74話 SU宇宙軍、到着
企業からの情報の通りに、SU宇宙軍が≪チキンボール≫の近くに現れた。
惑星を周回している≪チキンボール≫の軌道。その外側に位置して部隊の集結を図っている。
その光景を見て、ドーソンは戦艦≪雀鷹≫の艦長席で溜息を吐く。
「これはつまらない戦争になりそうだな」
「つまらない、ですか?」
オイネの問い返しの言葉に、ドーソンは艦長席の肘掛けを利用して頬杖をつく。
「連中、≪チキンボール≫の武装の距離の外で集結した後、惑星軌道を周回する≪チキンボール≫を追いかける形で戦いを挑んでくるようだ」
「以前に長期戦になるとドーソンが語った方法ですね。どうして敵が、この戦法をとると考えたんです?」
「簡単な話だ。仮に立ち塞がる方の戦法を取る場合、≪チキンボール≫と同じ周回軌道のやや先に敵艦隊が集まるのさ。周回しながら布陣を完成させ、その後で徐々に≪チキンボール≫との相対距離を縮め、交戦距離になったら一気に肉薄する段取りを取る」
「その周回軌道の外で集まっているから、追いかける方の戦法だと断定できたわけですね」
「ああ。そして、この追いかける方の戦法だと、≪チキンボール≫に強制着艦なんて真似はしてこないからな。遠間からチクチクと戦うことになる。だからつまらないと評価したわけだ」
ドーソンは敵の戦法を見抜いた後、自陣営がどんな戦法を取るべきかを考える。
自陣の艦隊を≪チキンボール≫から離し、敵艦隊の裏を突く。または惑星内に隠れ、敵陣へ横合いから打ち掛かる。真正面から戦いつつ、≪チキンボール≫の殺戮宙域までおびき寄せる。
色々と戦法を考えてみたが、ドーソンは無難な方法を取ることにした。
「≪チキンボール≫と共に砲撃する戦法が安定だな」
「安定、ですか?」
オイネの問いかけに、ドーソンは半目を向ける。
「俺が安定な戦法を選んだのが意外そうな口振りだな?」
「だってそうでしょう。ドーソンは士官学校時代、とても真っ当とは言えない戦法ばかり採用していたじゃないですか。ちゃんとデータに残っているんですからね」
「何を言うかと思えば。俺はいつだって、成功度の高い戦法を選んでたぞ。真っ当とは言えない、って評価の仕方は間違っている」
「えー。だって、データ上の戦法は、どれもこれも奇抜ですよ?」
「仕方ないだろ。そういう作戦を選ばなきゃ、教官の罠にかかることになったんだからな」
孤児のドーソンが常に同期のアカツキと首位争いをしていることに、貴族の息がかかった教官が『気を利かせ』て、ドーソンに一筋縄ではいかない課題ばかりを出すようになった。
真っ当な手段だと攻略できない課題に、ドーソンは知恵を振り絞って盲点を突いてみたり課題のアラを狙ってみたりと、普通じゃない手段を取るしかなかった。
その時のデータを見れば、ドーソンは真っ当な方法では戦わないと思われても仕方がない。
しかし、その真っ当ではない戦法のデータの根底には、ドーソンが意地悪な課題を攻略するために一番成功する可能性が高い方法がそれだったという事実がある。
つまるところドーソンは、真っ当な戦い方が勝算が高ければそれを選び、真っ当じゃない戦い方でも勝算があれば検討する、そんな指揮を行う人物だ。
翻って、今回の≪チキンボール≫とSU宇宙軍との戦闘の場合、真っ当じゃない戦い方をするような相手でもないし、戦況にもなりそうにない。
「とりあえず定石な戦い方をしてみて、敵艦隊の行動を見てみる。企業が寄こした情報が真実なら、苦もなく防衛は出来るだろうからな」
ドーソンは、敵艦隊が≪チキンボール≫を追いかけながらの戦いを選ぶのであればと、チキンボールの北極点と南極点の上に味方を布陣するような戦法を取ることにした。
SU宇宙軍が集結を終え、≪チキンボール≫に攻撃を仕掛けてきた。
ドーソンが看破したように、敵艦隊は≪チキンボール≫を周回軌道に乗って追いかけてくる。
