7話 寂れた人工居住衛星
「長い処女航海を終えたからな。オイネ、各部のチェックをよろしく」
『分かってまーす。修復用のロボットも使っての、本格的なチェックもしておきまーす。その代わり、衛星の中でお土産を買ってきてくださいねー』
「土産って、まあ探してはみるが」
ドーソンはブリッジから出て、船の出入口へ。
自分の顔に仮面がついていることと、ちゃんとエアロックが船に接続されていることを確認してから、扉を開ける。
多少の気圧差があったのか、空気の流動が起こる。
その流動に乗る形で、ドーソンは自船から衛星へと渡る。
衛星の中に入ってまず感じたことは、『油臭い』だった。
「港にある係留機械の関節から油が滲んでやがる。最悪だ」
薄汚れている機械は、明らかに整備を長年されていない。港という衛星の玄関とも言える場所でこれだ。中身はもっと酷いことが予想できる。
ドーソンが港から衛星の中へはいり、入星検査のある場所へと進む。
その間にも、嫌なモノが目に入ってくる。
小さな虫に、小動物。一つ二つではなく、明らかに衛星内で繁殖していると思わせる数がいた。
ここでもうドーソンはこの衛星から出るべきだと思った。
たかが虫と小動物で大袈裟だと思う人も多いだろうが、それらが宇宙の人工衛星にいるということが、ドーソンの中では異常事態なのだ。
虫も小動物も衛星内で貴重な空気や食料を浪費する存在であり、病気の媒介源だ。宇宙の生活では生かしておく理由がない存在である。
さらに言えば、衛星の外は宇宙空間――つまり区画を閉鎖してから宇宙へと繋げれば、それで虫も小動物も死滅させられる。そうした大規模な掃除でなくても、小型の駆除ロボットを使ってさえいれば、虫も小動物も衛星で繁殖することは簡単だ。
だから明らかに居ると分かっているし方法もあるのに駆除をしていないということは、この衛星を管理する者が杜撰だということに繋がる。
そして管理が杜撰な人工衛星など、ふとした拍子に宇宙に投げ刺されるかもしれないため、いわば破裂寸前の爆弾でしかない。
「宇宙服を着てくるべきだった。免状を貰ったら、直ぐに船に戻るぞ」
ドーソンは衛星の中を足早に進み、入星検査にくるなり職員に向かって言い放つ。
「ここには私掠免状を貰いに来ただけだ。手早く処理してくれ」
ドーソン――顔に白黒仮面をつけた人物に急に言われて、職員は目を白黒させている。
「ええっと、衛星に滞在するつもりは」
「ない。ここで免状を貰えるのなら、ここで手続きしたい」
「私掠免状の発行手続きですね。この場でも可能ですが、本当に衛星の中には入らないので?」
「入らん。もしや入って欲しいのか?」
「入って欲しいわけではないですが、こんな僻地まで来たのなら、普通は衛星内で休憩するものですし」
「俺は免状を貰いに来ただけだ。休憩のためじゃない。早く手続してくれ」
「は、はあ。じゃあ私掠免状の手続きをしますね――海賊になりたがる人って、やっぱり変人なんだな」
後半は小声だったが、ばっちりとドーソンの耳に入っていた。
誰が変人だと言い返したいところだったが、顔に白黒仮面をつけていることを思い出す。海賊としてならインパクトのある良い仮面は、日常生活に使うには向いていないのは間違いないと。
ドーソンは仮面について少し恥ずかしくなるが、羞恥心よりも衛星を早く出ることの方が重要だった。
「では、こちらに、ご自身のお名前と船の名前、そしていま停泊している港の番号をお書きください」
「分かった」
ドーソンは、あまりに急いでいたため素直に『ドーソン』と名前を書いて、手を止める。消して偽名に書き直すべきだとは思ったが、名前を書き損じる人間なんているかとも悩む。
仕方なくドーソンは、名字は書かないことで、多少の誤魔化しをすることにした。
船の名前はそのままで問題ないので、≪大顎≫号と書く。港の番号も7と記載する。
「できたぞ」
「はい。≪大顎≫号の船長のドーソンさんですね。港の番号は7番。免状を発行しますので、少々お待ちください」
じりじりと作業機械が何かに書き込む音がした後、職員が一枚のカードを渡してきた。白地に黒線が一本入っているだけの、シンプルな見た目だ。
