中の艦隊が見つかった事だけではなかった。
海賊の戦力を釘付けにし、その目を逸らすために今まさに戦っている、200隻の味方艦。
例の企業から渡された情報に記載されていた、海賊の戦力。その戦力を元に考えれば、あの200隻でも十二分に海賊拠点を制圧できる。制圧できなくとも、衛星表面に艦艇を取りつかせることはできる。そうエルゴーは考えていた。
いま集結中の300隻は、200隻の攻撃が上手く行かなかったときの第二段階目の作戦だったのだ。
しかし200隻の味方艦は、海賊拠点と戦ってすぐに『我に敵防衛の突破能力なし』と情けない暗号通信を送ってきた。
エルゴーにしてみれば、なんとも情けないと腹を立てずには居られなかった。
(魚雷による飽和攻撃の後に、足の速い駆逐艦で突撃すれば、海賊拠点の地表に取り付くなど簡単に実行できたはずだ。それが出来ないなどと……)
エルゴーは自分の完璧な作戦が、味方の無能の所為で不意になっていることに、苛立ちを隠せない。
しかし苛立ちながらも、まだ平静な部分は残っている。
いま発動しようとしている2段階目の作戦は、エルゴー自身が指揮を執る。
自分が指揮すれば、いかに味方が無能であろうと、作戦の成功は間違いないと確信していた。
「集結状況はどうか!」
「は、はい。90%完了。あとは陣形を整えるだけです」
「観艦式のような整然とした陣形でなくていい。それならどうか!」
「海賊拠点に向かいながら位置を調整するのであれば、いますぐにでも」
「なら今すぐ艦隊を進発させろ。事前に話していた通り、前後で海賊拠点を挟み撃ちにする」
「ですが、いいのですか?」
「仕方がなかろう! こちらを見つけた海賊が拠点に通信を入れたのは判明しているのだ! ここで悪戯に時を消費しては、海賊共に対応させる時間を与えることになる! 今は拙速こそが尊ばれる時なのだ!」
エルゴーが豪語したことで、艦隊状況を報告していた軍人が諦め顔になる。
そして1分も経たずに、艦隊が次々と推進装置から火を噴いて前進を始めた。
動き出した300隻の艦隊を見て、エルゴーはようやく気分が落ち着いてきた。自分が思い描いた通りに状況が動き始め、満足感を得たのだ。
しかしその満ち足りた心は、直ぐに打ち壊されることになる。
「報告! 進行方向に艦影! 海賊の艦艇と思われます! 数は40!」
「チッ。集結に手間取ったから、海賊共に対応されてしまったではないか!」
エルゴーは大声で苛立ちを吐くが、敵の数が40隻と聞いて、心の平穏が幾らか戻ってきた。
「こちらは300隻だ。火砲を集中させて、打ち滅ぼしてしまえ」
「了解。射程距離まで――敵艦発砲! 荷電重粒子砲、来ます!」
40隻の海賊艦から、次々に光輝く棒が迫ってきて、エルゴーが乗る≪バンディエラ≫の傍を数本が通過した。
敵からの先制攻撃に、ブリッジクルーが混乱を起こす。
その混乱をエルゴーは、大声で制しようと試みる。
「落ち着け! 情報によると、敵に巡宙艦以上の艦種はない! これは牽制射のコケ脅しだ!」
「で、でも!」
「不安に思うのなら、こちらも反撃すればいい! こちらには戦艦と重巡艦がある! 砲の射程なら、こちらの方が有利なんだぞ!」
エルゴーが「反撃だ、反撃しろ!」と命令を出すと、まずは≪バンディエラ≫が主砲を放ち、続いて近くの味方艦が、更には味方全体が艦砲射撃を行い始める。
このSU宇宙軍の反撃が予想外だったのか、海賊艦に新たな動きが現れる。
「敵艦隊、後退を始めました」
「見ろ! こちらの火力に、敵は怖気づいたぞ! 追撃だ! 砲撃を続けながら、追撃しろ!」
エルゴーが口角から泡を飛ばしながら命令し、味方艦隊は海賊艦の追撃態勢に入る。
