76話 遠距離戦
SU宇宙軍の最初の攻撃を切り抜けてみて、ドーソンは理解したことがあった。
「≪チキンボール≫の守りが、意外と硬いな」
正直ドーソンは、≪チキンボール≫の防衛兵器のことを、海賊が配備したものだからと、あまり期待していなかった。
しかし、海賊が手に入れることが出来る程度の武器を潤沢に使うことで防御力を高めるという発想に、ドーソンは舌を巻いていた。
「ジェネラル・カーネル。自殺させるには惜しい人物だったか」
ジェネラル・カーネル――現在人工知能に偽らせている者ではなく、無人格電脳が過去の軍人をエミュレートした存在だった。
エミュレートで≪チキンボール≫に的確な防衛力を持たせることができたのなら、元となった人物はどれほど有能だったのか。
ドーソンは過去の人物を想うと同時に、エミュレートの限界も感じていた。
「考えれば考えるほど、≪チキンボール≫の防衛力は片手落ちだよな」
士官学校時代以降、1人ぼっちだった境遇が長かったから、ドーソンの口から独り言が出てしまっている。
誰に聞かせるつもりのない言葉だと理解はしても、オイネは発言が気になった。
「ドーソン。≪チキンボール≫はちゃんと敵艦隊を追い返しましたよ。それなのに片手落ち――欠点があるんですか?」
「ああ、欠点がある。でもまあ、海賊が運用していた拠点だと考えると、致し方がない部分がある」
「その部分とは?」
ドーソンはオイネの質問に答えるべきかを悩んだ。しかし≪雀鷹≫のブリッジにいる乗員たちも興味がありそうな様子で見ているのを知って、理由を口にすることにした。
「簡単に言えば、≪雀鷹≫とディカの護衛戦艦なら≪チキンボール≫の地表に着艦させることが出来るんだ」
「えっ。あの衛星表面が光り輝くほどの防衛兵器を、突破できるんですか?」
「出来る。≪雀鷹≫と護衛戦艦の装甲厚があればな」
「装甲厚――って、なるほど。近距離用の防衛兵器の多くは、海賊船に載せられる程の低攻撃力の兵器でした」
「そうだ。あの程度の威力なら、戦艦級の装甲なら防ぎきることが可能だ。まあ、艦外にある装置や装備は削られてしまうだろうけどな」
しかしレーダーや通信装置を犠牲にすれば、戦艦なら≪チキンボール≫の防衛網は突破できる。
その事実を敵側が掴んでいないことを、ドーソンは願うしかない。
「幸い、敵艦隊に戦艦並みの装甲厚を持つ艦はない。巡宙艦を何隻か重ねて突撃すれば、1隻は≪チキンボール≫の地表に到着できるだろうが、それだと被害が大きすぎるしな」
ドーソンは、自分が目の前のSU宇宙軍艦隊の指揮官ならどう動くかを考える。
「時間をかけずに攻略するなら、全艦一塊で突撃。時間をかけてもいいのなら、様子見だな」
果たして、安全な距離を保って再集結したSU宇宙軍艦隊は、巡宙艦の砲撃が≪チキンボール≫の地表を撃つことが出来る位置まで進出すると、ちまちまと砲撃を始めた。しかも、広めに散開しつつ過剰なほどの回避行動をしながらだ。
この行動を見て、ドーソンは敵艦隊の思惑を看破した。
「時間をかけて≪チキンボール≫の防衛力の把握に努めるわけか。そしてあわよくば、遠距離攻撃で≪チキンボール≫の防衛兵器を幾らかでも潰そうとしているんだろうな」
敵の狙いは分かった。
では、ドーソンたちはどうするべきか。
「順当な手を打つか。≪雀鷹≫を単艦で前進させる。主砲の射程圏に敵艦隊を捕捉したら、狙い撃ちにする。≪チキンボール≫を挟んで反対側にいる護衛戦艦にも、進発するよう伝えてくれ」
「あちらも単艦で、ですか?」
「そうだ。単艦で突出してみせて、敵が釣られて近寄ってくるようなら、後退しながら≪チキンボール≫の防衛圏内まで引き寄せる。近寄ってこないのなら、狙撃を継続して敵艦隊に被害を与える」
ドーソンの狙いを理解して、オイネは護衛戦艦のディカに通信を行った。
その後、北極点と南極点とで分かれてはいるが、≪雀鷹≫と護衛戦艦は味方艦隊から離れて前へと進み、それぞれの攻撃圏に敵艦隊が入る位置まで進出した。
「戦艦≪雀鷹≫、主砲斉射。落ち着いて狙っていけ」
「りょ、了解、です」
ドーソンの指示に、火器管制担当のコリィが緊張した声で返す。
≪雀鷹≫の前部にある2門の主砲。それらの砲塔と砲身が動き、敵艦隊へと狙いをつける。
そして、一斉射。
戦艦級の荷電重粒子砲が宇宙空間を駆け抜け、敵艦隊へと殺到した。
しかし、敵艦隊は広めに散開している上に回避行動まで取っているため、その間隙を通るように抜けてしまった。
「砲撃結果から射撃修正。次の砲撃の準備。準備次第、砲撃再開」
「は、はい。砲撃、準備」
コリィは直ぐに再計算を行い、導き出した計算結果を元に砲撃した。
しかし現実は非情だった。
「至近弾はあっても、直撃は無しですね」
オイネの報告を受けて、コリィは計算をやり直して、3撃目。またもや砲撃は当たらずだった。
再びの戦果なしだが、ドーソンの表情は普段通りで、怒りも焦りもなかった。
「散開しながら回避行動を行っている敵に、超遠距離砲撃で当てるのは至難だ。当たれば幸運ぐらいの気持ちでいけ」
「は、はい。で、でも、今までは、ちゃんと当てられていたのに……」
コリィのしょんぼりとした声に、ドーソンは苦笑する。
「今までの相手は、待ち伏せで攻撃したり、不意打ちで混乱したところを叩いたりと、敵艦船の能力を発揮させないように戦ってきた。しかし今回の敵艦隊は、戦う心構えを済ませている相手だ。仕留め難さは段違いなのは当然だ」
そう慰めの言葉を言いはしたが、ドーソンは戦果なしな状況が続くことは拙いとも思っていた。
「よし。前部砲塔の1つ、こちらにコントロールを渡してくれ」
「え、あ、はい。どうぞ」
コリィが装置を操作して、艦長席に砲塔の片方の操作権が委譲した。
ドーソンは、操作できる砲塔の照準を敵艦隊へと合わせ、そして狙い易そうな敵艦を選んで再照準する。その敵艦の回避行動を観察して回避パターンを掴むと、自身の当て勘に従って砲撃した。
発射された荷電重粒子が宇宙空間を突き進み、狙い定めた敵艦へと向かい、その艦の端っこを吹き飛ばしただけに終わった。
「……とまあ、用心している相手だと、遠距離砲撃は当てるだけで精一杯なわけだ。だから気にせずに、砲撃していいからな」
ドーソンの不満げな声での説明で、コリィは気が楽になったのだった。