いよいよ戦いというところで、≪雀鷹≫のブリッジに通信がやってきた。
その通信元は、≪チキンボール≫の防衛火器全般の運用責任を任せた、ゴウドからだった。
『な、なあ、ドーソン特務中尉。本当に、この私がこの役をやって良いのかね。正直、この私は戦闘が得意ではないぞ』
心配そうな表情での言葉に、ドーソンは無表情で言い返す。
「防衛マニュアルは渡したでしょう。その通りにやってくれるだけで構わない。それなら、出来るでしょう?」
『この手引書の通りにやれというのなら、まあ出来なくはない。これに従って行動するのだから、防衛失敗しても文句は受付ないからな』
「失敗するはずがない。気にせずに、マニュアル通りに動いてくれ」
『……その自信が、羨ましいな』
ゴウドは肩をすくませながら呟くと、通信を切った。
直後、≪チキンボール≫の全表層に設置された防衛用の砲塔が徐々に動き出した。砲口の先が、≪チキンボール≫に近づきつつある、敵艦隊へと向けられていく。
その様子に、ドーソンは満足する。
しかし、他の≪雀鷹≫の乗員は不安顔だ。
「本当に、あの人に任せて良かったのですか?」
そう苦言を言ってくるのは、敵艦隊の相対距離をレーダーで見ながらの、キワカだ。
「ゴウド准将の経歴と成績を見ましたが、正直言って、戦闘能力は低いですよ」
キワカの何時にない酷評。
上官の無能は許せないとばかりの口調は、恐らく彼にセクハラをした女性上官が関係している。
ドーソンは、その点は指摘せず、ゴウドの評価に修正を入れる。
「戦闘能力が低いといっても、それは臨機応変さが求められる戦場や相手ならの話だ。補給艦隊を過不足なく運用で来ていた点を見ても、決められたことを決められた通りに行う能力には長けている」
「でも戦争は、全て決まった通りに動くとは限りません」
「それはその通り。だが要塞に籠っての戦い方は、そんなにバリエーションに富んでいるわけでもない。敵が近づいてきたら、防衛兵器を撃つ。敵に要塞に取り付かれたら、仲間と共に白兵戦。突き詰めてしまえば、それだけだからな」
「敵が奇策を用いてくることだってあるんじゃ?」
「それもあり得るが、その奇策を潰すために、俺たちを含めた≪チキンボール≫の外に布陣する艦隊がいるんだ。ゴウド准将の戦闘能力でも、要塞を用いての防衛戦なら十二分だろ」
そんな説明をしている間に、敵艦隊と≪チキンボール≫の距離が詰まっててきた。
まだ少し有効射程距離には遠いが――と、ここで≪チキンボール≫の表層にある防衛兵器が攻撃を始めた。
交戦距離を勘違いしているのか、はたまたやる気に逸っての暴発か。
キワカの表情が『それみたことか』と言いたげなのを見て、ドーソンは苦笑する。
「キワカにそんな顔をさせられているってことは、SU宇宙軍も同じ感想を抱いてくれそうだな」
ドーソンの言葉に、キワカの表情が驚きにかわる。
「もしかして、まだ距離があるのに、わざと≪チキンボール≫に砲撃を開始させたんですか?」
「ゴウド准将は、俺が渡したマニュアル通りに動いている。この行動は既定路線だ。宇宙軍が近づいてきたことに、距離を考えずに慌てて追い払おうとしている。これは間抜けな海賊らしい行動だと思わないか?」
ドーソンの企みを聞いて、キワカとオイネの表情が呆れたものになる。
「敵の油断を誘う一手ですか。用意周到ですね」
「まったく。今回は真っ当に戦う、と言った舌の根が乾いていないのに、戦闘に詐術を持ち込んでますよ。流石ドーソンです」
2人からの何か含むところのありそうな評価に、ドーソンは心外だと渋い顔をする。
しかしブリッジにいる乗員たち――ベーラとコリィは『ドーソンらしい』という表情で、ヒトカネは『手練手管を用いるのは良い事』だと頷いていて、誰もドーソンの擁護に入ろうとはしなかったのだった。