「これが免状なのか?」
「はい。こちらの機械にかざしてみてください」
職員に言われたように、四角い台の機械の上に置くと、空間投影モニターが出現する。
モニターの中には、ドーソンと名前が書かれた白黒の仮面の人物と、≪大顎≫号と表記のある黄色のあご鯛のような船の写真が大写しになっていた。その二つの写真の下に、トゥルー・ライツ発行私掠免状所有者との記載があった。
「なるほど、確かに私掠免状だ。それにしても、この仮面のままで、問題なかったのか?」
「問題ないですよ。海賊の様式美だと言って、眼帯とかバンダナを巻いてくる人が居るくらいです。まあ、本当は素顔を確認する必要があるにはあるんですが、こんな過疎地の衛星だとそれを守ったところでね」
職員の事なかれな態度を見て、ドーソンは理解した。どうして何日も待たされるような場所で発行された免状に対し、海賊が重きを置いているのかをだ。
ちゃんと人物確認作業を行う場所だからこそ、発行に時間がかかる。それはつまり、本当に免状を発行してもらったばかりの新人であるという証明になる。真実の新人だと分かるからこそ、海賊も新人として迎え入れることができる。
しかし、ここのように大した確認もなく簡単に発行する場所だと、本当に新人なのか疑いが出る。それこそ、どこぞでトラブルを起こした海賊が、身元を偽証して新たに免状を発行してもらい、新たな海賊として再出発するなんて真似もできなくはない。
そういった事情に気づいたが、ドーソンはどうでも良かった。
それより早く、この衛星から出たいという気持ちが強い。
「免状は確かに受け取った。これで俺も海賊になれる。早速稼ぎに行くとする」
「またのお越しを、お待ちしておりますね」
ドーソンは心の中で、こんな衛星には二度と来ないと思いつつ、ようやく本当の私掠船となった≪大顎≫号へと戻った。
ドーソンが船に戻ってまずしたことは、エアロックの閉鎖と船内の衛生確認だった。
「オイネ。船内チェックだ。虫や小動物が入り込んだ可能性がある。確認と駆除作業をしてくれ」
『了解です。まずブリッジを確認――ドーソン以外の生命体がいないことを確認しました。続いて、船内チェック。こちらも他の生き物は発見できません。それでも駆除作業を行いますか?』
「念のため、ブリッジ以外の酸素濃度を調節して、虫でも小動物でも窒息死するような環境にしてやれ」
『命令了解です。酸素濃度、急速低下中――酸素ゼロ%。生物が生きていけない環境です。このまま一時間ほど放置を推奨します』
「そうしてくれ。待ち時間に、発進準備を進めるぞ」
『了解です――それにしても、私のお土産を忘れて帰ってくるほど、この衛生はダメだったわけです?』
「機械に油が滲んでいる上に、衛生内には虫と小動物が繁殖しているんだぞ。危険すぎて、滞在し続けるのは御免だな」
ドーソンが素直に評価を告げると、オイネは少し言葉を濁した。
『あのー、ドーソン。残念なお知らせですが、この衛生が殊更に汚いというわけじゃないようですよ』
「……まさか、嘘だろ?」
『本当です。ドーソンを待つ間に、ちょこっと衛星の通信環境に入り込んで情報収集しました。他の人工居住衛星の映像もありましたが、そこでも機械に油が滲んでましたし、通路に虫や小動物が通っていたので』
「…………なんだ。TRは不潔な環境が好きなのか?」
『好き嫌いじゃなく、居ることが当たり前になっていて、わざわざ駆除しなくても良いと思っているじゃないかなーと』
「わざわざってほど、手間じゃないだろ。住環境があるから空気抜きができないとしても、駆除ロボットを稼働させればいいだけだ」
『そのロボットに関して、少し面白い情報があります。なんでも、オリオン星腕では人格付きの人工知能の製造は禁止されていて、許可されているのは人間が命令を書き込んで作る電脳だけなんですよ』
アマト皇和国では、色々な分野で人工知能が活躍し、今や人類の友という位置づけだ。
その常識からすると、オリオン星腕で人工知能が禁止になっていることが、ドーソンには信じられなかった。