逃げる敵を追うという真っ当な戦術ではあったが、ここで練度の差が出てしまう。
目の前にある敵という名前の餌に魅了されたのか、艦艇300隻の連動が崩れ始める。
艦速がある駆逐艦や巡宙艦が、他の味方を追い越すように先に行こうとしている。足が遅めの重巡艦と戦艦は、駆逐艦と巡宙艦に遅れまじと、速度を最大限まで上げていく。
「追え! 追って、手柄とするのだ!」
エルゴーが発破をかけたこともあり、SU艦隊のほぼ全ての注意が、目の前で逃げている海賊艦へと向かう。
あと少しで、あと少しで味方艦の有効射程距離に海賊艦たちが入る――その直前だった。
≪バンディエラ≫の前を進んでいた巡宙艦が、突如大破炎上したのだ。
「何が起きた! 過剰駆動による、ジェネレーターの爆発か!?」
エルゴーが古びた旧型艦ならあり得る事故を引き合いに出して問いかけると、レーダー手が慌てて計器を弄り始めた。
「ち、違います! 敵からの砲撃です!」
「敵だと! 目の前の海賊艦の砲撃が、運悪く直撃したとでもいうのか!?」
「そうじゃありません! 敵の別動隊です! 位置は、斜め上!」
報告を聞き、エルゴーは天井を仰ぎ見る。その動きに連動して、空間投影型のモニターが出現して、≪バンディエラ≫の艦の上宙の光景を映し出す。
そこには、幾らかの艦影があり、その影がもの凄い勢いで突っ込んでくる様子が見えた。
「さ、逆落としだと!?」
そう口にして、エルゴーは敵に謀られたことを理解した。
先に見せた40隻でSU艦艇の目と意識を引き付けつつ、別動隊が惑星を北周りに迂回して不意打ちを仕掛けてきたのだと。
「艦上に砲塔を向け――いや、銃座射撃! 新たな海賊艦の足を止めさせろ!」
エルゴーの命令は実行されたが、迫りつつある海賊艦は、熱線砲の雨をものともしなかった。
「敵の先頭の艦! 装甲が戦艦級の様です! 射撃が跳ね返されてます!」
「馬鹿言うな! 敵艦は小さいし、あれだけの速度が出ているんだ! 巡宙艦のはずだ!」
「装甲を増加しているのかもしれま――至近弾!」
≪バンディエラ≫の側面装甲を、敵艦の砲撃が掠った。それだけで艦内にアラートが鳴り響いた。
「装甲の剥離を確認! 敵艦の主砲は戦艦級で間違いありません!」
「小さくて、速度の出せる、戦艦だと……」
エルゴーは信じられないと呆然としかけるが、ここで忘我するわけにはいかないと気を引き締め直した。
「味方艦は回避行動をしながら、艦の間を大きくとれ! 迫る海賊艦の砲撃をやり過ごすんだ!」
エルゴーの命令は直ぐに実行され、艦と艦との間に大きな空間ができる。
こうして距離を離せば、敵艦が狙いを定めることに時間をかけさせる効果が期待できるからだ。
しかし味方艦の被害を減らそうとしたのはいいが、艦の距離を離したことで銃座が展開する弾幕が疎らになってしまう。
弾幕の厚が弱まったことで、先頭の影に隠れていた他の海賊艦が顔を覗かせ、その砲塔を動かし始めた。
「敵艦の数、判明! 10隻です! その10隻が、それぞれ発砲!」
「味方、2隻、大破! 1隻、小破! 被害、拡大中!」
「先の敵40隻、こちらに近寄って来てます! 発砲確認!」
エルゴーは次々にくる報告に頭を悩ませながらも、新たな命令を発した。
「上からきた敵は、もうすぐ通り過ぎるし、数も少ない! 放置でいい! 近寄ってきた前方の海賊艦に集中攻撃だ!」
エルゴーの命令に、味方艦は従った。しかし混乱から抜け切れてはいなかった。
上から攻撃してくる敵から逃げようとして、どの艦も最大艦速で40隻の方の海賊艦隊へと突撃していく。
その姿はまるで、狼に襲われて逃げ惑う羊の群れが唯一の逃げ場へ殺到する様子に見えた。