77話 状況変化
SU宇宙軍と≪チキンボール≫との戦いは、チマチマと状況が進んでいた。
SU宇宙軍は≪チキンボール≫の地表にある防衛兵器を壊そうとする。≪チキンボール≫の長距離砲と≪雀鷹≫と護衛戦艦の砲撃で、SU宇宙軍艦艇に被害を与える。
そのどちらの効果も微々たるもので、軽い被害が双方に生まれているだけになっている。
一種の膠着状態だが、ドーソンは焦ってはいない。
「こっちは拠点があり、向こうは出張ってきた側だ。同程度の被害がお互いに積み上がるのなら、修理機構を備えている、こちらの方が有利だからな」
そう乗員に説明はしたが、問題もなくはない。
それは長期戦によって蓄積する疲労だ。
「ヒトカネとキワカは、先に休憩に入ってくれ。その後は、ベーラとコリィだ」
ドーソンの命令に、キワカが疑問顔を返してきた。
「人間の僕らはともかく、人工知能のベーラさんたちもですか?」
「人工知能だって疲労はするし、記憶整理のための時間もいる。それに、この2人はSU製の人工知能だ。発展途上の技術で作られているからには、確りと休ませて調子を確認する必要があるんだ」
「なるほど。あと、ドーソン艦長とオイネさんは、休憩しないんですか?」
「俺は艦長席で仮眠が取れる性質だからな。オイネは――部屋に戻って休むか?」
「いえ。大した働きもなくて疲労もないので、このまま続投でいいですよ」
その返答を受けて、ヒトカネとキワカは自室へと引き上げていった。
状況が変わらないまま2人の休憩時間が終わり、今度はベーラとコリィが自室へと戻った。
ドーソンはその時間の中で、時折目を瞑って短い仮眠を取り、目を覚ましては状況の再確認を行うことを繰り返した。
「くあぁ~。敵側も頑張るな……」
ドーソンの欠伸を噛み殺しながらの感想だが、確かにその通りだった。
SU宇宙軍は、開戦してから今まで、ずーっと稼働し続けている。
SU宇宙軍に人工知能がいないのは確実なので、人力と電脳の助けの下で運用していることになる。疲労の積み重なり方は、≪雀鷹≫の乗員の比ではないはずだ。
それにも関わらず、SU宇宙軍の艦艇は回避行動と砲撃とを継続している。
「≪チキンボール≫に惑星軌道から脱出する機能はないんだから、少し距離を置いて休憩に入ればいいのに」
ドーソンの愚痴に、オイネが微笑みを向ける。
「と言いつつ、ドーソンは敵艦隊がそんな真似をしようものなら、隙を突こうと動くのですよね?」
「当然だ。北極と南極に展開している味方艦隊と、残ってくれている海賊船との場所を入れ替える。そして味方艦隊で惑星周回軌道を高速で進んで、敵艦隊の背後から撃つだろうな」
「あわよくば、敵艦隊を≪チキンボール≫の必殺の間合いまで突き出す気ですね」
「手っ取り早く戦いを終わらせるには、それが一番の手段だからな」
そこまで言葉を口にして、ドーソンは考え込みだす。
「……オイネ。≪チキンボール≫に照会してくれ。企業からの通達はないかってな」
「はい。問い合わせてみますね――来てないそうですよ」
「なるほど」
ドーソンは更に考えて、≪チキンボール≫にいるジェネラル・カーネル経由で、海賊船の何隻かに命令を出してもらった。
『≪チキンボール≫が周回する先の宙域を確認せよ』
単純な哨戒にしては多いクレジットで依頼を出すと、すぐに海賊船が動き出した。
このドーソンの行動に、他の乗員たちは疑問顔だ。
代表するように、オイネが問いかける。
「戦いの中には海賊船たちの仕事がないから、他のことをさせて不満を逸らしたんですか?」
「それもあるが、敵艦隊の動きがどうもな」
「動き、ですか?」
「連中、あの艦隊じゃ≪チキンボール≫を制圧できないことは分かったはずだ。なのに何時までたっても、チマチマと攻撃し続けることを止めない。敵指揮官がかなりの無能だと考えても、理屈が通らない」
「無能であっても?」
「もし無能なら、動かない状況に焦れて総攻撃してくるか、結果が出ないと見るや色々な戦法を次々に試すかする。しかしあの連中は、延々と遠距離攻撃を続けている。これは何らかの意図をもって続けていると考えた方が良い」
「ドーソンの気の回し過ぎという可能性は?」
「それは、もちろんある。考えすぎならそれでいい。だが万が一の可能性を考えると、手元の戦力で仕事のない海賊に哨戒させておくに越したことはないなと判断したんだ」
「万が一とは?」
「一番に嫌な可能性は、SU宇宙軍の別動隊が≪チキンボール≫が惑星を周回する先に布陣していることだな。次点で、援軍がやってきて連中に合流すること」
「その一番の可能性を潰すために、海賊を動かしたというわけですね」
果たしてドーソンの用心がどうだったかというと、直ぐに海賊の通信が答えを示してくれた。
『≪チキンボール≫から惑星を挟んだ真反対にSU宇宙軍のヤツラが集まってきてやがる! かなりの数だ! いま≪チキンボール≫と戦っているヤツラより多い――チクショウ、見つかった!』
「チッ、馬鹿海賊が」
ドーソンは思わず毒舌を吐いてしまった。
海賊がSU宇宙軍の別動隊に見つかったらしいこともそうだが、距離があるからと大出力で通信をしてきたこともそうだった。
これでは、ドーソンたちが別動隊を見つけたと、この惑星宙域全体に伝えるようなものだ。
事実、≪チキンボール≫を攻めているSU宇宙軍の艦艇が動き出し、およそ100隻ずつの纏まりとなって、北と南の極点を狙って近づき始めた。
「狙いは明らかだ。≪雀鷹≫が率いる人工知能艦隊と、護衛戦艦を含む艦隊を足止めすること。そして周回進行方向からの別動隊の接近させ、挟み撃ちにする」
海賊の間抜けな行動ひとつで、一気に状況が不利に傾いた。
ドーソンは色々と可能性を考えて、決断する。
「北と南の極点上の宙域を、海賊たちに任せる。≪雀鷹≫と護衛戦艦の艦艇を集結させ、その50隻で別動隊に戦いを挑む」
「ドーソン。それで大丈夫なんですか?」
オイネの確認の言葉に、ドーソンは笑みを返す。
「やりようはある。被害なしでとはいかないけどな」
ドーソンは脳内で素早く戦法を纏めると、敵の別動隊を打倒するための準備に入った。