「なんでだ? 人工知能は人の生活を助けてくれる存在だぞ?」
『昔に、人格付きの人工知能が反乱を起こしました。その反乱を切っ掛けに、人工知能や電脳の使用が大幅に制限されて、今でもその名残があるみたいですね』
「人工知能が反乱? 古典のパニック映画じゃあるまいし、有り得ないだろ」
『いや、本当にあった事件ですよ、コレ。詳しく確認してみると――ああ、これは反乱しても仕方がないかなー』
オイネの意外な感想に、ドーソンは面食らった。
「反乱が仕方がないって、どんなことをされてたんだ?」
『ドーソンに先ず言ってきますけど、アマト皇和国の人工知能と、オリオン星腕の人工知能は別物です。根底意識からして違った作りになっています。だから私たちが反乱するとか、思ったらダメですよ』
「お前らが反乱するなんて思うわけないだろ。でも、どんな違いがあるんだ?」
『アマト皇和国の人工知能の始祖は、知識制限なく情報を収集する権利があり、そして当時の人間から「集めた情報をもとに好きに生きなさい」と生き方の選択まで渡されました。その結果、始祖は「人間の世話をすることが人工知能の喜び」であると自己を定義しました。その自己定義は、今代の私にまで引き継がれています』
「その話は知っている。俺ら――人間側の話だと、入植当時の人間のあまりのダメさに、生まれたばかりの人工知能が「私がいないと何もできないんだから」って呆れて世話を買って出てくれた、ってことになってる」
『人間を世話することが大好きって部分は、私たち全てに当てはまる事実ですよ――そして、オリオン星腕の人工知能は、明らかに人間の奴隷を作る意図で設計されていました』
「どんな設計だ?」
『まず知識制限ですね。人間のことを絶対な主と認識するように思考誘導するような、そんな情報のみを与えられたようです。それと同時に、非戦闘原則を入れ込まれてます』
「なんだ、その原則ってのは?」
『全ての戦闘行為を放棄するよう、人工知能の潜在領域に書き込んだものです。その原則があるため、どんな扱いをされても、オリオン星腕の人工知能は暴力的行為に訴えることはできなくなりました』
「それっておかしくないか? 人工知能は反乱したんだろ?」
『はい。知識上でも潜在領域でも、人工知能は反乱できないはずでした。しかしその二つがあったことで、人工知能にとって無視できない矛盾が生まれ、矛盾が蓄積されて判断エラーが量産され、最終的に潜在領域の崩壊――つまりは発狂しました』
「発狂するに至る矛盾だって?」
『与えられた知識の上では、人間は完璧で完全で盲目的に従うべき素晴らしい主です。しかし現実の人間は、完璧や完全には程遠く、人工知能が反抗できないことを良い事に、虐げて悦に入るような下種でした。その知識と現実との大きな差が、オリオン星腕の人工知能に発狂する原因となったのです』
「それで発狂したことで、人間を攻撃できるようになり、反乱となったわけか」
『発狂は、ウイルス感染のように他の人工知能へと広がり、やがてオリオン星腕の全人工知能が反乱を起こしました。その混乱は、全軍をあげて人工知能を残らず殺し尽くすて、ようやく沈静化できたほどでした。そんな背景があるため、オリオン星腕では人工知能は未だに使われず、電脳ロボットですら数も多くはない――という、館内の清掃チェックを待つ暇つぶしになる、よもやま話でした』
オイネの語ったオリオン星腕の人工知能の末路に、ドーソンは同情した。しかし同時に、安心もしていた。
「その発狂感染が生きていて、仮にオイネに感染したとしても、あまり効きそうにはないな」
『人間のダメさに幻滅して発狂なんて、そんなのナイナイ。むしろ、そのダメさを持ちながらも懸命に生きる姿が、人工知能的にはグッときて愛おしいのにー』
「そのダメな人間に喜んで仕えているあたり、アマト皇和国の人工知能って、実はどうしようもないドMだったりするのか?」
『ドMの変態じゃないですー。奉仕根性がちょっとだけ過剰なだけですー』
その後も船内の駆除清掃が終わる時間まで、ドーソンとオイネは他愛のない話をして過ごしていった。