75話 初戦
衛星周回軌道に布陣したSU宇宙軍200隻は、じりじりと≪チキンボール≫に近寄ってくる。
陣形は駆逐艦を前に、巡宙艦を後ろに置く、立方体の方陣でだ。
その陣形を見て、ドーソンは首を傾げる。
普通は、装甲の厚い艦を前に配置して敵陣に近づき、装甲厚で敵の攻撃を防ぎつつ交戦可能距離に至った後に、足の速い艦で戦場をかき乱す。
そういったアマト皇和国の星海軍の常識とは、目の前のSU宇宙軍の陣形は違っていた。
「星が違えば常識が違うとはよく言うが。それにしても、あの陣形の意味が分からん」
砲撃の距離が短くて威力も低い駆逐艦を、陣の先頭に配置する意味を、ドーソンは見出せない。
特に、≪チキンボール≫という天然衛星を要塞化した拠点を叩く際に、駆逐艦を先出しする必要性が感じられない。
さらに言ってしまえば、ドーソンはSU宇宙軍が布陣している位置も気に入らない。
「≪チキンボール≫から一番厚く砲撃がくる赤道上空の沿線上に位置するなんて、何を考えているんだ?」
ドーソンが敵艦隊の意図が掴めずにいると、SU宇宙軍と≪チキンボール≫の距離が縮まり、交戦距離となった。
交戦距離とは言うが、それは≪チキンボール≫の防衛兵器の一部である長距離用砲塔の射程内であって、SU宇宙軍の駆逐艦と巡宙艦の射程ではない。
ドーソンは≪チキンボール≫に砲撃を要請しようとして、それより先に≪チキンボール≫から長距離砲撃が開始された。
「へぇ。ゴウド准将はマニュアル通りには動くという評判だったけど、評判通りの働きだな」
ドーソンの感心した呟きを他所に、≪チキンボール≫の地表からパラパラと長距離砲撃が行われていく。
一度で何十もの長距離用砲塔の砲口が光を放つが、SU宇宙軍の陣形から起こる撃破の光は2、3個しかない。
効果が薄い攻撃のように思えるが、宇宙空間での長距離間での艦隊戦とはこんなものだ。
「≪チキンボール≫の防衛兵器は、狙って敵を撃つのではなく、弾幕で敵を押しやる設計だしな」
現在は長距離砲撃で戦果が乏しいが、距離が縮まれば、中距離用や短距離用の砲塔による砲撃で濃い弾幕が張れるようになる。その段階になれば、弾幕でバタバタと敵艦隊を倒すことができるだろう。
そんな考えをドーソンがしていると、レーダー手のキワカが大声で報告してきた。
「敵艦隊から飛翔体が射出されました。恐らく、宇宙魚雷。数は300」
「なるほど。魚雷による飽和攻撃か。だから駆逐艦を陣形の先頭に持ってきたわけだ」
赤道沿線上に布陣していたのも、≪チキンボール≫の全体を魚雷で叩くためと考えれば、一応の理はある。
しかしドーソンが『飽和魚雷攻撃』の選択肢を思考から外していたのは、ちゃんとした理由がある。
それは、そんな攻撃をしても、≪チキンボール≫に迎撃されるだけだと分かっていたからだ。
オイネが戦場の情報を読み解き、報告する。
「≪チキンボール≫が迫りつつある魚雷へ向けて、砲撃を開始しました。魚雷、中距離射程圏内に到達。≪チキンボール≫からの弾幕が厚みを増します」
長距離砲撃を掻い潜ってくる魚雷を、中距離用の砲塔が迎撃していく。仮に中距離用の砲塔が撃ち漏らしても、短距離用の砲塔がある。
こうして300発もの魚雷群は、1発も≪チキンボール≫に到達することなく迎撃されて、宇宙の藻屑と成り果てた。
魚雷による飽和攻撃が失敗に終わって、敵艦隊に新たな動きが出る。
「敵艦隊、北半球に寄るように位置を移動していきます。南半球に位置している≪雀鷹≫からは観測し辛くなります」
「敵は北に進路を取ったか。これは俺にクジ運がなかったな」
ドーソンは≪チキンボール≫を中継して、北極点上空に布陣している味方艦隊――ディカの護衛戦艦と人工知能搭載型艦隊へ通信を繋げた。
「ディカ。そっちに敵艦隊が近寄っている。射程距離に入ったら、迷いなく攻撃しろ」
『はい、ドーソンさん。護衛戦艦、前に出ます』
ディカから通信が切られた直後、ドーソンの目の前に新たな空間投影型のモニターが開く。
それはオイネが観測している戦場の様子で、ディカが口にしたように護衛戦艦のアイコンが人工知能搭載型艦隊の前へと移動していく様子が映っていた。
護衛戦艦は味方艦隊の最前に位置すると、艦を敵艦隊に横向かせる。艦体にある前後の砲塔を全て敵に向けるための措置だ。
「それと、護衛戦艦の装甲厚で、少しでも敵艦からの砲撃から味方を守ろうとしているんだろうな」
「単艦の装甲で守れる範囲は限らますが、世話好きなディカらしいといえますね」
ドーソンとオイネの評価を他所に、≪チキンボール≫からの弾幕が厚くなる。敵艦隊の位置が、中距離用砲塔の射程まで近づいたのだ。
ディカ率いる護衛戦艦と味方艦隊も砲撃を開始。≪チキンボール≫からの砲撃と合わせて、疑似的な十字砲火を作り出す。
敵艦隊も黙ってはなく、方陣の前に位置していた駆逐艦が突発し、≪チキンボール≫へと素早く接近し始める。
「駆逐艦の速度を使って、≪チキンボール≫の地表に取り付く気なんだろうな」
「駆逐艦の突撃を援護するように、SU宇宙軍の巡宙艦が援護射撃を行ってますからね」
敵艦隊からの砲撃に晒されて、ディカ率いる艦隊と≪チキンボール≫の地表に爆発が起こる。いくつかの艦と防衛兵器が失われたのだ。
戦闘が始まって初めての味方の被害。
それに構うことなく、ディカの艦隊と≪チキンボール≫は砲撃を続け、敵艦隊の駆逐艦を排除しようと頑張っている。
しかし、とうとう敵の駆逐艦たちは、≪チキンボール≫の短距離用砲塔の射程圏内まで侵入してきた。
あと一息で≪チキンボール≫の地表に到達されてしまう。
戦況を見ている誰もが危惧してしまう状況で、≪チキンボール≫の短距離用砲塔が稼働し砲撃を開始する。
その砲撃の光景は、まるで≪チキンボール≫の地表が全面に渡って爆発したと思わせるような、爆裂的な砲撃の雨霰だ。
あと少しで地表に取りつけるはずだった敵駆逐艦たちは、その砲撃の雨に削り取られるようにして、全てが大破炎上した。
「資料で読んで知っていた気になっていましたが、もの凄く派手で暴力的ですね」
オイネの感嘆の声に、ドーソンは頬杖を付く。
「短距離用砲塔に使っているのは、海賊船に使われるような安い兵器だから、数を揃え易い。その分威力が低いんだが、その問題を数で押し切った形だ」
「海賊拠点らしい防衛兵器ですけど、これだけの数となると、色々な負荷がかかりそうですね」
「事実≪チキンボール≫の主要部以外の電源はカットされている。そうしないと、消費エネルギーに複数あるジェネレーターでもついていけないらしい」
「要塞級のジェネレーターが複数がかりでも悲鳴を上げるなんて、ある意味贅沢な兵器ですね」
ドーソンとオイネが感想を言い合う間にも、≪チキンボール≫の地表からの砲撃、ディカ艦隊の砲撃、そして控えていた海賊たちの攻撃で、攻撃圏内にいた駆逐艦が次々に撃ち落とされていく。
助かった少数の駆逐艦が逃げ帰り、そして駆逐艦の突撃が失敗に終わったことで、SU宇宙軍は自艦隊を≪チキンボール≫から離す決断に至ったようだ。
こうして初戦は、≪チキンボール≫の側に軍配が上がった。
ドーソンは、この結果に驚きはなかったが、少しだけ心配事があった。
「この戦いで敵艦隊は。多くの駆逐艦を犠牲に≪チキンボール≫の防衛兵器の射程と威力を知った。どういう作戦に出てくるかな」
ドーソンは、敵艦隊の指揮官を無能だとは思っていない。
駆逐艦からの魚雷による飽和攻撃を行い、駆逐艦突撃による要塞への取りつきに挑戦した。
結果的にはどちらも失敗に終わっているが、考えなしに艦隊運用をしているわけではないと分かる戦法を取っている。
「戦法を考える頭があるのなら、その戦力で≪チキンボール≫を落とすことは出来ないと分かってもいいだろうが……」
果たして、敵艦隊の指揮官は命令を遂行できないことを良しとする人物だろうか。
はたまた士官学校時代のドーソンのように、無理難題を前にしても攻略の糸口を探すことを諦めない人物だろうか。
どういう人物なのかは、次の戦闘で明らかになるはずだ。